×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -






虎杖悠仁と拉麺屋


ぎゅっぎゅっぎゅっ〜とこの世の旨味の森羅万象を濃縮したような濃密なニオイが鼻腔を擽ぐる。嗅覚にど直球に訴えかけてくるその美味しさたっぷりのニオイは私を真髄へと、空腹の境地へと誘い、そして最果てにある“一杯”を実食する風景をありありと脳の中に展開する。正しく人類の目指すべき浪漫であり夢の詰まった一杯を食する自分の幸福に満ち溢れた表情たるや。そんなゆっめいっぱいぎゅっぎゅっぎゅっ〜とこの世の旨味の森羅万象を...とここで冒頭に戻る、なんて無限ループする4コマ漫画のようなことを何度も頭の中で繰り返しながら、私は今日も行列の一部品としてそこに存在していた。
今日は一体何の列に並んでいるのか、勘のいい人なら既にお気づきだろうし時間帯が時間帯なら飯テロするな!とテロリスト扱いされかねない、そんな激ヤバなブツの待つ列に私は並んでいる。

(ラーメン久々だなぁ...!)

そうラーメン、私は現在ラーメン屋の列に並んでいる。課題のため展示を観覧した帰りに豚骨の濃厚な香りに誘われ辿り着いたラーメン屋は馴染みのない駅だから知らないお店だったけれど、小さな店構えながらも行列を成してる様を見て行列の一部になれるという精神的充足感、そして腹を満たせるという物理的満足感の両方をクリアできると、ツチノコとカッパに同時に出逢ったレベルで興奮した私は嬉々として今日はラーメン屋の行列の一員として活動することを決めた。因みにどちらも見たことも出会ったこともない。
ラーメン屋の列は言わばオーソドックス中のオーソドックスで、行列通みょうじなまえこと自分によると超王道行列に分類されるとのことだ。TVや街中でよく見ることができる光景でありその先にある一杯の味に関しても殆ど外れがないと評価は上々である。そう、例えるなら少女漫画における俺様系男子だ。ヒロインと読者をやきもきさせ一度掴んだ心を離すまいと色んな顔を見せてくれる俺様男子はまさにラーメン屋の行列を形容するに相応しい。濃厚な豚骨のニオイに心を奪われながら行列を並ぶ気分は正しく壁ドンを、俺様系男子豚骨ラーメンくんに壁ドンされ焦らされている気分だ。

「ねえキミ〜 列に入れてよ〜」

そんな現在進行形でモーションをかけられすっかり虜になりかけている私と行列と豚骨ラーメンくんだけの世界に異物が混入して来た。見なくても絶対良くないやつだと分かりつつも反射神経が仕事をしたことにより視界に輩こと不埒な男2人が映る。私の尊い時間を邪魔し、更に“割り込み行為”という行列倫理最大の禁忌を犯そうとしている彼等に向き合うとヘラヘラと薄ら笑いを浮かべており、舐められないようにとキッと目に力を込める。

「列に入れることはできません。皆さん並んでおられるのできちんと最後尾から並ぶのが筋だと思わないんですか?」
「えぇ〜!そんなさぁお固いこと言わずにさぁ〜」
「てか俺らキミの分のお会計してあげちゃうしこれでウィンウィンっしょ?」
「それなぁ〜」
「......」

駄目だ、今頭の中で突っ込みたいと怒りがバチバチに競り合って大忙しなせいで言葉が出てこない。頭の悪い会話しかしてこない奴等にハリセンを浴びせたくもあり、趣味を邪魔された挙句ウィンウィンとか勝手にほざく男共に怒りを爆発させたくもある。腕に止まった蚊を殺そうと思ったら目の前からGが出てきたような、せめて蚊を殺してから出て来て!?って気分だ。一気に処理できないやつだよこれ。

「ねっ?いいっしょ?」
「いや、の...」
「俺らと相席しちゃおうぜぇ〜」

いや相席とかできないから、ここマンツーマン式だから。店のこじんまりした造り見たらカウンターしかないって察せるでしょ。大将と向かい、手を合わせ、渾身の一杯頂きます!って大将の魂を頂戴する食のマンツーマンファイトが始まるんだよ。麺を啜り、脂身の輝く厚めのチャーシューや綺麗に色付いた煮卵、視覚的にも味覚的にもアクセントをくれるネギを噛み締め、そして麺と具を完食したらライスを残りのスープに投入、ライスとスープを一緒に頂きながら時々細切れになった麺をお椀の底から見つけて微笑ましい気分を味わいながら米一粒に至るまで綺麗に食べ尽くし、最後に「ご馳走さまでした」と自分の魂を空のお椀に添え魂のキャッチボールを完遂させる...つまり私は魂の相席をするんだよ、大将とな。
と言うわけで君たちの席なんて最初からないから早急に消し炭になって欲しい。そのままデブリとして宇宙という果てなき空間で虚無に浸からせ、そして虚無の漬物にしてブラックホールに喰わせたい。

