「あー、寒い・・・」
「北海道ほど寒くないよ」
「そんな、北海道と比べられたらなあ」
「そんなに寒いの?」
「寒いよ」

手なんて凄く冷たくて、もはや感覚がなくなっている気がする。ほら、と確認するように、手を降谷の方へと差し出した。僕の手も冷たいよ、と言いながら差し出した手を無視して、私の首筋に手を当てる。降谷が言ったように、彼の手が冷たくて思わず悲鳴のような声をあげた。だから言ったのに。そんな目で降谷は私を見た。この馬鹿、と言うように降谷の手を叩いた。ほんの少し不機嫌そうに「痛い」と零す。私、あんなに寒いって言ってたのに。
それでも降谷の鼻のてっぺんが赤くなっていたから、「大丈夫なの」と聞けば涼しげな顔して「平気」とだけ返ってきた。唐突に、降谷の動きが止まる。どうしたの、と聞く前に彼の口が開いた。

「ねえ、好き」

一瞬、呼吸の仕方を忘れた。ひゅっと息を吸って、ピタリと止まる。それからゆっくり息を吐き出した。それでも息苦しさはなくならない。ちゃんと呼吸できているのだろうか。それさえも、今の自分では認識できないほど冷静ではなかった。彼はもう一度「好き」と繰り返した。心臓がバクバクと音をたてているのが分かる。全力で走ったあとみたいな。
僕のこと、嫌い?
普段は無表情で、野球以外のことではあまり感情を出さない彼が。不安そうな声で、そう聞いてくる。私はそれに力無く首を横に振った。嫌いじゃない、むしろ好き。でも、そう言ったら。それを認めてしまったら、もう、こういうことができなくなる。今までみたく馬鹿みたいに笑えなくなる。触れられなくなる。一歩、近付いてしまったら。これ以上深く入り込んでしまったら。一定距離を保ってきた私たちの、今までの関係が全て壊れてしまう。

「苗字」

そう呼んで、手を伸ばして頬に触れる。いつもと同じことなのに、いつもと違う。「苗字」と、私を呼ぶ声に砂糖を振りかけたみたいな甘さを孕ませてる。頬に触れる指先が、まるで割れ物を扱うかのように優しくなってる。私を見る目が、熱っぽさを含ませてる。
同じはずなのに、全部、ぜんぶ違ってた。

「怖い?」
「、怖いよ」

私の知ってる降谷が、知らない人になってしまいそうで。どうやって接していけばいいのか分からなくなりそうで。全部が不安。よっぽど酷い顔をしていたのか、降谷がふっと笑って「変な顔」と言った。
だいじょうぶ、僕がついてるから。
優しい声音でそう言うものだから。降谷らしくない。そう思って、小さく笑ってしまった。