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BAD VIEW


ズシンと、頸を切り落とした巨人の体が地へと崩れる。途端に蒸気へと姿を変えて消えゆく身体を踏み締めて地面に降りると、目の前で震える兵士へと近づいて行く。私を見つめる瞳は未だに恐怖に塗り固められていて、地に尻をついてガクガクと震えながら「こっこないで...やめて...!」と手にしたブレードを振り回していて、それは威嚇行為と呼ぶにしてはあまりにも悲痛だ。

「....!?」
「落ち着いて、私は巨人じゃないから。とりあえず大きく息を吸って.........そう、そしてそのままゆっくり吐いて」

そのブレードを避け、屈んで彼女の手を掴み解くとブレードがカシャンと地に落ちる。そしてその手を引いて身体を抱きしめると、落ち着きを取り戻させるために深呼吸を促す。人の温もり、それを肌で感じることでやっと私が人間だと分かったらしい彼女は、言う通りに息を吸って大きく吐く。

「もう一回、吸って......吐く....うん、できたね。じゃあ自分の所属と名前は言える?」
「ちゅ...ちゅうとんへいだん...しょぞく...と...とろすと区....ににしがわ...だいさんぶ...でぃでぃ...だいと...」
「ディディね。足を怪我してるから今から屋根の上に運ぶね。肩を貸すから立ち上がって....私の身体に捕まって...そう、じゃあ行くよ」

私の身体をしっかりと掴む彼女、ディディを確認してからワイヤーを家屋の壁へと刺しガスを噴射すると、一気に宙を飛んで屋根の上へと着地した。そして密接した屋根と隣の家屋の壁へともたれ掛からせるように彼女を座らせる。

「脚に刺さってる木の破片だけど、下手に抜いたら血が溢れるし、中に破片が残りかねないからこのままで置いておいて。ここ一辺の巨人を倒したら他の負傷者と一緒に医療施設まで運ぶから。もし巨人が来たらこれ...煙弾を渡すからこれを撃ってすぐに知らせて。中は装填してるから撃つだけで大丈夫」

ゆっくりとディディの目を見つめながら説明して信煙弾を持たせると、彼女はコクリと首を振り、その姿を確認して立ち上がり踵を返した、その時だった。後ろからマントが引っ張られるような感覚がして、振り返るとディディが私のマントを掴んでいる。

「私の...目の前で...仲間が食わっ.......屋根の上から....巨人のうなじを...狙うって....そしっ..そしたら...やねごと....っ...わたし....ぶれーどを...とりだすだけしかっ....だいじともだちっ....がっ.....たべられたのっ...っぅ......」

その先の彼女は堰を切ったように涙を流しながら私に訴えた。奪われた日常を嘆き怒るよりも、自分の無力さと罪悪感に押し潰されそうなその姿は幾度なく見てきた姿であり、そしてこの身に染み付いた自分の写鏡でもあった。私は再びしゃがんで彼女に向き合うと「ディディ、」と呼びかけながら、涙を拭うこともせずただぶら下がる両手をそっと取った。

「逃げずにブレードを手にして立ち向かおうとした貴女は立派な兵士よ。...ディディ・ダイト、貴女の勇気に敬意を」

その手を固く握りながら言うと、ディディは黒目がちな目を大きく見開き、そして嗚咽を上げながら涙を流した。そんな彼女に自身のマントを掛けると、「巨人が来たら信煙弾を撃つのを忘れずにね」と再度念を押して私は隣の家屋へと飛び乗った。

「....ほんと、最悪な気分」

一つ息を吐いて溢した言葉はあちらこちらで地へと沈む巨人の音に掻き消される。五年前のあの日が、網膜の裏まで焦がすほどの焼印を押された、かの日の光景が今目の前で再演されている。しかし、これは演劇でなく現実でそしてあの時とは少し様子が違っていた。

(...考えるのは後、今は巨人の殲滅に集中しなきゃ)

近場に上がった信煙弾の赤を視界の端で確認した私は、自然と見つめていたトロスト区の門...大岩で塞がれた門から目を逸らすと吐いた息を取り戻すかの如く大きく息を吸い、煙の上がる方向へとワイヤーとガスを発射させて駆けていった。


