「ねえ、哲くん」



日曜日の朝、温かな日の光が開け放った窓のカーテンからちらちらと差し込み、眩しさに目を細める。もちろんお互い今日は仕事もなく、私はキッチンで朝食を作り、哲くんはテーブルでコーヒーを飲みながら新聞のスポーツ欄を見ていた。ゆっくりと時間が流れる。



「なんだ、名前」



哲くんが新聞から顔を上げた。その優しい目が、私は好きなのだ。私たちは同じ青道高校に通い、高校三年生から付き合い始め今年で同棲三年目。付き合っている期間も長く、周りから結婚はいつだいつだと聞かれるのが常だ。よく高校時代の野球部の仲間が休みの日に家に飲みに来たりするのだが、伊佐敷くんは酔っ払いながら早く子どもの顔を見せろと騒ぐし、小湊くんはにこにこと笑顔で早くしないとタイミングを失うよ?とか怖いことを言ってくる。後輩の御幸くんに至ってはやることはやってるんですよね?などと聞いてきて、哲くんと変な空気になって顔を見合わせるしかない。



「今日、お散歩がてらに公園に行かない?今お花が見頃みたいだよ」

「へえ、いいじゃないか。行こう」



会話だけ聞いたら熟年夫婦というか、それどころか老夫婦だ。結婚はそりゃあ、したいとは思う。二人の間でそういう話が出たのは一回や二回じゃないし、哲くんだってしたいと考えているようだった。でも、お互いの経済力だとか親のことだとか会社での体裁だとか、オトナの事情で踏み切れなかった。今のままでも十分幸せだし、このままでいいと思う自分もいるけれど、やはり結婚とは特別だ。できるなら、したいに決まっている。



「トーストどうする?今日はチーズもバターもあるけど」

「うん…いや、そのままでいい」



哲くんがそう言うので、こんがり焼けたトーストをはじめとする朝食をテーブルに運ぶ。表情の変化はあまりないが、食事を見ると、目に見えて目を輝かせるのが可愛いと思ってしまう。「美味そうだな」と食べる前に一言言うのがもはや習慣になっている。



「いただきます」

「そろそろ夏の地区予選が始まるね。青道どうかな」

「この間部活に顔を出したら、チーム自体はだいぶいい感じに仕上がってた。まああの二年投手が試合を左右するだろうな」

「なんだか、昔が懐かしいね」

「そうだな」



哲くんが伏し目がちに優しく笑った。少しそんな話をしたら溢れ出るように昔の記憶が蘇ってきた。もう何年も何年も前のことなのに、昨日のことのように思い出せる。みんな若くて、底抜けにエネルギーがあって、何もかもに無我夢中だった、素晴らしき日々。



「名前は昔からずっと、忘れっぽいな」

「なっ、そんなことないよ!そりゃあ、昔はよく体操着から宿題までよく忘れたけど…」

「今だって俺の弁当に箸を入れ忘れたり、書類を丸ごと家に忘れたりする」

「うっ…そんなこと言ったら哲くんだって、昔から大真面目な顔でわけわかんない事とか突拍子もないことよく言ってるよ」

「そんな覚えはないな」

「ほら、ある日一緒にラーメン食べてたらチャーシュー持ったまま息子の名前は塁がいいって突然言い出して…」



そこまで言ってはっとした。子供。なんだか息が詰まる。何もない、別に結婚をする気や子供を作る気がないわけじゃない。ただ、まだなだけだ。少しの沈黙が流れて、二人とも黙った。



「名前」



哲くんがあの大真面目な顔になった。持っていたフォークを置き、ポケットに手を入れる。そして彼のごつごつとした大きな手から、薄い青色の箱が出てきた。彼の手から出ると、とても小さく見えた。



「結婚しよう」



突拍子もなかった、相変わらず。私が唖然としていると、哲くんがその小さな箱を開けて、中からきらりと光る指輪を取り出し、そっと私の手を取った。大真面目な顔で、ゆっくりと私の薬指に指輪をはめる。控えめにも指輪にはダイヤが輝いていて、今まで見た何よりも綺麗だと思った。だから最近、「名前の指は細いな。周囲何センチだ」などとわけのわからない事を言っていたのか。視界が滲んできた。



「いいか」

「当たり前でしょ」

「幸せにする、絶対に」

「私も、幸せにするよ」

「息子の名前は塁にしよう。間違いなく四番だ」

「気が早いってば」



哲くんの腕の中で、彼との未来を思い浮かべていたら、彼と、彼の飲んでいるコーヒーの匂いで脳がじんわりと心地よく麻痺していった。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -