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BAD DAWN


兵長とエレンに作戦を伝えるために旧兵団本部に行くことが決まり、出発が差し迫った頃私は自室で再度作戦の確認をしながら待機していた。あの後、ストヘス区での下見を無事終えてハンジと兵団本部に戻ったのが真夜中で、そこから寝ずに団長とハンジとそして今回の作戦の立案者らしいエレンの同期で幼馴染のアルミンと共に作戦を詰めた。そして、作戦に参加する分隊に作戦の伝達と配置の指示を行い、その後はエルヴィン団長から「作戦決行に向けて出発まで休んでおけ。出発の際は呼びに行く」と指示があり、仮眠を取らせてもらった。その仮眠が明けたのがついさっきで、窓から覗く空は夕陽が完全に落ちている。

「あれリア、まだ出発してなかったの?」
「うん。もうそろそろ出発だと思うんだけど」

ガチャっと部屋に入ってきたのはナナバだった。「そっか」と頷き、私の座っている向かいの椅子に腰を下ろしたナナバの片手には木製のカップがあって、口につけて中身をちびちびと飲み出した。その姿に「何飲んでるの?」と聞いてみると「蜂蜜酒、あったかいやつ」と返ってくる。

「...羨ましい」
「一口あげようか?」
「ううん。飲酒乗馬した挙句に落馬して尾てい骨折ったゲルガーを目の前で見てから乗馬前の飲酒は控えてるの」
「アハハ、それ新兵の時のやつだよね。先輩にお前みたいな奴はすぐ死ぬ!って怒鳴られてたのが懐かしいよ」
「本当にね。あの時の馬鹿とここまで長い付き合いになるとは思ってなかったわ」
「ほんと...怒鳴っていた先輩よりもゲルガーのが長生きするなんてね」

そう言うと、ナナバは再び蜂蜜酒を口にした。熱いのか、ずずっと啜る様に私も喉が渇いてきて、さっき淹れたばかりの紅茶に口を付けた。ナナバの様に啜るほどじゃないけれどまだ温かい。

「...私たちの隊も明日準備を整えた後に南の拠点に向かわなきゃだからね。これを飲んだら今日はもう休むつもり」
「そっか」

今回第一分隊の役割は雌型の仲間と疑わしき兵士たちを隔離監視することだ。先日の壁外での捕獲作戦では、敵の狙いはエレンだと確信したエルヴィン団長の判断により、五年前から生き残っている兵士を除いてエレンの正確な位置は知らせなかった。右翼側、右翼後方、左翼側、左翼前方などなどのバラバラの情報を流し、その中で雌型の巨人が現れたのは右翼側で、その時点で右翼側にいるという情報を持った兵士の中に仲間が居るのではないかという疑いが浮上した。更に雌型の正体がわかった今、アニと寝食を共にした104期生に一番の疑いが掛けられていており、調査兵団の104期生と、加えてピンポイントで指定すると潜んでいるかも知れない仲間に勘付かれる可能性があるから、102期〜104期生を南方の兵団拠点に隔離することになったのだ。
第一分隊は私も属してる隊だけど、今回はハンジたちと共にストヘス区での作戦に参加することになっているから別行動だ。

「...そういえばあんた随分懐かれてたね。確か...ディディだっけ?」

無言の中、ナナバが酒を啜る傍らで再び作戦資料に目を通していると、そう話を切り出される。「...立ち聞きなんて趣味悪いよ」と返すと「ここは私の部屋でもあるんだから」言われた。まあその通りなんだけど。

「うちの兵団内ではよくある話だね。壁外調査で命を助けた子に過度に感謝されたり、軽く神格化されるのは。...彼女の場合滅多に危険に晒されることのない駐屯兵だから余計にそうなっちゃったんだろうけど」
「そうなんだけど...でも、だからこそ巻き込めないし、例え一時期の気の迷いだとしても私の為に命を賭けるって言いかけたのは頂けないよ。調査兵団の志にだって反してるし」
「志か...」

ナナバは繰り返すように呟くと、「確かに今のあんたが言ったことは正しいね」と頷いた後に「...ふふっ」と笑いながらずっと手に持ったままだったカップをテーブルに置いた。

「何よ急に笑だして」
「いや...ここ最近新兵との絡みが多いし、ゲルガーの話を持ち出したから色々思い出してさ。ほんと...リアとは今思えば訓練兵からの付き合いだもんね」
「確かに...こうやって話すようになったのは入団後だからあまり思い出とかは無いけど」

