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BAD FEELING


巨大樹の森、かつてウォールマリアの観光名所としてそれは栄えていたそこはマリアの壁よりも高い木々が生い茂る場所だ。そんな強かな樹木の幹と枝に身体を預けてもうどれくらい経っただろうか。奥から響く爆発音を耳で拾いながら視線を下にやると、うじゃうじゃと蟻のように群がる巨人が私たちを喰らおうと手を伸ばしたり、遂には木登りの真似事まで始めている。

「さっきから奥がうるせぇな...なあリア班長?いつまで私たちはこうしてりゃあいいんですかねぇ?」
「多分もうすぐ撤退命令が出るからそれまで大人しく...そうね、食事の期待でもしていなさい。壁外調査終わりの食事は割と豪華だから」
「フンッ、肉が出るわけでもあるまいし」

一つ隣の樹木に立っている新兵ユミルは鼻を鳴らしてそう言うと、「なあベルトルさん、クリスタがどの辺に行ったか知らない?」と同じく新兵であるベルトルトに話しかけていた。私はその姿を軽く追いながら視線を四方八方へと泳がせ、そして爆発音へと耳を澄ました。まるで大砲のような音を上げて火を吹き続けているのは、ハンジが開発した捕獲装置だ。対巨人用に編み出されたその装置が今巨人捕獲の為でなく、巨人の“中身”を抉り出す為に放たれ続けている。

(まさか本当に団長の読み通り姿を表すなんてね)

団長の読み、それは今回の壁外調査の主目的として掲げられている拠点作りの裏に隠された壁外調査の目的のことだった。その目的は巨人化能力を持った人間の捕獲である。
エルヴィン団長は五年前、マリア襲来の日に壁外から何者かがこの壁内に侵入したと考えている。その根拠はトロスト区の襲撃が私たちが壁外調査に出払ったタイミングで行われたことだ。わざわざ壁外調査の最中を狙う作戦的行動とそして、今回同様シガンシナ区襲来も壁外調査に合わせて襲撃すれば効率が良かっただろうにそうはしなかったということは、当時は壁内の事情を知らなかったと推測できる。
加えてその何者かは巨人化の能力を持っていると考えられ、それはエレンを通じて巨人化する人間が居るという事実が明らかになった点と、まるで巨人について調べられたらまずいと言わんばかりにソニーとビーンが殺害されたことからそう推測することができる。見張りが常駐していて、更に急所である頸付近は拘束具が嵌められているソニーとビーンの殺害は容易じゃ無い。それほどのリスクを冒してまで殺害を実行したということは実行者は巨人化の能力を持っている、それか複数居ると想定される仲間の誰かがその能力を持っている可能性が高いとエルヴィン団長は語っていた。

(今のところ怪しい動きはないっと...)

敵は立体機動を扱えることから兵士で間違いないと、作戦を告げられたのはマリア襲来前である五年前から生き残っている調査兵団の兵士のみだ。特に私の属する第一実動分隊は実動とつくだけあ巨人との戦闘が多く、新兵以外の兵士は五年前からの生き残りが多い。そんな私たちの役割は、初の壁外調査となる新兵たちの先導と保護、そして誘導及び監視だ。誘導はこの巨大樹の森への誘導のことで、森の外を囲むように木の上に兵士を一人一人配置することで巨人をここに留まらせ、奥へと行かせないように仕向けている。加えて今森の奥で捕獲の真っ最中である巨人の他に、怪しい動きをしている兵士がいないかの監視も任された。

(...まさか壁外からやって来た巨人が人の形をして紛れてるなんて)

今思い返しても信じがたい話だけれど、ずっとひっきりなしに響く爆発音は団長の仮説を力強く証明して見せている。ソニーとビーンの殺害から見るに敵は同じ巨人化能力を持ったエレンを狙っていると確信し、エレンを囮にして立体起動が有利に働くこの森の中で捕獲作戦は実行された。未だに信煙弾が上がらないのを見るに作戦は順調に進んでいるのだろう。
いつだってエルヴィン団長は私たちが考え及ばないことを形にして結果を出して来たけれど、今回も彼が見据えた先に掛けられた罠に相手はまんまと引っかかっている。油断は禁物なのは重々承知してる、だけど彼の立案した作戦なのだから上手くいくはずだと期待を抱いていた。そう、必要以上に勝手な期待を抱いてしまっていたのだ。まさか数時間後にその希望が打ち砕かれるなんて、リヴァイ班に抜擢された四人の遺体を目の前に砕け落ちるとは想像もしていなかった。


