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こいぬ座の吟詠



「ひっ......」
「おはよう」

今は一体何時なのか、恐らく夜も更けた深夜と呼べる時間帯だと思う。そんな時間に寒さ故に意識が覚醒して目を開いた先には同じベッドで共に眠った筈の硝子がバッチリと目を開いてじっと私を見ていた。寝起き一発目にしては圧の強い視線に驚きつい冒頭の喉から反射的に絞り出てきた情けない声が漏れたというわけである。

「恋人にそんな怯えた反応をされると傷つくな」
「いや恋人ならもっとこう...あるじゃん、愛しむような優しい目で寝顔を見てて欲しいんだけど」
「なんだか起きそうだったから目に力を込めてみた」
「確信犯かよ...」

昔からそうだ。硝子は見た目に反して茶目っ気がありそれは随分と落ち着き払った見目になった今も変わらない。勿論学生の頃に比べたらだいぶ落ち着いた方だけど時々こうやって涼しい顔してからかってくるものだから今の学生たちが知ったらどう思うんだろうななんて時々思う。思ってるより近寄りやすいな、とか思われても面白くないからみんな一生知らなくていいんだけど。

「...もしかして目が冴えちゃった?」
「ああ、目が冴えてしまった」

目が冴えた、瞼の裏に浮かんでは消えるを繰り返す血飛沫に、歪んだ貌や肉塊に、吐き気を催すほどの死のニオイに、決して拭いきれない“其れ等”をふと思い出して硝子は眠れなくなったのだろう。呪術師として場数を踏むほど其れ等を思い出す頻度は減っていく。けれどそれは決して慣れるからそうなっていくのではなく、呪いと対峙する度に心は確実に摩耗している。そんな摩耗した心の薄い箇所を突き破り、業界ではベテランに分類される私たちにも其れ等は悪趣味に顔を覗かせてくる時がある。それは私たちとは違った側面から呪いを暴く硝子も勿論一緒だ。
だから其れ等の残影に追われる夜は共に起きて夜を明かすことが多い。怖い夢を見て眠れなくなった子供が母を求めるように私たちは互いを求めいずれ睡魔が舞い降りてくれることを祈りながら他愛のない話や触れ合いを繰り返すのだ。とは言っても触れ合いはさっき眠る前に十分というほど...と何か話の種になるようなものはないだろうかと寝起きでうまく回転しない頭を働かせていると「知ってるか?」と硝子から話を切り出してきた。

「なまえのお尻に二つ並びの黒子があることを」
「えっそんなとこにあったの?」
「あるよ」

この辺に...と硝子は続け徐に私の腰へと腕を回すと身体を引き寄せて下着の上へと手を滑らせる。その手はある地点で止まると指で軽く圧を与えられる感覚がして次には撫でられた。

「ここに二つ並んでる」
「へぇ、全然知らなかったんだけど最近できたやつかな」

まあ自分のお尻を見る機会なんてそう無いし知らなくても仕方ないか、と思っている間も黒子があるらしい箇所を硝子は撫で続けていた。それに触発され硝子へと手を伸ばしてそっと深いクマの落ちた涙袋を親指の腹でなぞる。すると反射的に硝子の目がきゅっと細まってその顔の愛らしさに自然と頬が緩むのが自分でも分かった。クマを撫でたばかりの手で硝子の輪郭をなぞるように触れながら肩へと手を這わせ、そして手の力を込めて身を乗り出すと硝子の一層柔い部分に自分のを重ねようと顔を近づける。

「...さて、」

けれど私のそれが硝子へと到達することは無く予告なしに起き上がった硝子のお陰で体制を崩し顔が枕へとゆるやかにダイブする。あれ?っと疑問を抱く前に顔を枕から上げると硝子はベッドサイドから部屋着のカーディガンを取りそれを羽織っていた。その姿にトイレ?と訊ねるほど私は鈍感じゃないというか長年の付き合いでこの後の展開は嫌というほど分かっていた。

「すっかり目覚めたみたいだし付き合ってもらおうかな」
「えぇ〜...」

ゆるく握った拳を口元へと持っていくとくいっと手首を動かす仕草をしてみせた硝子。その姿に抗議の声をあげてしまうのは目の前で楽しそうな硝子が酒豪だからという一点に尽きる。特に今日のような目の冴えた日のお誘いは100%長丁場になるというか寝かせてもらえない。二日酔いで生気のない私と酒の余韻を一切感じさせない硝子、そんな私たちが出勤する風景は目撃される度に主に五条に大笑いされる。

「...私はお酒より硝子に酔いたい気分だな」
「戯言は酔ってから聞くよ」

最後の抵抗にベッドから降りようとする硝子の腹を後ろから抱きしめて臭い台詞を言ってみたけれどいとも簡単に振られてしまった。その気になった硝子にこの程度のセリフが効くわけないじゃん...と立ち上がった硝子によって支えを失った身体がベッドに沈む。

「先に行って待ってるぞ。...心配しなくても今夜は優しくするから」
「...はーい」

最後の方だけ無駄に耳元で囁いてきた硝子は丸出しになった背中へと私の部屋着だろう衣服を投げると寝室から出て行った。五条の声が今から頭に響いてくるな...と奴の特大ボリュームな笑い声の幻聴を覚えながら私はしぶしぶ起き上がりワンピース型の部屋着へと腕を通したのだった。