そう返すとナナバは「私、あの時はリアのことが好きじゃなくて避けてたから」と言いながら私をじっと見つめた。「えっ」と、その衝撃の発言に目を瞬きさせながらその瞳を凝視して、「はっ初耳...なんだけど」と言うと、「初めて言ったから」とナナバは悠々と口角を上げた。

「...帰ってきたら部屋変えてもらお」
「あの時はだから訓練兵の時のことだよ。今は普通に...まあいい仲間だと思ってる」
「もしかしてナナバあんた、その程度の言葉でさっきの言葉を相殺できると思ってる?リアのこと本当に心の底から大好きって言って見せてやっとトントンだからね」

そんな半ば冗談めかした台詞を投げるも、一切の狼狽えを見せないナナバは「めんどくさいよ」と微かに笑いながら一蹴すると、テーブルに両肘をついて口を開いた。

「リアってなんかずっと心ここに在らずって感じだったからさ。...憲兵団を志望してて説得力あるほど成績が良かったのに、どこか上の空で本気で兵士を目指してるようには見えなかった」
「あー...懐かしいね」
「まあそりゃ、玉の輿に乗るために憲兵団を目指してるって言ってたから当たり前だし、まずその時点でいけ好かないなって思ってたんだけど、なんだかその言葉すらも空っぽに思えてさ。私は訓練兵になる前から調査兵団志望で、調査兵団志望の人間って特に最初から覚悟を決めた奴が多くて私も漏れずにそうだった。だから余計に覚悟が中途半端に見えたあんたが気に入らなかったんだろうね」

そう語ったナナバに「...なるほどね」と当たり障りなく返すと、「でもあんたは突然変わった」とナナバは頬杖をついて話を続ける。

「あの合同訓練の後にね。ほら、覚えてる?隣の区の訓練兵たちと合同で一週間ほど山奥で訓練したの」
「...ああ、あった気がする」
「マレーネと、後ハンジが居て私はその訓練で初めて二人と知り合ったんだ」
「へぇ...」

こっちを見つめるナナバに表情を変えずに返事をしていくけれど、内心はその表情とは裏腹に焦りを感じていた。何故なら鮮明に記憶しているからだ。あの時の感情も、景色も、温度も、彼女の表情も、私は訓練兵として過ごしたどんな日々よりも克明に覚えている。

「あまり記憶がないようだけど、あれを境にあんたは確かに変わったよ。上の空な時間が無くなったし、憲兵目指してる人間って容量良くて手の抜きどころを分かってて、リアもそうだったのにその手抜きをしなくなった」

驚きと苛立ち、夕暮れに染まった草木、冬をじわじわと追い詰めるように吹く薄橙色のような柔らかい風に揺られる花の蕾、赤褐色の髪、黄金を帯びた瞳。そんな断片的に蘇る記憶の数々に気を奪われそうになりながら「好きじゃなかった割にはよく見てたんだね」と言うと「いけ好かない人間ほど目に入るもんでしょ」とキッパリと言い放たれる。身も蓋もないその言葉は、追憶の波に攫われそうな意識を現に引き戻すには十分すぎた。

「それにしてもまさか最後の最後で調査兵団を選ぶまでになるとはね...お陰でこうして仲を深めることができて嬉しいんだけどさ」
「...もしかして良い話に持っていこうとしてる?無理だからね、そんな最後に取ってつけたように言ったところで」
「あれ?もしかして拗ねたのリア」

「拗ねちゃうなんて大人気ないよ」と言うナナバの顔は笑っていて、揶揄うような口調に「...昨日ディディにもらったワイン、帰ってきたら一緒に開けようと思ってたけど無しだから」と言ってそっぽ向く。すると、「ちょっと何それ初耳なんだけど」と返ってきて、「...初めて言ったからね」と口角を上げながらナナバの方を向いた次に、コンコンと扉を叩く音が響いた。

「失礼します。リアさん、そろそろ出発だと団長が」
「お疲れ様。すぐ行くと伝えて」
「了解です」

入ってきた兵士にそう返すと、軽くお辞儀をした後にドアをゆっくりと閉じた。その姿を見送った後に「じゃあお先」とナナバに言いながら立ち上がって資料を纏めると、「うん。ワイン楽しみにしてる」と軽く手を振った。あんた話聞いてた?と再び蜂蜜酒に口を付けだしたナナバに思ったと同時に、「あっ」と昨日内地で買ったものの存在を思い出す。

