子供の頃、幼馴染と何かを約束するなんて定番的な話だ。そしてそれが忘れられているのも、実際にその約束が守られることがないのも、当たり前のことだ。たとえ私だけが覚えていようと、約束は守れないのだから。無邪気な子供のように、約束を忘れただけで怒ることはできない。若かったあの頃のように、意味もなく声をかけることももう、できない。大人になるにつれ弱虫になってる。そういう自覚はある。だけど、それが大人なんだと思う。子供の頃は大人ってなんでもできるすごいもの!っていう感覚だったけどそうじゃない。何もできないから、見栄を張るんだ。まだ頑張れる。とかね

久々に長い休暇になった。ゴールデンウィークとは素敵なものだ。学生の頃も思ったけど今でも思うよ。仕事のない日はまったりしたい。働きたくない。ご飯だって作りたくない。でも手料理がいい。なんてわがまま放題の考えで実家に帰ってきた。なのにお使いに出されるとは。まったく、意味がないじゃないか。
しかも猫の餌を買ってきてくれって。どんなお使いだ。
お使いを済ませて一人で寂しく帰り道を歩いていると子供の頃よく来た公園を見つけた。ここで毎日毎日遅くまで遊んだっけ。というか付き合わされたというべきなんだろうか。彼はグローブを二つ握って、いつも私も手を引いてこの公園に来ていた。人があまり来ないことをいいことに。無理やりボールとグローブを握らせて投げろと命令。あいつほどわがままな奴はそうはいない。
自分勝手で、マイペースで。どれだけ振り回されたことだろうか。ああ、でも。ちゃんと自分を突き通す強い人だった。そんなところがかっこいいなって思ったんだ。
まぁ、そのせいで友達なんていなかったけど。外見はかっこいいから女の子に告白されることだってある。男の子とだって話すことはある。だけど特別親しい人は全然できなかった。中学2年生の頃までは。
中学2年生。それは私が夢見る夢子ちゃんじゃなくなったときだ。
彼に恋人ができたのだ。身長はあんまり変わらないくらいチビだったけれど、外見に釣られた女の子と付き合ったんだ。それを初めて知った日、私はあの人に怒鳴り散らしたっけ。
あの約束はなんだったのかって。そしたらあの人、なんのこと?って首をかしげるからその場で号泣しちゃって。そのあとからちょっと気まずくなった。昔のことでも案外覚えている。だって、あれは、私の初恋だったから。そして初めての失恋の瞬間でもあったから。
「結構傷ついたんだよね・・・」
一人でこの公園に来て大きな声を上げて泣いて。馬鹿みたいに本気であの約束を信じていた自分をひどく恥じた。二度とこんなことをしないように。そう思っているうちに慎重になりすぎて、彼氏ができてもうまくいかない。何度も何度も失敗して、ここに戻ってくる。
数日前、元彼に言われたセリフを思い出して大きくため息をつく。
「なんでそんな信じられないの、か・・・」
別れた原因は私が悩み事を全然打ち明けたりしなかったからだ。仕事でうまくいかず、本気で悩んでいたことを友人づてで聞いたらしい。そして別れ話をされた。
自業自得というやつだ。だから私はただ謝ることしかできなかった。本当にそれしか、言えなかったから。
どうやったらうまくいくんだろうか。恋というのは。約束したって忘れられて。一人で頑張ったら怒られて。次はどうしたらいいのだろうか。さっぱりわからない
公園の中に入って昔よく遊んだブランコに腰掛ける。このブランコも私同様年を取ってだいぶボロボロになっている。ほんと同じみたいだ。
「なにやってんの。お前」
そう声をかけてきたのはすっかり大人になってしまった初恋の男の子だった。たった一人しかいない幼馴染。
「なんでここにいるの」
これでも彼はプロ野球選手だ。そんな人が、こんな寂れた公園になんのようがあるというのだろうか。というか多忙なくせにこんなところで油を売ってていいのか
「休日くらいゆっくり家で寝てなよ。御幸捕手さん」
「さっきまで寝てたんだよ。んで、気が向いたから懐かしい場所に来てみたわけ。そしたらまさかの懐かしいやつにも会えた」
はっはっは。人を馬鹿にするかのようなこの笑い方。変わってないなぁ。こんなんだから友達できなかったんだよ。この人
「お前はなんでここに?」と聞かれたから買ってきた猫の餌の入ったビニール袋を見せて「お使い」と短く答えるとまた笑われる。いい年してお使いって。ってことでしょう。わかってますよ。私だってそう思いますよ
