一人暮らしを始めてから、たまに朝起きると涙が出そうになることがある。例えば、実家だったら毎朝起きると兄弟のバタバタと忙しなく動く音と、父の新聞をめくる音、それから台所からウインナーがジュージュー音をたてていたりトースターの音が聞こえてきたり、色々な音が混ざり合うのに、この家は私一人だ。朝起きても物音ひとつしない。たったそれだけのことがこんなに悲しいだなんて、一人暮らしに憧れていた学生時代は考えたこともなかった。


「おはよ」

いつものように無音のリビングで真っ先に見たものは優しげに目を細める一也と、テーブルの上に用意されたトーストとハムエッグ、それからサラダだった。目をぱちくりしながら彼の方を見ると、独特な笑い声をあげた。

「朝寂しいって言ってただろ?優しい彼氏様からのサプライズ」
「なにそれ」
「はっはっはっ、嬉しくねえ?」

確信犯的なその問いに小さく首を横に振り、ありがとうと伝えると、よくできましたと頭を撫でられた。そのまま手を合わせてトーストにかじりつこうとしたとき、突然一也が声をあげた。

「お前起きるの遅かったから冷めちまってるだろ。チンしようか」
「いや、いいよ。ありがとう」

トーストは少し硬かったけど、ハムエッグは冷めても美味しかった。正直なところ、私は料理が得意ではない。時間のあるときはなんとか自炊したりすることもあるが、やっぱりコンビニのお世話になることの方が多い。それに加え、朝はギリギリまで寝ているので朝食に菓子パン以外のものを口にしたのはもう数ヶ月ぶりくらいだ。そんな食生活を見兼ねてたまに一也が料理を作りにきてくれるのだが、それがとても私の口に合うのだ。

「美味しい」
「お粗末様」
「ほんとに、私一也が作る料理が一番好き」

私がそう言った瞬間、一也は一瞬真顔になり、それから頭をガシガシと掻いた。照れているんだなあというのがよく分かる。

「俺の料理、毎日食べるか?」
「えー?食べれるもんなら食べたい!」
「じゃあ結婚する?」

さらりと言われたその言葉の意味を理解して、私は固まってしまった。レタスを掴んでいた箸はテーブルの上に転がってそれから床へ落ちた。それを拾いながら一也は口を開いた。

「お前が朝寂しいって言うなら、俺が毎朝お前より先に起きてる。お前が俺の料理食べたいって言うんならなんでも作ってやる。だから結婚しねえ?」
「え、あ、」
「まあ俺としてはお前の手料理だって食べたいからそこらへんはよろしくな?」

口をパクパクするだけの私の顔を一也が覗きこんだ。「返事は?」あまりに至近距離で言われるもんだから顔が火照ってしまった。

「私、料理下手くそだよ」
「俺が教えてやるって」
「…ほんとに?」
「おう」
「…よろしくお願いします」

その返事を聞いて満足したのか、ニヤリと笑った一也は、そのまま私の食べ終わった皿を流しへ持って行って洗い始めた。ガチャガチャと皿の擦れる音や、水の流れる音がする。なんだかそれが無性に幸せで、私も笑いながら一也の方へ手伝いに向かった。

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