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完全に眠る体制へと入っていた。今日は仕事が立て込んだお陰でベッドに入りリモコンで部屋の灯りを消してしまえば直ぐに頭がズッシリと重くなり視界が徐々に狭まっていく。そんなもうすっかり閉じかけていた瞼の隙間に入り込んできた光はピコンピコンという軽快な音と共に無意識下に落ちかけていた私を現へと引き摺り出した。おやすみモードにするのを忘れてしまっていたなとスマホの画面を覗き込んだ先にあったのは......

「...どういうことだ」
「えへへ〜来ちゃった!ってやつです」

目の前の私の姿に僅かに目を見開いた家入硝子こと家入先生は続けて「メッセージは即取り消したはずだが」と言った。先生に消される前にスクショ撮ったんですよと私は答えながら腰ほどまでの高さを持ったバーの椅子へ背伸びして腰掛ける。そして(今から来れるか?)というメッセージ、そしてバーの場所とが映ったスクショを先生へと見せる。

「こればっかりは誤送信した私の責任だな」
「誰に送るつもりだったんですか」
「秘密だ。来れないみたいだしな」
「へぇー...」

先生と話しているうちにどうやらバーテンダーさんがメニューを持ってきてくれていたようで目の前のシックで細身なそれを手に取ってみる。捲ってみるとズラッと横文字が並んでいてお酒の名前だろう英字を一つずつなぞっているとひょいっとメニュー表を先生に取り上げられてしまう。

「元とは言えみょうじの先生だった身だ。未成年に飲酒させるわけにはいかないよ」
「それ高専時代に堂々喫煙してた先生が言います?」
「当時は合法だったんだ」
「嘘が真っ赤っかすぎていっそ清々しいです」

痛い所を突いたつもりなのに先生は普段と変わらない様子で飄々としていて「ジュースとかあったか」と私から奪ったメニューを眺めながら呟いている。その姿に悔しさが滲んでしまうのはつい先日人生において重要な、とある地点へと到達したからで報告も兼ねてそれを私は素直に口にすることにした。

「家入先生、私成人したんです」
「へぇそうだったの」
「昨日から立派な成人なんです、ハタチです、大人の女です、だから合法でお酒も飲めちゃうんですよ」
「そうか」

これで先生だからとか指導だとかまどろっこしいことは帳消しだ、文句の言われようがない。そう思って先生からメニュー表を奪い返そうと手を伸ばすけれどスイッと避けられてしまう。

「昨日からってことはまだ酒に慣れてないだろ。家に帰ってほろよいから始めるんだな」
「そっそんな成人前からお酒くらい嗜んでましたよ!未成年で煙草吸っちゃう先生並みにグレてたんですからね!」
「主に何を?」
「おっおもに...甘酒とか」
「それは随分と筋金入りのワルだったんだな。ところでオレンジとアップルとグレープフルーツならどのジュースがいい?」

私の言葉を適当にあしらった先生はお酒のページをすっ飛ばすと最後のソフトドリンクのページを見せつけてくる。お酒を飲ませる気なんてさらさら無さそうな姿に「嵌められた!」と一言言って机に突っ伏すと「みょうじの自爆だろう」と先生は呆れを滲ませた。

「...ずっと家入先生とお酒飲みながら語らいたって思ってたんですよ私」

もう適当に頼むぞ、と言った先生と私が吐き出した言葉とが重なる。ああこれ駄目なやつだ、溢れちゃうやつだとと気付いた時にはもう遅くてさっき感じた悔しさの滲んだぐちゃぐちゃな気持ちが次々と溢れ出てくる。

「今日どこの誰を呼ぼうとしてたのかは存じ上げないですけど私なら何時に呼ばれようがどれだけ疲れてようが先生に会いに行きますしそれがバーならお酒だって一緒に飲みたいです。私と飲むことで先生に楽しんでもらいたいし楽にもなってもらいたいし目の隈だって薄くなって欲しい。そりゃ付き合いの長い歌姫先生たちには敵いませんよ?でも距離的アドバンテージを駆使しておいおい東京での歌姫先生的なポジションになりたいなと思ってますしだから今日は野望の実現のための一歩と言いますかなんと言いますか...やっと先生とお酒を飲めるようになったのに」
「...」