朝日の橙色が空に滲み出し雀が朝の便りを運ぶ頃、私たち各隊の副隊長と班長は兵団内の議場に居た。中断を余儀なくされた壁外調査と、トロスト区に侵入した巨人の掃討作業で疲弊を極めた身体だったけれど、本部に戻ると班長以上の兵士が呼ばれ、更にその中でも隊長以上の兵士が団長室へと呼ばれていった。その間、議場での待機を命令された私たちは、とりあえず今回の中断された壁外調査と、トロスト区での巨人掃討の件の報告書でも作成しておくかとせっせとペンを走らせたけれど、途中で大半が気絶するように眠ってしまった。今にも吹っ飛んでいきそうな意識と、現の間を何度も結び直しながら起きていたのは、朝まで生巨人激論!と言う名のハンジの独壇場で鍛えられた私とモブリットくらいだった。

「あぁー....んー....えーっと....つまり、今の話を要約すると......巨人を惨殺する同族殺しの巨人が突如現れて、その巨人は人類を喰おうとは一切せず、他の巨人を攻撃し回った末に、大岩でトロスト区の穴を塞いで見せた、と」
「うん!!」
「...それで、その巨人の正体は人間で、頸からひょっこりと出てきたと」
「うんうん!!!!」
「......まさかハンジに物書きの才能まであると思わなかったわ。ねえモブリット?」
「分隊長ぉ......生き急ぎすぎです....」
「ほら見なさいよ、モブリットが突っ込み間違うくらい混乱しちゃってるじゃない」

そんな私たちの元へといち早く、そして疲労感を一切見せないどころか、顔を輝かせてバンッ!と駆け込んできたハンジの話を一先ず聞いたけれど、その話は眠気故に夢現な状態で聞いてるにしても荒唐無稽だった。

「では私から説明しよう」

低いのに凛と響く声は我らが調査兵団団長、エルヴィンの御声で、いつの間にか議場の入り口に立っていた。私たちは即座に立ち上がって団長に敬礼を送ると、さっきまで寝静まっていた兵士も皆起き上がって団長へと敬礼を捧げた。それを一瞥しながら議場に入る団長の後ろにはリヴァイ兵長を初めとしたミケや他の隊の隊長が居て、続々と議場へと入ると団長が座った後一拍置いて座席へと、私たちと同じタイミングで腰を下ろす。

「説明と言ってもハンジが言った通りだが、聞けていない者や半信半疑の者の為に簡単に今の状況を説明する。皆疲れているだろうから此処では要点のみを簡潔に伝える事にして、残りの詳しい話は仮眠を挟んだ後各隊の隊長から聞くように」

団長の言葉に皆「了解です」と首を縦に振り、それを見て僅かに頷いて見せた団長は話を切り出した。と言っても、内容は本当にハンジが語ってくれた内容のままだった。
昨日未明、ウォールローゼ最南端トロスト区に超大型巨人顕現し、トロスト区の門が破壊された。幸い後方部隊の円滑な誘導の甲斐があり、住民たちの避難は恙無く完了したが、マリアから流れ込んだ大量の巨人がトロスト区の兵士たちを蹂躙し、人類は大敗の危機に瀕した。しかし、そんな中何と人類に味方する巨人が現れ、その巨人は大量の巨人を殺し回った後、ピクシス司令の命令の元で大岩を持ち上げトロスト区の門を塞いで見せた。加えてその巨人の正体は紛れもない人間で巨人に変身する能力を持っているそうだ。

「...それで、その人間が誰なのかはまだ規制が敷かれてると」
「そういうことなんだよ〜。でもいち早く現場に到着したリヴァイの見た人間で正しければ今期入団の104期の男の新兵の可能性が濃厚なんだって」

団長の話を聞き終えた後、事の詳細が気になって仮眠どころじゃ無くなった私はハンジの部屋に訪れていた。本来はうちの隊長であるミケから話を聞くはずだったけれど、ミケもナナバもかなり疲れた様子だったから二人には先に仮眠を取ってもらうことにして、昨日から一睡もしてないとは思えないほどの生気に満ち溢れたハンジを尋ねたのだ。