壁外調査終わりの兵舎は忙しない。亡くなった兵士の遺品整理に加えて、空いたベッドの分部屋を詰める必要があり、移動が決まった兵士が兵舎内を忙しなく動き回るからだ。

「おっと...あっすみません!」
「....大荷物だね、よかったら手伝おうか?」
「良いんですか!?じゃあお言葉に甘えます!」

そんな兵士の一人が目の前が見えんばかりの荷物を抱えていたから半分請け負うと、大きなブラウンの瞳が印象的な顔が見えた。見慣れない顔だ。

「あなたも新兵?」
「はい!新兵のサシャ・ブラウスです!」
「そっか。うちの班じゃない子はまだ覚えきれてなくって...ごめんね」
「いえいえ!」
「因みに私は第一実動分隊で班長をやっているリア・ツァイト。新兵だとユミルとライナーとベルトルトがうちの班にいるよ」
「そうだったんですね!じゃあこれからもよろしくお願いしますリア班長!」

そんな会話をしているうちに彼女の移動先の部屋に着き、「ありがとうございます!」とハキハキとしたお礼と共に頭を下げる彼女に軽く手を振ると来た道を戻る。

(これからもよろしく...か)

新兵のサシャの言葉を思い出しながら脳裏を過ったのは数々の亡くなった兵士たちの姿だった。今回も多くの兵士が亡くなった。それにリヴァイ班に抜擢されて暫く会えず終いだったオルオ、ペトラ、エルド、グンタ、みんなとの顔を合わせての再会は叶わず、麻の布で包まれた遺体が荷馬車に積まれるのをただ見つめることしかできなかった。分かっている。ここに属する兵士が直面する現実を私は生者側として繰り返し経験してきたから、仲間の遺体だってある日を境に俯瞰して見えるようになり、涙だって出なくなった。けれど彼、彼女らが生きていた跡が続々と整理されて行くこの瞬間は共に過ごした思い出が蘇り、己の無力さと喪失感から居た堪れなさを感じずには居られない。

「あっリア」

そんな想いに背を押されながら自室へと向かうと、同室のナナバが部屋の向かいの壁に腕を組んでもたれ掛かっていた。「部屋に入らないの?」とその姿に訊ねると「あんたにお客さんが来てるからさ」と短く言って扉へと指を指す。その言葉に「お客さん?」と首を傾げながら扉を開けると、「あっ...!」と丸テーブルと共に部屋の中央に置かれた椅子からそのお客さんが即座に立ち上がった。

「おはようございますリアさん!昨日は壁外調査お疲れ様です!」
「あなたは確か...ディディ?」
「わぁ...!覚えて頂けていたなんて恐縮です...!駐屯兵団所属、トロスト区西側第三部隊のディディ・ダイトです!」

ディディは足早に近づいてきてそう言いながら私の両手を持ち上げると、ギュッと強く握った。そして続け様に「さっきナナバさんから伺ったんですが班長さんだったなんて...!お忙しいだろうにこうやってお会いできて恐縮です!」と勢いのあるその姿に少し押され気味になっていると、後ろでパタンと扉が閉じる音がした。ナナバが閉めてくれたのだろう。

「えっと...ディディ、とりあえず掛けて話さない?」
「あっですね!ごめんなさい、お会いできるのが嬉しくて興奮しちゃった...」

エヘヘと笑いながらディディは手を離すと、テーブルの前でピシッと背筋を整えて直立不動の姿になった。私が座るまで待っているのだろう姿に、ささっと座って「掛けてくれていいよ」と言うと、「失礼します!」と腰を下ろす。