「どうしたの?」
「いや、私の机に昨日内地で買った流行りのチーズを置いてるからみんなと分けて食べといて。量はあまりないからうちの隊だけでこっそりね」

昨日内地で買ったもの、それはブルーチーズで結局ハンジの代わりに財布を開けることになった時にお土産として購入したのだ。その言葉にナナバは「流行りってことは...もしかしてブルーチーズ?」と首を傾げて、「えっなんで知ってるの?」と驚く。

「ミケがこの前シーナに行った時流行ってるからって買ってきてうちの隊に振る舞ってくれたの」
「えっ?聞いてないんだけど」
「あんたは仕事が終わった途端に毎度のごとくハンジの...第四の仕事をしに行っちゃったでしょ」
「ああ...」
「チーズをつまみに酒盛りしながらミケが言ってたよ。リアはうちの隊なのに...って、あの寡黙なミケがね」

「うちの隊長もちゃんと労ってあげてよ」と続けたナナバに「了解...」とミケの顔を思い浮かべながら返す。うちの隊なのに...って呟くミケを想像すると可愛いくて笑っちゃいそうになるけれど、確かに最近仕事以外であまり話せて無かったな。

「まあ労いも何もお互いにこの山を乗り越えてからだけど。...気を付けてねリア」
「ナナバもね」

ナナバの言葉にそう返しながら椅子に掛けたマントを羽織る。そしてテーブルの上の資料を脇に抱えると、手を振りながら部屋を後にした。

そんな風にナナバと別れたのがもう何日も前の話で結果、今回のストヘス区でのアニの捕獲作戦には成功した。そう、成功したのだ。分厚い結晶に己の身を埋めて眠りについたアニの捕獲に、一切の意思疎通が図れない彼女の捕獲に成功したのだった。多くの命を賭して、物言わぬ精巧なお飾りを手に入れたのだ。...そんな、皮肉の一つでも溢さないとやってられなかった。アニの捕獲の後にも壁の中に埋められた巨人のことや、ライナーにベルトルト、そしてユミルが巨人だったこと、三人を取り逃したこと、それ以外にも考えることもやることも山ほどあるのに、私はただテーブルの上で同室の彼女の私物を整理することしかできなかった。

「...リアさん、失礼します」

数回のノックの後に部屋の扉が開けられる。振り返るとそこにはニファが立っていて、「どうしたの?」と首を傾げると「団長からその...お休みになるようにと言伝を賜ったので」と言って、私の机の上にティーカップを置いた。淹れ立てなのだろう、白い湯気が立っている。

「...蒸気みたいだね」
「蒸気...?」
「ほら、巨人が消える時さ蒸気になって霧散するじゃない?ご丁寧に食い散らかした人間ごと霧に変えちゃってねえ...」

その言葉にニファはどんな顔をしているのか、私は確認することなくティーカップに口を付ける。後味に残る仄かな甘みは蜂蜜を入れたからだろう、そう言えばナナバもあの日蜂蜜酒を飲んでたっけ。

「...ニファ、お茶ありがとうね。それと団長にはちゃんと休んでるって伝えておいて。心配には及びませんって」
「了解です。...あのリアさん、本当に休んでくださいね」
「自分なりに休息を取ってるから大丈夫。ニファこそ連日仕事続きで疲れてるでしょ。ちゃんと休んで」
「はい...」

そう頷くとニファは「失礼しました」と部屋を出て行った。パタンと閉じる扉へと自然と移った視線、その視界の端に空になったベッドが映った途端にぐわんと視界が歪んむ。そんな落ちそうな頭をガタンっとテーブルへと肘をつきながら抱え、迫り上がってくる感情の激流にハァッハァッと息も絶え絶えになる。

「だっ..だいじょうっぶ...だいじょうぶだから...そう大丈夫..だ...大丈夫...」

そんな自分に向かってと目を瞑り、大丈夫と何度も何度も言い聞かせることで溢れそうな感情を抑え込む。...どれくらいの時間そうしていただろうか、やっと落ち着きを取り戻し始め、ゆっくりと目を開くと俯いた視界の先に一枚のスケッチが映る。確かこれはハンジがこれから巨人の実験過程をスケッチしたいって言ってたから、ナナバをモデルに絵を描いてみた時のものだ。絵なんて描いたこと無かったから、じっとしてくれないナナバに文句を言ったら「巨人にも同じこと言ってみたら?」って怒らせちゃってその後酒を奢ったんだっけ。