「早く返事してくんなぁい?」
「ま、無言は肯定ってことでいいっしょ!」
「だなっ!」

...なんて色々心の中では「ヘイ!虚無漬け一丁!」とブラックホールに向けてパイ投げのフォームでぶん投げているけど勿論口には出せない。口にして怒らせ力技で来られたら到底敵わないし、そしてここで私がことを大きくしたらラーメンを楽しみに行列を形成してくれている人々に迷惑がかかり折角綺麗に形成して頂いている列が乱れかねない。
それは本意じゃないからここは私が列を離れるのが最適解と言えるだろう。一度並んだ列から離れるなんて私の行列哲学に反するし、私が抜けた場所に奴等が入るのは屈辱的だけれど状況が状況だから仕方ないよね...。

「あれ...?やっぱり姉ちゃんだよな!」

もう私帰るんで退いてもらえますか?と言うため口を開いた瞬間、私と男の間に割って入ってきた男の子は私へと人懐っこい笑顔を浮かべながら言った。続けて「久しぶりだな姉ちゃん、正月以来じゃない?」と話すピンク髪の彼には見覚えがあり、さっき自分は今何番目だろうかと数えてみた時に先頭にいた子だ。もうすぐ呼ばれるだろうに先頭からやってきてくれた彼に申し訳なさと感謝が溢れるけれど、感動するのは後にして今は彼の助け舟に乗るべきだと状況を把握した私はうんうんと首を縦に振って頷いた。

「誰だよおまえはよぉ?」
「俺は姉ちゃんの従兄弟だよ。なあ姉ちゃん?」
「そうそう!ゆうくん久々だね〜」
「並んでたらなんか後ろから知ってる声が聞こえると思ったんだよな〜。...てかアンタらこそ誰?姉ちゃんの知り合い?」
「絶対にない。ニュートンが万有引力は俺のだ!って落ちた林檎でフックとキャッチボールをしたとしてもこればっかりはあり得ない。」
「...どうする?なんかこの餓鬼やばそうじゃね?髪ピンクだし」
「ど頭ピンクとかE●ITのか●ちー以外で見たことねぇぞ俺...」
「まじの不良学生だぜこれ...さっさと行こ」

どうやら髪色一点のみで彼を不良だと判断したらしい奴等はイキっていた割には簡単に引き下がりスタコラサッサと去っていった。てかか●ちーは違うでしょ、断然ゆうくん(仮)の方が穏やかな色してるでしょうが!とツッコミを入れながら、そのあまりにも情けない退場に「ださ...」と率直な感想がポロリと漏れたのと同時に「お姉さん大丈夫だった?」と不良のレッテルを貼られた彼が私の方を向いて首を傾げる。

「うん!君のお陰で大丈夫だったよ、ありがとうね」
「別に俺自身がやりたくてやっただけだよ。それよりゆうくんって言われて俺ビックリしちゃった!下の名前悠仁だからさ〜」
「えっそうだったの!奇跡じゃん」
「ホント!キセキだキセキ!」
「うんうん!奇跡だね奇跡!」
「キセキキセキ!」
「大変お待たせいたしました〜!先頭から4名様ご案内いたします!」

助けてくれた彼ことゆうくんこと悠仁くんと謎に奇跡!奇跡!と2人でわいわいしながら繰り返していると、店員さんが声高らかに叫ぶ。その言葉にさっき数えた時自分が4番目だったことを思い出しふと先頭に目をやると2番目の人が悠仁くんと不自然に空いた先頭のスペースをチラチラと交互に見ている。その姿に詰めずにいてくれたみたいだよ、と悠仁くんに教えると「ほんとだ!」と2番目の人へと目をやると、お先にどうぞとジェスチャーで伝えている。なんでだろうと思っていると悠仁くんは再び身体ごとこっちを向いた。

「先頭に戻らないの?」
「うん、お姉さんでちょうど4人目みたいだし良かったら一緒にどうかなーって思ってさ。さっきみたいに変な人に絡まれるかもだし」
「そんな、気を遣わなくて大丈夫だよ?」
「全然!俺が好きでやってるだけだし」

ニカッと歯を覗かせる悠仁くんの笑顔は最初助けてくれた時同様に人懐っこく裏表がない。その姿についつい絆されてしまい、現にさっきまで大将と食と魂のマンツーマンだ!って訴えていた心が完全に悠仁くんと一緒に食事する方向に進んでいる。まあしっかり出されたものを完食することで魂のキャッチボールは十分にできるし、それにさっきの出来事のせいでちょっぴり不安な気持ちが残っているから隣に誰か居てもらえるのは単純に有難い。

「うーん...どれにしようかな」
「おっ!今日替え玉無料だって!ラッキ〜」

悠仁くんと一緒に店に入ると右の突き当たりに食券機があって何にしようかと二人揃って食券機と睨めっこする。替え玉無料なら今日はライスやめて替え玉にして余ったその分のお金で具足しちゃうのもありだな〜、とこうやって迷う時間から既に幸せだな。

