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脳裏に浮かんだのは苦い時代に観たミニシアターでの映画だった。なんの実りもない学校での時間を終えて少し遠回りをして帰途を辿っている道中、修繕の行き届いてない朽ちたボロボロな小屋のようなシアターで客を待つ年老いた老父が目に入った。その老父が自身に手を差し伸べてくれた老夫婦と重なりなけなしの財布の中身をはたきシアターへと足を踏み入れた。好きな作品を選びなさいと目尻の皺を濃くして言われたが楽では無い生活の中映画を嗜む余裕なんてあるはずなど無かった。だから映画に関する知識に乏しく、老父が見せてくれた数個の作品はどれも馴染みがなかったと記憶している。結局直感に頼って適当な題目を選びそれが上映されるのを一人きりの劇場の中で、老父から貰った米菓子を口にしながら待っていると間もなく上映された。それは男女の恋愛劇で内容は今現在もなお使い古されているような実に陳腐なものだった。初めての映画だったのも関わらず記憶が色褪せもう主人公の名前すら思い出せないようなそんな映画。けれどあの劇場の中に居た僅かな時間の中で灯った感情だけは今だにセピア色の靄が掛かることなく色濃く残っている。

「先生ってば何考えてるの。」
「そうですね...以前付き合ってた女性のことと言ったところでしょうか。」

映画の中での男女が縺れ合っていたシーンが、男が女を押し倒した場面が鮮やかに浮かび上がり目の前で余裕有り気にクスクスと笑う彼女と重なる。老父が制服をスーツに見間違えたのかわざと見逃したのかはもう一生知る由が無いがあの時あのシーンを目にした時の気持ちの昂りは永遠に心に残ることだろう。

「それ今言っちゃう夢野先生のこと私嫌いじゃないよ。それにどうせお得意のやつなんでしょう。」
「...嘘でないと言ったら?」
「嫉妬に狂って首掻っ切って死ぬ。」
「それはそれは...そんなに愛されていて小生は幸せ者ですね。」

そんなあの日の昂りを胸の中に燈らせ白い布団の上に散らばった彼女の髪を掬って口元へと寄せてわざと音を立てて触れると彼女の手が頬へと伸びて来て親指が唇の端をなぞる。

「そっちじゃないよ先生。」
「おや、そっちでないのなら何処でしょ...」

戯言の一つでも言わないと昂ぶった気持ちが暴走しそうで敢えて彼女に尋ねてみたが言い終わる前に彼女の腕が首の後ろに回ってきてすぐ目の前には彼女が、そして唇には彼女の柔いそれがあった。

「...口で言っても分からないかなって思って。」

しっとりと触れるだけのそれが終わると彼女は口角をふっと上げ笑って見せたのだった。