「もう今日で卒業かぁ」

三年間早かったなぁ、と呟くと、あっという間だったな、と御幸が口にする。
快晴の空の下。寒いはずなのに日光が思ったより暖かい3月1日。
制服の胸ポケットに挿していた生花は、門出の道をつくってくれていた後輩にあげた。綺麗な桃色の花だった。名前は忘れてしまったけれど。
友達や先生、後輩たちとたくさん写真を撮った後、二年間ぐらいずっと好きだった御幸とも写真を撮ってもらって、冒頭の会話に至る。
御幸に恋心なんてものを抱いたきっかけは何だっただろう。一年の時はぽつぽつ喋るような仲で、二年はクラスが別だったけれど、三年はまた一緒になって、席が近い時はよく話したりした。野球部の応援だって行ったし、ずっと御幸ばっかり見ていたと思う。

「楽しかったな、高校生活」
「そうだな、すっげぇ充実してたと思う」
「野球漬けの三年間?」
「そ。まぁまだまだ続くけどさ」

御幸のN大進学は3年に上がったぐらいで既に決まっていたようなものだったらしい。大学側から熱烈なアピールをもらっていたようで、夏の大会が終わった直後、御幸は二つ返事で承諾したとか。他にもあちこちの大学やプロからも声がかかっていたみたいで、改めて御幸は本当にすごい選手なんだと実感する。ちょっと意地悪で性格悪いけど。

「忙しさは変わらなさそうだね。あー御幸と会えなくなるとか寂しいな」
「はっはっは!嬉しいこと言ってくれんじゃん」

こんな他愛のない会話でさえ、何気なくできなくなってしまうのは辛い。きっとメールをしたら返事ぐらいしてくれるのだろうけれど、練習で忙しくなる御幸の重荷になりたくはなかった。だからこの想いも、感情も、全部胸の内にしまいこんで、私は御幸とさよならしようと決めた。

「時間ができたら連絡ぐらいしてね」
「お前からの連絡とかいつでも募集してっから」
「えーほんと?嬉しい」

じゃあ私、そろそろ行くね。
私は御幸に手を振った。御幸も笑顔でひらひらと手を振り返してくれる。
きっとこれが最後だ。御幸を忘れようとは思わないけれど、御幸への好きという気持ちだけは忘れたかった。もし本当に、仮に御幸と恋人という関係になれたとして、私は御幸に迷惑しかかけない気がした。練習で多忙な御幸だからこそ支えなきゃいけない、耐えなきゃいけない。そればかり考えた私は結果、御幸への告白を諦めた。
これでいいんだと何度も言い聞かせるたび、溢れそうになる涙を必死に、必死に堪えた。


***

じゃあ私、そろそろ行くね。
そう言って笑顔で手を振る彼女に、俺も笑顔で手を振り返す。ぎこちない笑顔になっていないだろうか。そこをツッコまれはしないだろうか。アイツが俺に背を向けて歩いて行ったのを見て、そんな不安は抱くだけ無駄だったと思い知らされた。
多分、アイツを見るのは今日で最後だと思った。なんとなく、ただなんとなく。その小さな背中をずっと見つめて、完全に見えなくなる前に俺は背を向けた。これ以上見ていたら耐えられなくなる気がした。追いかけてしまう気がした。それだけはしてはいけないことだと俺の理性が警鐘を鳴らしていた。
アイツを好きになったのはいつだったか。気づいたらアイツへ抱く想いは恋とかいうものでしたーとかいう感じだった気がする。何かきっかけがあったわけではなく、要は結果がそうでしたという具合だった。ただ野球と両立しようとは思わなかった。自分の首を絞め、同時にアイツを苦しめるだけだと思った。仮にアイツと付き合えたとして、きっと俺の知らないところでアイツはずっと泣くのだろうと、そればかり考えていて、結局告白をすることは諦めた。何も言わない方がアイツの為なんじゃないか。俺はアイツを泣かせたくて付き合いたいわけじゃない。アイツを喜ばせたいから付き合いたい。それなら俺にできることは、アイツには何も言わないことだった。もっと器用な人間だったなら、俺は野球もアイツも大事にして、どちらにも同じぐらい気を回すことが可能だっただろう。でもその自信はなかった。きっと今の俺は驚くぐらい辛気臭い顔をしている。

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