「そうなんですね...って、それを俺たちに言っても大丈夫なんですか?」

幸い先日掃除を手伝ったばかりの部屋は比較的整っており、私と同じく仮眠どころじゃなくなったらしいモブリットが食堂から持ってきてくれた朝食と、私が淹れた紅茶を丸テーブルで囲みながらハンジの話に耳を傾けた。

「一応班長以上には伝えても良いと言っていたから大丈夫だよ。どうせその内公に発表されるだろうからね。今エルヴィンが憲兵団に交渉してるから早ければ明日にも彼の身元まで分かるとだろうからその時また報告するよ」
「そっか...」
「なるほど...」

憲兵団に引き渡された彼に会う為にエルヴィン団長が直々に交渉に赴いているということは、団長は何としても彼を調査兵団に引き入れたいのだろう。もし実用可能となれば大きな戦力になるのは間違いないし、巨人という生態の謎にも一気に近づくことが出来るかもしれない。そうなれば今まで涙を呑んで払って来た犠牲が報われる可能性だって大いにある。けれど、果たして憲兵がそう簡単にエレンの身柄を引き渡してくれるだろうか。王への絶対的忠誠と人類の恒久的平和という、聞こえだけは大層な大義を掲げた彼らが果たしてイレギュラーな彼の存在をただでさえ折り合いの悪い調査兵団に託すだろうか。いやそれどころか認めるかすらも怪しい。...となると答えは一つしかない。

「憲兵がこのまま彼を預かるとなると最悪処分...」

されるんじゃ、と続けようとしたその瞬間「それはダメだ!」とハンジが勢いよく立ち上がった。ガタンっと椅子が倒れた音よりも大きな声に驚きながらハンジを見上げると、興奮と愉悦に染まり切った顔をしている。あっ、やってしまったかも。

「処分なんてもっての外だよ!ちゃんと構造を隅々まで調べ尽くさないと私の気が済まない!もちろん元が人間だから非人道的なマネはしないよ?きちんと合意の元で実験を進めて行くつもりだよ?」
「そっそっかそっか、じゃああんたのその熱い想いを認めて憲兵の方々に送ってみたら?寛大なる御心で善処してくれるかもよ」
「でも許されるなら、許されるなら...ちょっと中を暴かせて欲しいなとは思ってて....!でも頸から出てくるってことはその時内部を見れるってことだよね!しかも急所の頸の中を....!?やっべぇ...!滾ってきたァ....!よしじゃあ今から新兵くんに実験できるのを前提として今までの巨人実験を振り返ってみよう!今回手に入れた非検体二体の実験も今日の午後からでも始めなきゃだからね!まず最初の非検体A、私はこの非検体の名はある逸話から取ってこう命名した!それは〜〜〜」

そう思った時には時すでに遅く、徹夜明けの妙にハイなテンションも相まってか尻尾を踏まれて暴れ回る馬のように口を回すハンジの勢いは、ここ最近聞いた中でも類を見ないくらいにすごい。そういえば4m級と7m級二体の生捕りも成功したって言ってたしハンジにとって今の状況が興奮要素が多すぎるのだろう。これは一時間...いや、二時間拘束は固いなと確信した私は「モブリット、」と呟くように彼の名前を呼びながら空になった朝食の食器を彼へと渡した。

「これ下げて来てもらえるかな?ついでにうちの隊の兵士がいたら半刻後にミケとナナバが起きるからそれまで待機と伝えておいて。その後は私室に直行、仮眠の任務を与えるからきちんと遂行するように」
「えっでもリアさんは...?」
「私はミケとナナバが起きる頃になんとか抜け出すから...ハンジは午後から実験するつもりらしいし、今休んどかないと響くよ」

未だに倒れた椅子を戻さずに熱弁するハンジの元でコソコソと声を潜めて言うと、モブリットは「リアさん...!」と疲労感あふれる目を大きく開きながら「モブリット・バーナー、任務を遂行して参ります」と頭を下げて部屋を出ていった。

