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プレイ・ウィズ・ファイアー



「 あっ 」

という言葉と共にまるで夕陽のような丸い茜色がぼとりと砂利へと落ちた。儚い灯火が砂利の上で弾けて消える、1秒にも満たないその刹那に唇に生温い熱が灯される。

「.....いっ!...つぅ......」

灯った湿っぽい温度に驚く間を与えられることなく奥に鎮座する歯がごんっと鈍い音を立てる。唇に押し当てられた柔い感触から一転、神経まで響く鈍痛に反射的に声が漏れる。

「ん?なまえにトガタ、どうかしたの?」
「ぜーんぜん!!」

隣で同じくしゃがんだ姿勢で座るトガタは汗ばんだ手で私の二の腕を抱きながら答える。一方で衝撃の余韻を引き摺ったままの私は友人へ返答する余裕もトガタの無遠慮な手を振り払う余力もない。痛みで反射的に両手で唇を押さえたお陰で手にあった線香花火はすっかり残骸と化して地面に転がっている。

「にゃんのつもり」
「キスしたいなーって思っただけ」

根元までじんじんと響く痛みが少し引いたタイミングで声を潜めて訊ねると、わざわざ耳元でそう言われて私は溜息を一つはぁ、と漏らした。

「きす、へたくしょにゃんだねトガタって」
「不意を狙ったからそうなっただけで同意を得た上だと腰抜かすよ」
「うそちゅき...」
「じゃあ嘘かどうかもう一回試そうか」

暗がりの中でトガタが白い歯をチラつかせなら笑い私の顔を覗き込む。その顔に弾けるのはさっきまで手にあった線香花火で目の前でチカチカと弾けては消えを繰り返す火花の残像は同じ薄暗闇にいるトガタの姿だけを明るく照らし出し出す。

(......なんて、なんでこんなこと思い出してんだろ)

カタカタカタとキーボードを叩く最中ふと思い出された記憶はぽわんとまるで蝋燭で照らしたような淡い光の中から浮上した。何故唐突にこんなことを思い出したのか、それは深夜特有の空気感ゆえか、それとも季節のせいか、それともあの時のようにじっとりとシャツが汗ばんでるせいか......全部だな。

「...なまえってばまだやってんの」
「暑いからくっつかないで」
「へ〜い、つれないヤツ」

いつの間に起きたのか、ぬっと背後から腕が伸びてきて首へ腕を回したトガタは私の言葉に素直に離れていった。すると背中で冷蔵庫が開く音がしてカランと氷がガラスの中でぶつかりトクトクと何かが、恐らく昨日購入した2リットルの烏龍茶が注がれている。

「ぷはー!うんまぁ〜!」
「私にくれるんじゃなかったの」
「んなこと言ってねぇし」

嫌味なのか飲み干したグラスの中身をコトンとノートパソコンの横へと置き、次はお腹へと腕を回してくる。そんなトガタに「可愛くないヤツ」と言うと「はいはいお互いさま〜」と返ってきて肩に顎を乗せられる。お陰でトガタの微かな息遣いまでもが鼓膜を掠めてこそばゆい。

「なんの原稿?」
「映画の感想記事。ほらこの前観に行ったやつ」
「あぁ〜 最近主演俳優がヤクでパクられたやつか」
「違う違うその一個前の...てか覚え方なんとかならないの」
「一個まえ....あっ、乳首の時計回り」
「いやだから覚え方」

原稿を打つ手を止めるほどでもない取るに足らない会話をしているだけなのに汗の滲んだシャツの中が次第に蒸れていく。それは室温に全く見合っていない距離感に存在するトガタのせいなのは言わずもがなで、さっきまで布団の上で眠っていたトガタと原稿を打っている私とに懸命に涼を運んでくれていた扇風機じゃ到底賄えないほどの熱を帯びていく。

「...ちょっとトガタ」
「なに?」
「約束が違うんだけど」
「なにが?」

突如するり、というよりは汗でじめじめしているからぬるりの方が正しいかもしれない。ぬるりとトガタの左手がシャツの中へと入り込み素肌に触れる。汗による水気のせいか皮膚に吸い付く手はまるで蛸でも這っているかのように生ぬるくて心地が悪い。

「クーラーが直るまでは、って話だったでしょ」
「やだな、私はなまえちゃんが時計回りか反対かどっちが好きだったかな〜って思ったまでよ」
「それすら知らないなんて恋人失格だね」
「暇だから借りるな、以上」
「暇つぶしに人の乳に触るな、寝ろ」

そんな雑な言い合いをしてる間もじわじわと上へ向かうトガタの手。それを止めようとキーボードから手を離して侵入してくる左手首を掴んだ次の瞬間に、何故か私の右手首をトガタに掴まれ有ろう事か身体を後ろへと引っ張られた。

「うわっ...!」

座っていた体制のまま身体が倒れたけれどトガタのお陰で痛みはなかった。一方のトガタという名の大型クッションは「いって...」と呟いていて何やってんだかと呆れながら肘を床につけてゆっくりと身体を起こす。そしてトガタの身体の上でうつ伏せになると、柔らかな胸の上で腕を組みそこに顎を乗せて顔を覗き込む。

「うぇ...乳潰れる」
「手慰みに人の乳を借りようとした罰だよ」
「なまえの乳は私の乳じゃん」
「所有権放棄した覚えはありません」

ぐぐぐっとそのまま体重をかけると「ギブギブ!」と下のトガタが叫ぶ。その姿にふふっと笑みが溢れ、笑い声が次第にアハハ!と大きなものになってしまったのは徹夜の原稿作業でハイになっているからだろうと苦痛で歪むトガタの顔に涙を滲ませながら思った。


「ねえトガタ、」
「なんだよ」
「原稿終わったら一緒にシャワーでどう?」
「...乗った」
「ふふ、今乗ってるのは私だけどね」
「...クーラーが直ったら覚えてろ」