「今日は突然押しかけてすみません。仕事復帰後初めての休暇だったのでどうしても早くお会いしてお礼を言いたくて...!」
「律儀にありがとうね。脚もちゃんと癒えたようでなにより」
「リアさんに命を助けて頂いたからこそですよ。本当にありがとうございます!」

そう言うとディディは「あの日羽織って下さったマントと細やかですがお礼です!」すっかり綺麗になったマントとワインを床に置いていた紙袋から取り出した。「調査兵団の方は特にお酒をよく飲まれると伺ったのでよければ召し上がって下さい」とマントと共に差し出されたそれらを「ありがとう。今度の休みに頂くね」と受け取ると、ディディは嬉しそうに目を輝かせて笑顔を浮かべる。その屈託の無い笑みも、そして彼女からの施しも今の気分では少し受け入れ難く、なるべく自然に視線を逸らしながらもらったワインとマントをテーブルへと丁重に置いた。

「あの、リアさん...!」

しかし、そんなマントを置いたばかりの私の手の甲へと突然ディディの手が重なってきて、私は彼女に目を向けざるを得なかった。ディディはそのまま私の手を掴んで持ち上げると両手で強く握り、そして真っ直ぐに私を見つめた。

「私本当に心の底からリアさんに感謝してて...私リアさんの為ならなんでもします!調査兵団は人員不足だとよく聞くのでリアさんが望むなら入団だってします!あと......リアさんの為なら命だって...」
「ディディ、」

頬を赤く染め、蕩けるように目を細めながら発される言葉に覆い被さるように彼女の名を呼んだのは、続きを言わせない為だった。当の本人は全くそれに気付いてないのか、瞳を大きく瞬かせながら「はい!なんでしょうかリアさん?」と笑みを作り、手を握る力も一切緩めようとしない。

「....ちょっと喉が乾いてね。ディディの分もお茶を淹れてくるから待っててもらえる?」

その言葉と同時に椅子から立ち上がると「えっいいんですか...!お気遣いありがとうございます!」という返事と共に自然とディディの手が離れ、それに内心ホッとすると彼女から背を向けて扉へと向かう。

「失礼します!」

そしてちょうど手をドアノブへと伸ばそうとしたその時、張りのある声と共に突如ドアが開いて、そこにはモブリットが立っていた。比較的常識的な彼がノックも無しに入ってくるなんて相当な緊急事態なのだろうと即座に理解した私は「リアさん、ハンジ分隊長がお呼びです!」と続けられた言葉にすぐに「分かった」と頷く。

「研究室?」
「いえ、お部屋にいらっしゃいます。俺も一緒に行きます」
「了解」

モブリットの言葉に相槌を打ち、自室の扉を後ろ手に閉めようとした時、部屋の中のディディの存在を思い出す。きっと状況を読み込めずポカンとしているだろうと思って振り返ると、想像通りの表情で私たちを交互に眺めている。

「...申し訳ないけどお茶はまた今度。此処だとこういうのが日常茶飯事だから」
「いっいえ...!今日はお礼を言えただけでも十分満足してるので!」
「ならよかった」

ニコリと笑顔を作ってディディへと送ると、彼女も首を微かに傾けながら私へと微笑む。

「じゃあねディディ。...駐屯兵としてこれからも自分の役割と役目を全うしてね」

そんな純粋で、そして素直なその顔に私はそう言い残すと、ディディの表情を確認することなくパタンと扉を閉じる。そしてハァ、と閉じたと同時に溢れそうになった溜息はモブリットを目の前にぐっと呑み込むと、「じゃあ行こうか」とモブリットへと声を掛け、共にハンジの部屋へと向かった。


「リア、早速だけど今から私と一緒にストへス区に向かうよ」
「これはまた藪から棒に...」

乱雑とした部屋へモブリットと入るや否や机に向かった背中姿のハンジからそう言われる。そんな唐突すぎる言葉に素直な感想を漏らすと「すみませんリアさん。ですが本当に今さっき決まったことなので」とモブリットが断りを入れながら、「これ」とハンジから筒状に丸められた厚紙を受け取るとこちらに向かって広げて見せた。

