クリス君からアメリカに行く事を聞いた。
それは私にとって喜ばしくて同時に寂しい。
クリス君はそんな私を思ってか部活の合間を縫って会おうとしてくれているけれど、それが逆に寂しさを倍増させた。



『はぁ……』

「溜め息付くと幸せ逃げますよ名前先輩」

『御幸君……』

「最近クリス先輩と上手くいってないんですか?」

『ううん、そんな事ないよ。寧ろその逆で……なんか、恐い』

「?」



廊下の窓から空を見ながら何回目かも分からない溜め息を吐けば後輩の御幸君が声をかけてきた。
御幸君はたまに相談に乗ってくれる(無理矢理聞き出してくると言った方が正しいかな)。
だからなのか一度口を開くと次々と口から不満が溢れて止まらない。
勿論、クリス君には野球に集中して欲しいから不満なんて言わないけれど。

一通り吐き出すと再び外を見て呟いた。



『どうしたら笑顔でクリス君を送り出せるかな……』

「………」

『クリス君に優しくされる度、離れた後、1人になって私、ただただクリス君を待つなんて考えられない…』



話している間にもクリス君のいない生活を、浮かべてみても何も出てこず悔しさから制服の裾を握り締める。
そんな私を御幸君はただ黙って見ていた。
暫しの沈黙の後、頭を軽くかきながら御幸君が口を開いた。



「うーん…俺は遠距離恋愛とか、した事ないんで先輩の気持ちとか良く分からないけど、強いて言うなら自分の気持ちを相手に伝えた方が良いと思いますよ」

『でも…そんな事したらクリス君が…』

「良いんじゃないですか?困らせても」

『え…』



御幸君の言葉があまりに衝撃的過ぎて思考が停止する。
そんな私をよそに御幸君は自分の意見を言う。



「だって向こうはアメリカに行くんですよ?そしたら言いたい事を言えなくなります。ならその前に全部伝えた方がお互いの為になると、俺は思いますけど」

『っ……』

「……まあ、それでも言いたくないならそれはそれで良いと思いますよ」



その言葉に御幸君を見れば苦笑いで下を眺める御幸君がいた。



「決めるのは先輩ですからね」

『御幸君……』

「いざとなれば俺に変える、なんて選択肢も……」



頬に触れる感触と同時に近付く御幸君の顔。
突然の事に対処できず固まってしまう。
その間にもゆっくり確実に迫る御幸君の表情はいつもと違って男の色気を放っていて…



『っ、ぃやっ!!』



思い切り突き飛ばせばよろける御幸君から逃げるようにその場を後にするととにかく走った。


走って、走って。


足を止めて周りを見渡すとそこは野球部のグラウンドだった。
いつもは部活で賑わっているグラウンドも休みの今日はとても静かで変な感じ。
暫くグラウンドをぼーっと見ている。



「苗字」

『ッ……クリス、君』

「今日は部活ないぞ」

『知ってるよ。無意識のうちにここに来てたの』

「そうか…」



後ろから大好きな彼の声がする。
今すぐにでも抱き付きたいけどその想いをフェンスを握る事により抑えて返事をすればこちらに近寄りその手に手を重ねてきた。
きっとクリス君は私が考えている事が分かったのかもしれない。



「ここで…日本でプレーするのも残り僅かだな」

『そうだね…』

「苗字とこうして話せるのも、触れるのも…」

『っ……う、ん…』

「苗字はいつも俺に遠慮して何も言ってくれないが、俺はもっと、苗字がどう思っているとか、聞きたかった」



私の目を見てはっきりと言うクリス君に私は思い知らされた。
この人は私の思い、考えを言わなくても分かっているようで分かっていないのだと。

そう分かった瞬間、次々と溢れる涙。
それを拭こうとブレザーの裾を目に持っていく前にクリス君の手が伸びて優しく拭った。



『寂しい…本当は、行かないでほしいよっ』

「……苗字、これ」

『?何……、指輪…?』

「ああ。苗字を迎えにくると言う約束の証だ」



受け取ってほしい…

その言葉に答えるように胸に飛び込めば優しく抱き締めてくれた。



離れる事はやっぱり寂しいし、出来るなら行ってほしくない。
それでも私はクリス君が野球をしている姿をみたいから、こうして目の前にクリス君がいる時間を大切にしようと決めた。





会えることが幸せだと気づいたのは


先の事はその時また考えよう……
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