「それでさ〜〜〜...ってあれ?モブリットは?」
「済んだ食器を片付けに行ってくれたみたい。ハンジ、あんたはいい加減立つのはやめてあっちの長椅子に座ったら?テーブルは私が移動させるから。それとお茶、新しいの入れてるから飲んで」
「ありがとうリア、ちょうど喉が渇いてたんだぁ」

そう言ってティーカップを受け取ったハンジは中身を一気に飲み干し長椅子へと腰を下ろした。その間にテーブルを長椅子の前に移動させると私はハンジから距離と取って同じ長椅子へと座り、そして太腿をぽんぽんとハンジに向かって叩いてみせた。

「ん?どうしたの?」
「脚、マッサージしてあげるからここに乗せて」
「えっ、いいの?」
「午後から実験するんでしょ?脚が悲鳴を上げる前に癒してあげなきゃ可哀想でしょ」

再びぽんぽんと太腿を叩くとハンジはティーカップをテーブルに置き「じゃあお言葉に甘えようかな」と、ソファに足を乗せると私の方へと伸ばしたけれど、その足の動きは途中でピタリと止まってしまい、どうしたの?の意味を込めて首を傾げる。

「でもリアだって疲れてるだろ?交代しながらしない?」
「私は後で仮眠前に自分でマッサージするから大丈夫。あんた下手したらこのまま寝ずに実験に向かいそうだから今やっといた方がいいでしょ?」
「うーん、でもなあ......じゃあこうしよう!」

パンと手と手を合わせるとハンジは私の太腿から脚を引き、肘掛けを背もたれに三角座りをした。そして脚を開くとその間をぽんぽんと叩きながら「リアはここに座って」と微笑む。その行動を不思議に思いながらも上履きを脱ぎ、ソファに足を上げて叩かれた場所にハンジから背を向けて座ると、突然肩を掴まれた。するとその手はゆっくりと優しい手つきで動き出す。

「私はリアの肩を揉んでリアは私のふくらはぎから足首をマッサージする、これでどう?」
「どうもなにも...めちゃくちゃ揉みにくいんだけど」

私の身体の両側で膝を立てている脚のふくらはぎを下から掴むように揉みながら言うと、「そう?ちゃんと気持ちいいけどなぁ」とハンジは私の肩を揉み続ける。まあ一応気持ちいいみたいだし、私も誰かから肩揉みをしてもらうなんて久々のことで、ハンジの手つきは素直に気持ちよく、しばらくこの体制のままでいることにした。

「んっ....ハンジ...そこ、もっと...して欲しい...」
「リアのここ...すごいことになってるもんね」
「ハンジだって...ここ、すごい硬い...ゆっくり解すね」
「んっ....!...ってあはは!擽ったいよリア!」
「あっちょっと動かないでよ...!」

しばらく、そのはずだったけれどお互いにすっかりその体勢と距離感に慣れてしまい、そのままの状態でお互いにマッサージを施していく。

「因みに今回の命名式ではあの逸話の人物から名前を借りようと思っていてね。リアも知ってるだろう、旅人を強盗して金品を奪い、その旅人たちを食うことで飢えを凌いだ一族の話だよ」
「うん、...あれよね...ソニーと...あとビーン...?が出てくるやつ....」

そうやって解し合ってる内に体が休息モードに入ってしまったのか、今日行うらしい命名式の話を聞く頃にはすっかり目が半分以上閉じてしまっていた。

「そうそう、まさにそのソニーと後ビーンって名前を彼らに与えようと思っていてね!あっ、これは最重要機密事項だからまだ漏らしちゃダメだよ!」
「りょーかい....」
「ソニーにビーン....!今からあの子たちとお話するのが楽しみだよ〜!」

もう半刻経ったかな...ミケとナナバは起きてるかな...とぼんやりと思いながらハンジのふくらはぎを揉むけれど、その手ははすっかりソファに落ちて宙を揉んでいた。

「〜〜んで、加えて私は...おや?......リア、身体を後ろに倒せる?」
「んん...」
「そうそう、私に体を預けてくれていいからね」

けれどそれに気付かないくらい意識が朦朧とし始めていて、ハンジの声が遠くに聞こえる。今自分がハンジにきちんと返事をしたのかすら分からない中でお腹に回って来た、恐らく腕に身体をそっと引かれると背中全体が暖かくなる。

