事の発端は何だったか、なんて覚えていない。ただただ今のあたしには、目の前の状況についていくのに必死だった。(といっても全然ついていけてなんかないだけれども)少女漫画好きの女の子だったら一度は夢見るいわゆる壁ドンを、たった今目の前の倉持があたしにしている。今は何でこんな状況になったのか、頭がついていけない。
「くら、もち」
「何」
「ど、どうしたの」
「だから何が」
だから何が、の言葉の意味を知りたい。今のこの状況はなぜ起こってしまったのか、なんてあたしは理由を知らないし、倉持にしか分からないだろう。なかなかこの状態から離してくれないな、とふと倉持の肩が目に入る。背は男子の中だったらそんなに高くはない方だと思うが、やはり男の子だなあと思う。あたしよりは幾分か大きい。野球で鍛えられたであろうがっちりある肩幅、まくり上げたセーターから顔を出す筋肉の付いた腕、腕を見ると血管が浮き上がってる。全てがやはり男の子なんだなと実感させられて、あたしはさらに、やっぱりこいつの事が好きなんだなと思い知らされる。だって、どんな仕草にだってドキリとしてしまうんだから。
「何で」
「え、」
「何で今日御幸になんかあげてんだよ」
彼の言葉に、はてなが浮かぶ。あたしが、御幸に?何かあげたっけ、まずはそこから考えるが、うーんという言葉だけが口からでて、何も覚えてない。
「な、何か御幸にあげたっけ、あたし」
「何、覚えてねぇの」
「うん、」
そう告げると、はぁという溜息が聞こえた後、クッキー、と零された。
「あぁ、クッキー」
「何で御幸にあげてんだよ」
「それは」
いつもなら調理実習で作ったお菓子は、倉持にあげる。あいつが欲しいっていうし、あたしも倉持に渡したかったから。あたし達は付き合うとかそういう関係ではないけれど。(まあ、あたしが一方的に好きというのは内緒で)いつもは倉持にあげてるお菓子も、今日の行方は違ったのを思い出した。御幸にあげたんだっけ。いつもはあたししか倉持にお菓子あげてる人いないのに、最近の野球部の活躍やらを見て奴にもファンが増えたみたいだ。あたしが調理室から友達と帰って来ると、他の子からもらってるのを目撃してしまった。それを見て、あたしじゃなくてもいいんだ、と張りつめてた何かがプツンと切れてしまった。その時目の前にいた御幸にあげる、と渡したのだった。
「それは?」
「…倉持が、他の子から貰ってたから、」
そう告げると目を見開く倉持。は、と口から零れている。
「俺貰ってねぇけど、」
「は、貰ってたじゃん2人くらいに」
彼はあたしの言葉に首を傾げたかと思うと、あぁ、と何かが分かったように頷いた。
「あれは俺が貰ったんじゃなくって、亮さん宛だ、俺は自分で渡せって言ったけどあいつら、無理だからって俺に押しつけてった」
「…え、」
「妬いてた?」
倉持のニヤリとした顔でさえ、ドキリと心臓は跳ねてしまう。妬いてたのは事実ではあるが、ここれそれをさっと認めてしまったら何か負ける気がする。
「倉持だって、御幸に妬いてた?」
そう言うと、いつもはそんな事ないのにはっきり分かる。倉持の顔は赤面している。そんな倉持を見てふふ、と笑う。あたしのもういらないのかと思って、そこら辺にいた御幸にあげちゃった、と言うと、それはない、と返された。
「倉持、ちゃんといってくんなきゃ分かんない」
さらにはぁ、と溜息を付いたは、あたしの目を捕らえた。
「…好きだから、他の奴なんかにあげんなよ」
脳内オーバー
キャパシティ
(あたしも)
(知ってる)
(は、)
(御幸の野郎にあげたのどうすんだ)
(返してもらう)
(ヒャハ、俺もついてこー)
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