第4回 | ナノ

「あっつ…」


照り付ける太陽は容赦無く肌にダメージを与え、アスファルトに反射した熱もまた私の身体を蝕んでいく。言い過ぎだろう、と言うだろうが私にとって夏の暑さとは毒だ。白雪姫で言う毒リンゴ、眠り姫で言う糸針のようなもので。それこそ生死を分けかね無いものだ。多分。



「日陰歩いてるのにそれか…」
「光一郎はいいよね、球児だから。太陽慣れしてるじゃない」
「球児でも太陽慣れしてるとは限らないからな」
「でも私よりは耐性あるじゃない」
「そりゃあ…まぁ…」
「そんな頭してるし」
「…それ関係あるか?」



生い茂った木の下を気怠そうに歩く私を見て太陽に当たりながら歩く呆れ顔の光一郎はこれ以上となく輝いて見えた。…何処がとは言わないぞ。あれだよ全体的にだよ!私がこんな失礼な事を考えているとは(多分)知らない光一郎は尚も暑い太陽の下を歩いている。時々鬱陶しそうに汗を拭っているがそこまで嫌、と言う顔はしていない。むしろ何処か楽しそうな、そんな顔をしている。やっぱり野球の事になると光一郎は違うなぁ、としみじみと感じた。幼馴染と言う関係で長い間一緒に居たけど高校生になってからの光一郎の野球に対する思いは中学時代のそれとは確実に違っていた。まぁ、これが最後の夏なんだし…要とも約束しるし、それが楽しみってのは分からないでもない。



「…なんか楽しそうね、光一郎」
「そうか?」
「うん。ここんとこ何かふわふわしてる」
「ふ、ふわふわ…」
「あ、頭がじゃなくて」
「それ言わなくても良かった」



他愛もない会話の中でふと考えていた最後の夏と言う言葉。最後、まだ夏なのに最後。でもそう考えると夏が過ぎたら進路とかお互い忙しくなるし光一郎とこうしてちゃんと話せる高校生活は残り僅かなんだなぁ…と実感させられる。この暑さも懐かしむ様な季節がやってきてしまう。そう思い始めたらなんだか寂しくなってきて、心臓はうるさいし何だか身体も暑いし視界は歪むし前は向けないしで、自然と足が動きを止めていた。日陰を歩いて時折吹く風が今は凄く鬱陶しく感じるし、なんだか変だ。ちょっと寂しさを感じただけなのに何でこんなにも苦しまなきゃならないんだろう。



「名前?どうした?」
「、なんでも、ない…」
「お、おい…泣いてるじゃないか」
「ない、てない」
「なら下向いてないでこっち向けって」
「…やだ」
「ほら、泣いてる」



下を向いてたから気が付かなかったけど光一郎の声がとても近い。歪む視界を手で拭ってよく見たら光一郎の靴が見えた。これは、顔をあげたらきっと目の前に光一郎がいるんだ。今はこんなに近くに、手を伸ばせば簡単に届く場所にいるのに、いつかは遠く離れて手も届かないような場所に行ってしまうのかと思うと顔を上げられなかった。この時間がずっと続いていればいいのに。二人で暑い夏の日差しの中を、他愛もない話をしながら、時々要の活躍を話したり、野球がやっぱり好きだって。


「泣く程辛いなら休むか?近くにコンビニあるし…」
「やだ。やだ」
「やだ、って…。とりあえずこっち向けって」
「やだ。こう、いちろう…どっか行っちゃわないで…」
「…………な、お前、何言って」
「ずっとこのままでいてよ…!離れるなんてやだよぉ…」



いつの間にか口から出ていた言葉はよく考えれば告白紛いの台詞なのに今はそんな事どうでも良かった。とにかく怖かった。目の前に立って私を心配してくれる光一郎がいつか居なくなってしまう事が。今、この瞬間が思い出だけになって私と言う存在が光一郎から消えてしまうかもしれない事が。負の感情は止まることなく、どろどろと心を脳内を支配してそれしか考えられなくなってしまう。
きっと目の前の光一郎は酷く困惑してるに違いない。いつもみたいに、笑って誤魔化さなきゃ。頭では考えているのに身体は動かない。ただ、涙を流すだけ。



「離れるわけ、ないだろう」


聞き落とすかもしれないくらい、小さな声。きっと光一郎の声なんだろうけど、それよりも紡がれた言葉に私は思わず顔を上げた。未だに歪む視界では、はっきりと光一郎の顔を見ることは出来ないがきっと、真っ赤なんだろうな。



「ほん、と…?」
「あぁ…離れない、絶対に」
「ぜ、ったい?」
「絶対、だ…。約束する」



お互いに、顔は真っ赤なんだろう。でもそれ以上に光一郎から言われた言葉が嬉しくて、まだ涙が止まらない。暑さで零れる汗が流れる涙と混じって顔はぐちゃぐちゃで気持ち悪いけど、この夏特有の光る太陽が私と光一郎のこの時間を、これからの時間を祝福してくれている気がして夏が少しだけ好きになった。光一郎が照れ隠しか何かで、ずっと見つめていた私の顔をタオルで拭いた。視界は青いタオルだったけど、光一郎の匂いと暑い太陽は変わらなかった。



約束だなんて言われたら、
(約束だと、言わせたら)

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