うわぁ何言っちゃってんだ私、と長々と吐露した後激しく後悔した。こんな拗ねた子供みたいな言葉をよくもまあペラペラと言えたもんだな、しかも本人を目の前にと今すぐ頭を抱えてそのまま落とし穴か何かに落ちてしまいたかった。落とし穴作る術式とかないのかな、なんて現実から逃避している私の耳に「オレンジの...」と先生がバーテンダーさんに注文している言葉が聞こえてくる。あーあ、これオレンジジュース頼まれちゃってるやつだ。半ば事故とは言え気持ちをぶつけたのに結局私は先生の横に座ることは出来ないんだ、って座る云々の前に下手したら引かれてるやつだよこれ。あーもう何も考えたくない。後私はオレンジジュースよりもどちらかというとアップルジュースが良かったんですけど家入先生。

「ちょっと」
「はぁ..ぃ...」

ぐるぐると目まぐるしく変化する思考に対して受け身になっている中掛けられた先生の声は近くて多分私に言っているんだろうなと返事をしたけどそれは力無く、更に声が少しばかり潰れてしまった。それはさっき気持ちがせり上がってきた時に一気に言葉を吐いたせいか、加えて追随してくる気持ちを抑えるためなのかは知り得ないけれど兎に角いっぱいいっぱいで喉が詰まってしまっていた。どこまでも恥ずかしいやつだな私、と再び自己嫌悪に陥りかけていると「飲まないなら私が飲むぞ」と淡々とした声音で言われる。その言葉にドリンクがやって来たんだとチラリと視界の端で様子を伺うけれど筒状の長いグラスに入った液体は橙色でお店の照明を僅かに浴びて揺れている。オレンジジュース確定なやつだねこれ。まあいじけるのもいい加減にしなきゃだし頂きますけども、と私はゆっくりを顔を上げて左手にあるグラスを手に取る。

「ファジーネーブルだ」
「ふぁ?ふぁじー....?」
「桃のリキュールとオレンジジュースを割ったものだ」
「桃のりきゅーる...?」
「端的に言うとお酒」
「おさけ...ってお酒!?」

先生の言葉にまさかと驚いて目の前のグラスを見るけど確かにオレンジジュースにしては色が薄い気がするし、なんかマドラーが準備されてるし後ふちにカットされたオレンジがお洒落な感じで引っ掛けられている。ソフトドリンクじゃここまで色んな施しがあるとは思えないから先生の言う通りお酒なんだ!と目を瞬かせる。

「...家入先生、」
「なんだ」
「初のお酒をまさか先生から頂けるなんて勿体無くて飲めな」
「ならいい私が飲む」
「飲みます!」

元気よく返事をした私は先生の視線を感じながらゆっくりと両手でグラスを持つとそろそろと唇をつける。そしてグラスを傾けて中身を口に含むと酸味が甘さで抑えられたオレンジの味と独特な後味が舌を滑る。ああこれがお酒の味なんだとごくんと喉へと流すと胸が熱くなってドクドクと鼓動が速くなる。これがアルコールによる副作用ってやつか...!

「どうだ、初の酒の味は?」
「飲みやすくて美味しいけどちゃんとアルコールしてます」
「それはよかった」

まるで小学生のような感想しか言えなかったけれどそんな私へと相槌を打った先生は微笑んでいる。あ、これ私を見て笑ってくれているんだと思うと嬉しさで身体が熱くなってきてそれを冷ますためにお酒に口をつけるけど逆効果で心臓はうるさくなる一方だし身体も熱くなってくる。

「顔が赤いな。水も頼んでおいたから時々挟むんだぞ」
「家入先生、」
「どうした」
「また呼んでくださいね」

へにゃりと言葉を発したと同時に一気に緩まる表情筋。今の私とても締まりのない顔を先生に見せているんだろうなぁと思うけれど、頭の中がぽわぽわしてきてそんなのどうでもいいじゃない、と雑念が遠く彼方へと追いやられていく。

「...みょうじがもう少し強くなったらな」

ふふっと視界の先の先生は緩やかに口角を上げている。強くなるって呪術師としてってことかな、それともお酒のことかな、と話の流れからそれすらも判断できなくなっていた私はどうやら既に酔っ払ってしまっているみたいだ。

そして次の日、目を覚ますとそこは家入先生の家で記憶が朧げな上に下着以外の服を脱ぎ捨ててベッドの中に居た私はどんな呪いを見たときよりも動揺した。そんな私へとモーニングコーヒーを運んで来てくれた家入先生は愉快そうに口元を緩めている。

「いいか、酒は飲んでも呑まれるんじゃないぞ」

一言私にマグカップを差し出しながら言った先生は自分のコーヒーを一口飲むと「朝食食べていくだろう」と部屋を出てしまった。部屋に訳の分からぬままポツンと一人残された私は湯気の立つコーヒーをとりあえず一口、と口へと運んだ。

「うぇ...にっがぁ...」