「...リアの体は暖かいね」
「ん....は...ん..じも...」
「...私たちは生きているからね。疲れてたろうに私の話を聞いてくれてありがとうリア」
「んー...」
「ふわぁ...キミが暖かいから私も眠くなっちゃったよ。少し休ませてもらおうかな...」

じんわりとした温もりが広がると共に、体から急速に力が抜けて意識が遠のく。そんな私の耳が最後に拾ったのは「おやすみ、リア」という優しい声音で、耳が髪のようなものに撫でられた感覚を最後に私は意識を手放した。


翌日、ハンジの言う通りその巨人化するという彼の身元が明らかになった。彼の名はエレン・イェーガー、五年前襲撃を受けたウォールマリアのシガンシナ区出身で、トロスト区の104期訓練兵で成績上位者だったようだ。そして更にその数日後、彼の身元が引き受けに関する特別兵法会議が執り行われ、エルヴィン団長に呼ばれた数名の隊長、ハンジとミケが傍聴の為に会議へと出席して行った。そこで一体どんな魔法を使ったのか、その会議で調査兵団は見事彼の身柄の獲得に成功し、正式にエレン・イェーガーの調査兵団入りが決まったと同時に、彼を監視する特別作戦班がリヴァイ兵長直々の指名の元で結成された。

「それがねぇ〜すごかったんだよリヴァイがもう、憲兵の連中も青ざめるくらいボッコボコにエレンを蹴り倒してさぁ、若干やりすぎ感はあったけどまあお陰でエレンの調査兵団入りが決まったし、私はエレンのサンプルを貰えたんだけどね」

上機嫌にエレンの歯を見せびらかして来たハンジからの話を聞く限り、どうやら使ったのは魔法でなく純粋な物理の力、端的に言うと暴力で、夢も希望もない話だけれど現実なんて精々そんなものである。
そして特別作戦班、通称リヴァイ班にオルオ、ペトラ、エルド、グンタが選ばれたことが正式に発表されたと同時に、彼らはエレンの留置先となった旧調査兵団本部へと活動の場を移した。壁からうんと遠い、五年前のマリアの襲撃を受けてから一切使われなくなったそこは、人目につかない森の中にあって、エレンの実用性に関する調査は今後そこで行うらしい。

「リア班長、来月の壁外調査の件でカラネス区の壁上からマリアを調査した結果資料が届いています」
「一旦略図だけここに置いて、残りは先に第二に回して」
「こっちはマリア破壊以前になりますが、カラネス区からシガンシナ区までの地図と地形の略図です」
「それはこの略図と一緒に置いておいて」
「リアさん、明後日の新兵勧誘式についてお尋ねしたいのですが」
「わかった。今行く」

リヴァイ班と、そしてハンジがエレンの実験的運用を模索している間、私たち他の兵士はトロスト区襲撃によって延期された新兵勧誘式及び新兵入舎と、ひと月後の壁外調査の準備に追われていた。

「トロスト区のこともあったし流石に今回の壁外調査は流れると思ってたわ...しかも新兵も全員連れて行くんだって?」
「エレンの有用性を証明する為の壁外調査だろうけど...ほんと、カラネス区からの出発なんて初の試みだし、新兵を全員引き連れる必要はないと思うんだけどな...ひと月じゃ陣形を叩き込むだけで精一杯だろうし」
「成果を挙げられなきゃエレンも団長もただじゃ済まないだろうね。私も新兵がいたところで足を引っ張るだけだと思うんだけどなぁ...」

班長以上の兵士は交代で徹夜での作業を熟す中、本日同じ徹夜組の一人であるマレーネと作業場で資料を共有しながら、今回の壁外調査への疑問を若干の愚痴を交えながら話し合う。「後で詳しい説明が団長からあればいいんだけどね」と続けるマレーネにうんうんと頷いていると、突然「たっ大変です!」と一人の兵士が血相を変えて飛び込んできた。