「...こんな下手くそな絵、捨てればいいのに」

確かに書き終わった後ナナバに渡したけれど、あの時怒らせちゃったし、描き始めたばかりの不恰好な絵を捨てずに持っているなんて夢にも思わなかった。今ここにナナバが居たら「リアって大概絵心無かったよね」って笑いかけてくれるのかな。

「...ナナバ、...リーネ...ゲルガー...ヘニング......」

ナナバの笑顔が脳裏に過ぎったと同時に三人の顔が浮かぶ。四人はローゼ内への巨人侵入の報告を受け、壁を新兵と一緒に調査していていた最中身を休めていた古城で巨人に襲われ命を落とした。報告によると夜でも活発に動き回る、常識じゃ考えられない巨人に出会したらしい。

「ミケ...」

そして兵士たちを隔離していた拠点に一人残り、巨人へと立ち向かったらしいミケもきっともう...とみんなの顔が脳裏に浮かんだと同時にクラッと眩暈がした。腕からも力が抜け落ち、支える術を失った頭はそのまま落ちていく。

「リア!」

マーブルに歪んだ木目がスローモーションで迫り、抗うこと無く身を任せていたその時だった。私の名前を叫ぶの声と共に後ろから肩を引かれ、衝突から免れる。

「...ハン..ジ?」
「ニファから聞いて急いで来たけど...なんだよこの隈は...私は滅多にできないんだって自分でよく言ってたじゃないか」

ハンジは肩を掴んだまま私の顔を覗き込んでそう言うと、「立って」と私を立ち上がらせてそのまま外へと連れ出した。そんなハンジに抵抗する力も言葉を返す気力も湧いて来ず、手を引かれるままに着いて行くとハンジの部屋に到着した。先日モブリットと訪れた時から更に散らかっていたけれど全く気にならなくて、ハンジはベッドの上の衣服を纏めて持ち上げ長椅子に移すとそこに私を座らせた。

「...リア、ストヘスの作戦からずっと寝てないだろ」
「...大型巨人と闘った時にみんなと寝た」
「ああそうだね...私もキミと一緒に気絶したよ」

そう言うとハンジは身を屈めて私からジャケットを脱がせると、身体に纏ったベルトも胸から順に外していく。「...まだ部屋の整理が終わってない」と言うと、「私の一連の行動に抵抗出来てない自分を見なよ。体が追いついてない証拠だ」とジッと私を見つめながら言った。

「リア、キミがこんな調子じゃ他の兵士に示しがつかないことくらい分かるだろう。休むべき時は休む、私が無茶した時にキミがよく言っている言葉だ」
「...そうだね」

今日初めて認識できたその表情は怒っているように見え、その顔と図星を指されたことで頷くことしかできない中、ハンジはしゃがんで私のブーツへと手を伸ばす。

「...悲しい気持ちだってもちろん理解できるよ。ナナバとは訓練兵の時からの付き合いで、ミケもナナバもリーネもゲルガーもヘニングもキミと同じ隊でずっと闘って来た」
「......」

そう、ずっと一緒だった。第一実働分隊に属してからずっと一緒に、共に数々の死線を潜り抜けて来た。...だから私は勝手に思い込んでいたのだろう。仲間の死を俯瞰するようになった、涙だって出なくなった、そう思いながら日々を過ごしていた。でもそれはみんなの存在あってこそだった。

「...私って馬鹿だな」
「リア...?」
「勘違いしてた...みんなは死なないって思い込んでた」

そう、勝手に彼女、彼らは死なないと思っていた。もう十年近く一緒に兵士をやってきたから、共に仲間の死を見送る側だと勘違いしていた。でも現実は違う。誰も彼もがいつ居なくなってもおかしくない環境で生きていて、それは私だって一緒だ。とんだ思い違いを繰り返した挙句、こうやってみんなの死を受け入れられない自分が馬鹿でそして情けない。

