3月最初の日曜日。私は三年間通った中学を卒業した。卒業には桜とかのイメージがある人が多いだろうけど、北海道では桜どころかまだまだマフラーなどが手放せない。マフラーに顔をうずめ通い慣れた道を歩く。明日からこの道を歩くことも減るんだろうなぁ…と思うとやはり寂しい。隣を歩く人物の顔をちらりと見てみると、その表情はいつもとあまり変わらない。まぁ、降谷にとってこの三年間は楽しいものではなかったかもしれないけど。
「ねぇ、そういえば降谷は結局どこの学校行くの?」
私の言葉に降谷の足が止まる。
夏休み頃からずっと聞いては教えてくれなかったこと。いつだったか机の上に置きっぱなしだった進路用紙を見ようとした時も、私が見るよりも先に机の中にしまってしまい、何をしても見せてはくれなかった。その後も何回か聞いたが教えてくれず。最終手段として先生に聞きにも行ったが、「降谷に絶対言わないでくれって言われてるから…」と言われた。失礼な話だが降谷にはあまり(というか多分私以外)友人もいないから、どこかから情報が入ってくるということもなく…
「………」
足を止め俯いたままの降谷。どきどきと少しずつ心臓の音がはやくなる。…なんか嫌な予感がする。降谷、と名前を呼んで答えを催促すると、顔を上げた降谷と目があった。
「…東京」
「え?」
「東京の、学校に行く。」
ぽつり、とつぶやかれた言葉。頭の中が真っ白になって、降谷の言った言葉だけがぐるぐるとまわる。
降谷はきっと野球が強いところに行くんだろう。
進路を全く教えてはもらえなくても、これだけは初めから分かっていた。だって、降谷はずっと野球をやりたがっていたから。ずっと、ボールを受け止めてくれる人を探していたから。
東京にはきっと、降谷を受け止められる人がいるんだろう。そうでなきゃ降谷がわざわざ海を越えてまで行くとは思えない。
これは、祝福しなきゃいけないことだ。初めて会った時から、あの日、たまたま帰り道で一人で壁に向かって投げる降谷を見た時から、降谷が野球をできることを私だって望んでいたんだから。
「苗字…?」
降谷の驚いたような声が聞こえる。はやく笑って「よかったね。」とか「頑張ってね。」の一言でも言えばいいのに、言わなきゃいけないのに…
「…ばか…降谷の、ばかっ……」
ぽろぽろと止まることなく零れる涙。口から出たのは祝福とはほど遠い言葉。俯いてるから降谷の顔は見えないけど、焦ってるのが何となく伝わってくる。困らせたいわけじゃないのに、私の中で燻っていた感情が邪魔をする。
「…き…の……」
「え…?」
「好き、なのっ……」
「っ……」
ずっと、ずっと好きだった。無口で無愛想で不器用で天然で、野球に向かってただただ真っ直ぐな降谷が、好きだった。
こんなこと言ったって降谷を困らせるだけ。分かっているのに止まらない。
「…苗字。」
名前を呼ばれて顔を上げる。きっとすごい顔してるんだろうなぁ、私。
降谷の顔は申し訳なさそうに歪んでいて、ちくりと胸が痛む。降谷は何も悪くないのに。
「いいの…?」
「…?」
「寮暮らしになるし、ほとんど帰ってこれないだろうし、電話とかメールも僕まめにできないだろうし、それに……」
「え、ちょ、え……?」
なに、降谷ってこんなに喋ることあるのか。
普段あまり話さないくせにいきなり饒舌になった降谷に戸惑う。そんな私に構うことなく降谷は続ける。
「きっと、君にたくさん迷惑かけて、たくさん我慢させるよ…?それでも、いいかな…」
「え…?」
降谷の言葉を少しずつ頭の中で処理していたら、ふわりと何かに包まれる感覚。そして、耳元で囁かれた言葉に、私はそっと自分の腕を降谷の背中に回した。