「...決まった?」
「そうだな〜俺は特製豚骨ラーメン具増し増し替え玉とライスにしよっと。お姉さんまだ決まってないなら俺先に買うよ?」
「ううん、私も決まったよ」

悠仁くんへとそう返し、私は自分の分の特製豚骨ラーメン具増し増し替え玉ありの食券と悠仁くんが今言った内容の食券を購入してどうぞ、と悠仁くんに食券を差し出す。

「えっ?なんで俺の分まで?」
「さっき助けてもらったお礼。悠仁くんが助けてくれなかったら列抜けて帰っちゃおうと思ってたから今ここに居るの悠仁くんのおかげだもん」

それに自分の行列哲学を反しなくて済んだから、と1番お礼を告げたい部分は伏せておいた。誰にも公表してない趣味だし、万が一口にしたとして急になんなのこの人...?ってずっと屈託無い顔を見せてくれている悠仁くんに引かれたら...なんかすごいショック受けそう、知り合って30分も経ってないけど。

「んじゃあ素直に頂きます!ありがとうお姉さん...ってよかったら名前教えてもらっていい?」
「みょうじなまえだよ」
「みょうじさんかぁ〜。じゃあ改めましてありがとうねみょうじさん!」

わざわざ丁重に両手で恭しく食券を受け取った悠仁くんは嬉しそうに頬を染めながら笑顔を浮かべた。その眩しさと純度の高さに圧倒されながら席に並んで座り他愛ない会話を交わしながら私たちはラーメンを食べた。どうやら悠仁くんは最近宮城から東京に出てきて東京を色々見て回っている最中らしい。今日は初めての行列のできるラーメン屋さん体験だったらしく「こうやって並んでから食べると美味しさがひとしおだな〜」と楽しそうにラーメンを啜っていた。なんだ悠仁くん“解って”るじゃん。なんて和気藹々とした食事時間を過ごし、替え玉と更にライス付きなのにも関わらず私とほぼ同時に食事を済ませた悠仁くんとご馳走さまをして早々にお店を出た。世のため人のため、そして美しく秩序的な行列のため、行列店での食事は食後直ぐに席を後にすべし、行列を嗜む者の常識だからねこれ。

「美味しかったね〜」
「うんうん!めっちゃ美味かった。ご馳走さまみょうじさん」
「どういたしまして。また行列のできる美味しいラーメン屋さん見つけたら情報交換しようね」
「うん、すぐにラインすんね!」

会話の最中にラインを交換する場面があったので私のスマホには新たに悠仁くんの連絡先が追加された。因みに名字は“虎杖”って書いてあるけど、“とらつえ”としか読めないしきっと間違えてるだろうから後で調べよう。

その後近くの駅まで一緒に歩いて、地下鉄に乗る悠仁くんにバイバイと手を振ってお別れし、私はバスに乗車した。食後という条件とバス特有の絶妙な揺れ感が相乗効果を起こしてうとうとしているとぶぶっとポケットのスマホが振動し、半目で画面を見ると早速悠仁くんからラインが入っていた。もう行列のできるラーメン屋さん見つけてくれたのかなと期待を込めてスワイプしてみると、ラインお馴染みの白い人型をしたキャラが“FOR YOU”とプレゼントを掲げており、下には <さっきのお礼です!> とメッセージが来ている。えぇ...悠仁くんいい子すぎか。期待をいい意味で裏切られたんだけど...と目頭を熱くさせながらプレゼントを開くと可愛らしいスタンプがあって早速ダウンロードした。<かわいいスタンプありがとうね> とお礼と共にもらったスタンプを送って電源ボタンを押した....次の瞬間にスマホがバイブした。流石に返事早すぎないか?と画面を見るとメッセージの相手は野薔薇ちゃんだった。そういえばさっきラーメンの写真送ったな〜と思い出して画面を開くと <おいしそう〜><今度ラーメン一緒に食べましょ!> と返事と共にスタンプが来ていて、それはたった今悠仁くんからもらったものと全く同じものだ。

(流行ってるのかなこのスタンプ)

そういえば野薔薇ちゃんも最近東京に来たばっかりって前に言ってたな。それに今日悠仁くんが着てた学ランっぽい服と野薔薇ちゃんの制服のボタンがなんか似たような柄だったような気がするんだよね。渦巻きのような珍しいデザインをしてたような...と二人の妙に噛み合わせのいい共通点を挙げながら <うんうん><私今日そのスタンプもらったよ〜> とスタンプを送ってホーム画面へと戻る。すると悠仁くんから返事が来ていてどういたしましてと書かれたスタンプの後に <クラスメイトがよく使ってるやつなんだけど可愛いよね!> と来ていた。

......偶然、だよね?



prev | next