「今見せてるのはストヘス区の地図で、赤く囲んでる所は作戦決行予定箇所になる。今から実際に足を運んで作戦場所の確認をしに行く」
「作戦って......もしかして、」

ストヘス区で一体何の作戦を実行するのかの説明はまだ無いけれど、そのワードと今朝ミケから伝えられた言葉が符号して、モブリットの方を見ると彼はコクンと頷いた。

「...ミケからエレンの引き渡しとエルヴィン団長、そしてリヴァイ兵長の王都招集が決まったと聞いたけど...つまりその時に通過するストヘス区でその作戦とやらを実行する気なのね」
「察しが良くて助かるよ。どうやら雌型の巨人だと疑わしい人物がエレンと同じ104期生にいるらしくて、今はストヘス区で憲兵として勤務している。名はアニ・レオンハート、彼女を何としてもストヘスで捕獲する。出来なければエルヴィンもリヴァイも今回の壁外調査の責任を負わされて...私たちも今まで通りの活動はできなくなるだろう」

ハンジはゆっくりと立ち上がると、背もたれに掛けたコートを羽織りながらこちらへと振り返る。鋭く、真剣なその眼差しは額まで上げられたゴーグル型の眼鏡が下ろされたことで隠されると、次にはアーモンド型にアーチを描くいつもの瞳に戻っていた。

「...まあそう言うことだからリアの力を借りたいと思ってね。リアは地形戦が得意だし、把握と読みも的確だ。失敗が許されない責任重大な作戦だからこそ、熟練のキミの意見を聞きながら作戦を詰めていきたい」
「もちろん協力は惜しまないわ。...それにまだエレンと一言も話せてないからこのまま持っていかれるのは癪だし」
「そっか、リアはまだエレンと話せてなかったんだっけ。巨人化する人間と話す機会なんてそうないからリアだって興奮するよね...!」

私の言葉にエレンを思い出したのか、楽しそうに身を乗り出したハンジは好奇心旺盛な普段の彼女そのものだった。その姿に「いや、興奮はしない」と努めて冷静に返すと、横で聞いていたモブリットが「アハハ...分隊長、俺は早馬の手配がちゃんと済んでるか確認してきますね」と言って私に地図を渡しながら軽く会釈すると部屋を出て行った。

「じゃあ私も準備してくるね。出発はいつ?」
「裏口に馬を手配してもらってるから裏口に10分後に集合で。...あ、服は今の私みたいな感じで私服で来てね」
「着替え込みで10分ってあんた...随分と急かしてくれるじゃない」
「私はもう準備万端だから先に行って待っているよ!」
「......」

そして10分後、なんとか準備を終えて裏口に行った私は、馬を手配してくれていたニファとモブリットに見送られながらハンジと共にストヘス区へ向けて出発した。太陽の位置的に遅くても夕方には着くだろうと大凡の目星をつけ、時々休憩を挟みながら馬を走らせること数時間、空に茜色が滲む前に無事ストヘス区へと到着した。

「はい。これさっき門番の憲兵から貰った地図。モブリットが渡してたのは兵士用に簡略化したものだから街を見回る時はこっちを確認して」

馬を預け終えて人気のない路地裏に入ると、ハンジからストヘス区の地図を受け取った。中身を確認すると確かに絵が幾分立体的だし、一つ一つの店名や取り扱い商品などの書き込みが多く、一般向けの地図になっている。

「略図の方を開いて街の憲兵に絡まれたら折角私服で来た意味が無くなっちゃうからね。変に嗅ぎつけられたら面倒だ」
「確かに...でも私服でもあっさりと通してくれてくれて驚いたわ。少なくとも制服を着て身分を証明しないと中に入れないと思ってたから」
「入口で見張りをしてる憲兵たちの上司が同じ地区で訓令兵をしてた同期でね、...同期の名前と私の名前を言ったらすぐに入れてくれたよ」