さっさと帰ればいいのに。むすっとすねた私はこれ以上関わらないという意思表示としてゆらゆらとブランコを漕ぎ始めた。そしたらお前の体重その古びたブランコじゃ支えきれねぇぞ。なんて意地悪を言われたのでこぐのをやめた。事実だとしてもそれをなんで本人に対して直球で言うかな。ほんとムカつく。
とことこと歩いてきて御幸はとなりのブランコに腰掛ける。私だって充分重いけどあんただって重いんだからブランコやばいんじゃないの。って言ったらまた笑われた。否定しなよ。
「昔さ、よくこの公園きたよな」
「そうだね。うちに来て女の子の手を無理やり引っ張って、パジャマだろうとなんだろうと気にせず連れ出して、グローブとボール持たせてくる迷惑な奴がいたよ」
「若気の至りってことで許してよ。ごめりんこ」
昔からいつもこのふざけた謝り方ばっかり。まともに謝ったことなんて片手で数え切れるほどじゃないだろうか。
「友達、できたの?」
どうせ隣にいるくらいなら少しくらい会話をしよう。そう思ってとりあず思いついたことを聞いてみた。そしたらまぁな。と短い返事が来る。こんな早くに途切れるとは思ってもみなかった。さて次の話題を出すかどうするかで迷っているとお前は彼氏できたのか。って聞かれて思いっきり御幸の座るブランコを蹴った。つい数日前別れたばかりですが何か。ちょっと低めの声でそういえば流石にこの男も禁句だったと気づき、困ったように笑う。でも謝り方はまたふざけていた。ああ、殴りたい
「昔さ、俺お前のこと泣かしたことあるじゃん」
「いっぱいありすぎてわかんないんだけど。小学生の頃野球ボールを本気でぶつけてきたとき?虫の入ったかごを誕生日プレゼントとか言って渡してきたとき?」
他にもずらずらと泣かされたときのことを上げると御幸は中学2年の時。とはっきりいう。その年だって何回も泣かされたけれど、一番覚えているのはやっぱりあの時のことだ。
「お前いきなり俺の前に来て怒鳴って、怒って。俺からしたら意味不明で、泣き出したときはほんと理解できなかったんだよな」
そうだろうね。きっとあなたからすればそんなものだってわかってたよ。期待なんて、もうしてない。だけどそれを受け止めれるほど強くもなれなかった
「そんなこと、あったっけ。悪いけど記憶にないわ」
すっとぼけてしまえばこの話は終わる。そう思って嘘をついたけど御幸は俺は覚えてる。って言ってまだ話を続けようとする。なんで今更そんなな話をしなきゃいけないんだ。
興味ない。と冷たく返しても俺はあるの。と返される。ああ、ほんと面倒なやつなんだよ。コイツ。諦めた私がどうぞお話ください。と面倒そうに言うとはっはっは。と笑ってじゃぁ、お言葉に甘えてと言って続きを話しだした。
「あの日さ、お前のこと追いかけたらここについてさ。わんわん大きな声でないてるお前を見て、声がかけれなかった。知らない女みたいで、急に怖くなった」
「なにそれ。そんなぶっさいくな顔してたって言いたいの?」
「ちげぇよ。女の顔してたんだ。お前が」
「はぁ?」
なにいってんのこの人?私こそ意味がわからないんだけど。何が言いたいの?と聞けばもう少し話を脱線させると子供の頃もよく来たよな。と言われたのでとりあえず頷いた。
んでさ、約束したじゃん。薬指からませて。そこまで言われてまさかと思って御幸の顔を見る。そしたら真剣な顔をした御幸がいた
「約束忘れてごめん。いつの間にかお前がいるの当たり前だと思ってた。そうじゃないってわかったのは、お前が俺を避けるようになってからだった」
「別に、今更いいよ。あんな子供の約束、いつまでも信じてないし」
なるほど。御幸はあの約束のケリをつけたかったんだ。だからここに来たんだろう。私がいつ実家に戻るっていうのはうちの親とかに連絡取ればわかることだしね。
「話はそれだけしょ?私帰るね」
そう言ってブランコから立ち上がると腕を掴まれる。なに?と返せばその手をそっと掴んだまま御幸は自分の左手の小指に私の小指を絡める。御幸の行動が理解できず困惑する私をギュッと反対の手で抱きしめ、彼は耳元で小さく囁いた。
「その約束さ、今も有効にできねぇ?」
次の瞬間涙がポロリとこぼれ落ちた

薬指の約束

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