「...馬鹿なんかじゃないよ」

カチャ...ハンジは私の太腿のベルトを外しながら静かに言った。

「私たちは人類の自由の為に心臓を捧げている身だけれど、仲間の希望や想いだって常に抱いている。それは心臓の数、いやきっとそれ以上に存在していて私たちは常に仲間に託し、託されながら心臓を捧げている。...リアが共にありたいという想いを仲間に託すのも当然のことだよ」

シュルッと太腿のベルトがベッドのシーツに摩擦して引き抜かれる。立ち上がったハンジはそれを長椅子に置くと、私の横に腰掛けた。仲間に託し、託される希望や想い...多くの仲間を亡くした私に遺ったのは砕かれた想いと、そして託されたみんなの希望。

「...けれど託され続けるのも辛いね。毎度報いる結果が出せるとは限らないから」

とてもじゃないけれど今の私には受け入れ難い、そう思っているとそれを見透かしたかのようにハンジは言った。その言葉に自然と俯いていた顔を上げると眼鏡を額に上げたハンジと目が合う。その目がゆっくりと視界の先で細められて、次に気付いた時にはハンジに体を抱かれていた。

「だからリア、今は考えるのをやめにしない?みんなに向き合って悼み想うのは休んでからでも遅くない。それにこんな隈を作ったキミを見たらみんな私以上に小言を言うと思うよ」

身体を優しく包む温もりと、ゆっくりと背中を撫でる手つき、そしてハンジの言葉にじわじわと胸の真ん中が熱くなり、その熱が全身へと拡がると同時に鼻の奥がツンっと痛む。

「っぅ......うっ...うぅ...っ」

気付いた時には大量の涙が溢れ落ちていて、私はハンジの背中にしがみついて肩口に顔を抑えていた。閉じた瞼の向こうがずっとじくじくと熱くて、ジャケットに大きな染みを作っているだろうにハンジは私を退かすことはしなかった。何も言わずに繰り返し背中を撫でてくれるその手つきに更に涙が溢れてくる。

「っ.....ぅっ....ねっ....ねぇっ.....」
「どうしたの」

全身へと拡がった熱に身体が解け、安心感がもたらされる。そんな最中に涙と共に湧き上がったハンジへの気持ちが言葉として実り、そして嗚咽と共に落ちるように口から溢れ始める。

「...っ......はっ...はん...じ...」
「うん、」
「ぅっ....はっ...はんじは......」
「私は...?」
「...っ......わっ...わたし......が、おきるまでっに...シャワーする...こと...っ...」
「......え?」
「...かみっ...さっきちょっとあたったときっ...べたべたしてたっ....」

私のその言葉に「...えぇっ!?」と驚いた声を上げたハンジは続けて「なんでリアとストヘス区の下見をした時から洗ってないのがバレちゃったの!?」と言った。そんな、普段と変わらない調子と様子のハンジに涙が急激に引っ込んでいくのが分かって、その代わりに顔につい笑みが浮かんでしまう。それを悟られまいと私は「...さいてい」と言いながらハンジから即座に離れると、そのままベッドに横になり布団を頭まで被った。

「...ねえ、腰のベルトまだ外せてないけど苦しくないの?」
「......」

暫くの沈黙の後、布団越しからそう声を掛けられ、カチャカチャと外したベルトを掴んだ手だけを布団から出すと「長椅子に掛けとくね」とベルトが持っていかれる。

「...じゃあ頃合いになったら起こすからしっかり休むんだよリア」
「......シャワー」
「ああ...勿論優先したいことは山ほどあるけど勿論忘れてないよ、勿論リアが眠ったら入るつもりだよ。もちろんさもちろん、もちろんもちろん...」
「......」

そんな怪しいハンジの受け答えに敢えて言葉を返さずに、私はゆっくりと瞳を閉じる。徐々に落ちていく意識は眩暈で突っ伏しそうになった時とは違い穏やかで、それは紛れもないハンジという仲間が側に居てくれているお陰だ。

(...ハンジ)

ゆっくりと意識が深い所へと沈んでいく、そんな微睡の中で私はさっき誤魔化した言葉をゆっくりと紡ぐ。

(......ハンジは、私より先に死なないでね)

つい彼女に告げてしまいそうになったこの世界で一番無責任で、そして自分勝手な我儘を独りごつ。明日私のこの命が尽きても良いように、ハンジに託された希望の一翼にならないように、私は実った言葉を自分自身で呑み込むと無意識下へと身を委ねた。