「なるほどね」とハンジへと頷くとそれと同時に「後さ、」と続けられ、「...リアのお見合いを頼んできたのがその同期だったんだ」とハンジは言った。

「へぇ...」
「見合いが終わった後礼の手紙も来たし、向こうが勝手な気を利かせてくれているようなんだ」
「結局破談にしちゃったのに...随分と優しい同期なんだね」
「...それに関しては貴族側もあまり気にしてなかったみたいだよ」
「そうだったんだ」

そりゃエリーザなんて名前を間違えるわ母親の形見だなんて下らない嘘をつくわで、鼻っから本気で相手する気なんてなかったことは理解していた。きっと無縁の世界に居る女を、自由の為に心臓を捧げると公に謳っている、側から見たら正気じゃない調査兵団に属する女が一体どんなものなのか試したくなったのだろう。けれど、軽率に胸を触られたのは何度考え直しても腹が立つし、そういえば結局ブローチを売っ払ってハンジと肉を食べに行く話もトロスト区襲来で延期になったままだ。

「...ごめんね」

こんなんなら手をドレスに突っ込んできた時点で手刀して手首の骨の一本でも折っておけばよかった、なんて非現実的なことを考えているとハンジが突然、何の脈絡もなく一言そう口にした。

「ごめんねって...急にどうしたの?」
「いや...よくよく考えると、同期の憲兵はリアを紹介することでその貴族と面識を持つのが目的だったんだろうなって。それが上手く行ったから礼の手紙なんか寄越して、そしてこうやって“気遣い”までしてくれている」
「......」
「いくら私にその気がなかったとは言えリアを同期の野心に利用させて、そして他でもない私自身もキミを利用する形になってしまった。...本当にすまない」

唐突の謝罪の後にハンジは顔に憂色を滲ませながらそう話を続け、最後に頭を下げた。その姿に「ハンジ...」と反射的に彼女の名前を口にした後、暫しの沈黙が私たちの間に落ちた。

「...でも、ハンジの役に立っているなら私はそこまで悪い気はしないよ」
「え...?」

ほんの数秒が数十分にも思えた沈黙の後に口から紡がれた言葉。その言葉にパッと顔を上げたハンジと目が合い、眉を上げて目をパチパチと瞬きさせるその姿に「あっ、えっと...」と覚束無い言葉が漏れてしまったから、コホンと一つ咳払いをしてゆっくりと再び口を開いた。

「...その...あんたの、第四分隊を仕切ってる分隊長の為になるってことは調査兵団の利益になり得るって私は言いたかっただけで...今回こうやってスムーズにトロスト区に入って覆面で調査ができるのだって、後日作戦を実行する仲間の為になってるでしょ。だからハンジは何も悪くないよ。あんたが見返り欲しさで動くような人間じゃないことは私が理解してるし」
「でも」
「ハンジ、」

彼女の名を呼んだと同時に自然と伸びた手がハンジの手に触れる。その珍しく湿った手を握ると、触れた手の平を通じて温い熱と無数の豆の感触が伝わってくる。

「私だってひと月分の給料がふっ飛ぶくらいのご馳走を楽しめて、おまけに高価なお土産までもらったから悪い気はしなかったし、むしろ贅沢させてもらって万々歳よ。形見だなんて嘘をつかれたのと後、ぶっちゃけると顔が全然好みじゃなかったからお断りさせてもらったんだけど。...まあ、長々と話したけど結論、私は全然気にしてないから」

全然気にしてないなんて、そんな筈はない。ついさっき貴族に対する怒りだって蘇ったばかりだ。でもその感情の方が嘘だったように思えてしまうのは、今のハンジを目の前に全てが許せてしまうような気がするのは何故なのだろうか。

「リア、」
「よしっ、じゃあそろそろ行こっか。日が暮れる前に回っとかないとね」

私はハンジの返事を待つことなくそう言うと、ハンジの手を離して歩き出す。するとハンジは「...そうだね」と短く頷くと、私の横へと並んだ。

「あっ、折角だしリアが前に言っていたぶるーちーず?だっけ?例の黴が生え散らかしたチーズ買っちゃおうか!」
「その全然唆られない言い方やめて」
「今日は私が奢るか...あれ.......財布忘れちゃった」
「...ハンジのバカ」