「非検体がぁ...!生捕りにした巨人二体が殺されましたッ....!」

「何があったの?」と訊ねる前に焦りで震えながら発された言葉にマレーネと目を見合わせる。次に、目の前の兵士がこれ以上取り乱さないように「で、犯人は?」と落ち着いたトーンを意識して聞いてみると、「きっ気付いた時にはッ...立体起動で遠くに...!クッ...」と顔を俯かせた。

「とりあえず私はモブリットにハンジに報告して来るよう言ってくる。確か研究室にいたはずだから...今現場に他の兵士は?」
「俺のを除いた見張りがもう一人居ます....」
「じゃあ君は戻って現場周辺に何か犯人に繋がるものがないかその見張りの子と探して来て。リア、私は憲兵団に報告して来るわ。立体起動を使って逃げたってことは兵士の犯行で違いないから本格的に調査してもらわないと」
「わかった。よろしく、マレーネ」
「リアもよろしく。全く...こんな忙しい時に...!」

一緒に部屋を出た後はそれぞれ逆の方向へと走り、そして研究室のモブリットにその件を伝えると、即刻早馬に乗ってハンジが昨日「エレンに会いに行ってくるね!」と意気揚々と馬に乗って駆けて行った場所へと、旧兵団本部に向かっていった。

(兵士が犯人だなんて...)

一体誰が何の目的を持ってそんなことをしたのか、と考えながら私も現場へと向かうけれど、その足取りは早足ながらも一歩一歩が重く感じた。ハンジが力を尽くして編み出した作戦を元に生捕りにした貴重な非検体。彼女がどんな気持ちで彼らにソニーとビーンという名を与え、そしてどんな想いを持って接してきたのか...。それは勿論彼女自身の好奇心故の行動もあるが、全ては真実を求め、その真実を暴くことで人類を自由にする為だ。憎しみで刃を振るうのは先人の時代から繰り返しやって来たからこそ、私たちは新たなアプローチを試みることで真実を求めたいと、ハンジは日々強い想いを持って巨人に向き合っている。
それを考えると込み上げて来るのは悲しみよりも苛立ちが大きかった。そんな苛立ちをぶつけるかのように、現場に到着すると見張りの兵士と共に周辺を徹底的に調べ上げたけれど、結局犯人に繋がりそうなめぼしいものは見つからず、遂に蒸発が骨まで至った頃にやっとハンジが現場に到着した。

「嘘だと!嘘だと言ってくれぇ..!!」

そう叫んで頭を抱えたハンジはソニーとビーンの骨の前で崩れるように膝つくと、繰り返し叫び続けた。目の前のその姿は見るに耐えなかったけれど、一旦はそっとしてあげたほうがいいと判断して私は兵舎に戻ってお茶を淹れることにした。あんなに叫んでたら喉が渇くだろうし、お茶を飲むことでちょっとでも心を休めて欲しい。

(...ん?あれは団長と...隣の少年は...?)

その時、兵舎に向かう最中にエルヴィン団長の姿が見えて、団長はフードを目深に被った少年の肩を抱きながら何か話しかけていた。けれど一体誰に何を訊ねているのかという疑問を抱く前に団長は少年から離れて行き、そしてリヴァイ兵長へと連れられて行った。

(もしかしてあれがエレン・イェーガー...?)

見慣れない顔だったし、深くフードを被っていたけれど幼さの残る顔はしっかりと確認できた。加えて兵長が引き連れていると言うことは、彼でほぼ間違い無いだろう。わざわざ彼まで何でこの場に呼んだんだろう...。巨人に変身できる身として一応ソニーとビーン弔わせる...なんてそれは無いと思うけど。

(想像より普通の子だな...)

まだ兵団内でもエレンの姿を見たのはほんのひと握りで、体躯のいい大男だとか、可憐な美青年だとか色んな噂が飛び交っていたけれど、実物の彼はどこにでもいそうな、ごくごく普通の男の子のように見えた。本当にあの子が巨人に変身できるのかな?と俄かに信じがたい気持ちを抱いてるうちに湯沸室へと到着し、私は棚からハンジの好きな茶葉を取り出したのだった。