×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


匙で描くマーブル



平日の昼も随分と下がった午後2時前、本庁近くの通りにある喫茶店の戸を引くとチリンチリンとベルの音が閑散とした店内に鳴り響く。

「いらっしゃいなまえちゃん 」
「マスターぁぁ....とりあえずホットサンドセットでドリンクはオレンジジュースでお願いします...」
「はいよ、その様子だと朝番だったみたいだね 」
「そうなんですよ... 5時前に起きたからもうクッタクタだしお腹もペッコペコですよ...」

ドアを開けた先にあるカウンター越しで顔見知りのマスターと会話を交わしながら右手にある窓際の席に腰を下ろす。ランチには遅く、おやつの時間にしては早すぎるこの時間帯は人数が少なくて今日も例に漏れず店内は私一人だ。それを良いことに4人掛けのソファ席に座った私はやっと肩の荷が下ろせるなとジャケットを脱ぎながら溜息を吐いた。マスターが調理する音だけが静かに響くここでの時間は穏やかで時の流れがゆっくりに感じ、心の安寧と癒しを求めるべく朝番の後はここで過ごすことが多い。

「はい、ホットサンドセットだよ 」
「ありがとうございます!」
「ゆっくりしていってね 」

特に今日は悪魔との死線をくぐり心身ともに疲弊した後だからか、店の中を漂うマスター厳選の豆を使用した珈琲の香りがいつも以上に身に沁み入る。まあ舌がお子ちゃまだから未だにコーヒーを飲んだことはないんだけどね、と目の前に運ばれてきたクロス柄のグラスを手に取って中身のオレンジジュースをストローで啜る。そして香ばしい香りを放つホットサンドを齧ると今日の具はツナとキャベツとチーズのようで齧った端からチーズがとろりと伸びる。空っぽの胃の中が満たされいく幸福感に「美味しい...!」と口に出すと「ありがとう 」とカウンターから笑み混じりの返事が帰ってきた。

程なくしてホットサンドを食べ終えた私は半分以上無くなったオレンジジュースに口をつけながらぼーっと窓の外の人の行き交いを暫く眺め、その後は最近買った書籍を取り出しパラパラと開いた。書籍は現在上映中の映画のノベライズらしく大々的に本屋に並べられているのを見て適当に購入したものだ。まだ全然読めてそれをとりあえず開いてみたものの、疲れているからか文字が全く頭に入ってこなくてぼんやりと刷られた文字を目でなぞるだけの作業を繰り返す。そうしていると店内にチリンチリンとベルの音が控えめに響いた。

「いらっしゃいませ 」
「アイスコーヒーを一つお願いします 」
「かしこまりました。どうぞお好きなところにお掛けください 」

どこか聞き覚えがあるような声音から放たれたアイスコーヒーという言葉に、こりゃマスター腕の見せ所だとさぞ喜んでいるだろうなぁと横目で様子を伺うと視界の端で見覚えのある三つ編みが見えた。もしや...と思い三つ編みを揺らし横切ろうとする姿に視線を移すとそこにはまさに今頭の中に浮上したばかりの彼女が居た。

「えっ!?」

その姿に驚きすぎて声を上げそうになった...ではなく上げた。実際に声を上げてしまった。そんな私の声を拾ったらしい彼女...マキマさんは ん?といった様子で少し眉を上げながらこちらを向き、マキマさんを見上げる私の目と私を見下ろすマキマさんの目とが合う。

「おやみょうじちゃん。奇遇だね こんなところで 」
「そうですね!」

勝手に姿を盗み見た末に勝手の声を上げるという失礼極まりない行動をしたと言うのにマキマさんは全く気にしてない様子で普段と変わらない、落ち着き払った声で話しかけてくれた。流石はマキマさん、見た目のみならず中身まで素晴らしくまさに女神そのものだ。

「ご飯でもしてたの?」
「はい、今日朝番だったので遅めのランチをしてました 」
「そうなんだね 」

会話を交わしながらマキマさんは上着を脱ぐとそれを真ん中で折り畳み私の座るテーブルの対面のソファに腰を下ろした。...ってあれ、ものすごく自然な流れでお座りになったから何にも言えなかったけど、え、相席する感じなんですか?私とマキマさんが? 数回お話させて頂いた程度の私ごときがそんな憧れのマキマさんと相席なんて...... 最高か。

「私はここのコーヒーが美味しいって早川くんに聞いてね。ちょうど時間ができたから来てみたんだ 」
「そうなんですね...」

だけど、相席するのは確かに最高だけれどそんな私と相席しなくったって何処もかしこも空いているのにどうしてわざわざ...と思ったところで、もしかしたらマキマさんはこの席をご所望なのかも知れないという答えに辿り着いた。窓際で明るいしソファ席だしでここは店一番の特等席といっても過言じゃない。だとしたら邪魔者はさっさと退散しないとマキマさんがゆっくりと寛げないだろう。うぅ...折角の相席だけど仕方ない....と後ろ髪を引かれる思いで「じゃあ私はそろそろ....」と言ってジャケットを手にしたと同時にマキマさんがメニューを手に取り私の方へと差し出した。

「何か追加で頼みなよ。お金は私が出すから 」
「え!そんな悪いです... それに私はもう....」
「私、もっとみょうじちゃんとお話したいな 」
「ヘイマスター 追加でチョコパフェ一つ 」
「はいよ〜 」

最高の口説き文句のみならず極め付けにテーブルに肘をつき、手の甲に顎を乗せたマキマさんに首を傾げられた私は即ジャケットから手を離し、ちょうどアイスコーヒーを運んできたマスターへと注文した。そんなこと言われちゃあもうなんでも話しちゃいますよ私?家の家賃に間取り、風呂で洗う順番からスリーサイズまで.....って誰得だよ、と心の中でセルフ突っ込みを入れる私に対しコーヒーを一口ストローで啜った後にマキマさんは口火を切った。

そこから2人で話した内容は他愛無い話で柔らかな表情で頷いてくれるマキマさんのお陰で緊張なく話すことができた。因みにマキマさんは映画を見るのが趣味みたいで私が机に出していた本の映画も前に観に行ったらしい。「映画の出来自体は悪くなかったからみょうじちゃんは見る目があるんだね 」と言われて「えへへ〜」とめちゃくちゃ誇らしい気持ちになったりもした。全然読んでないんだけどね!!

「はい、チョコパフェだよ 」
「ありがとうございます!」

会話が一旦途切れた絶妙なタイミングで運ばれて来たパフェは可もなく不可もなくと言った見た目でその分慣れ親しんだ味なんだろうなという安心感がある。既に飲み切ってしまったジュースの代わりに喉を潤すべく早速アイスを掬い口に入れると甘さと冷たさがじわりと広がる。甘いものを強く欲していたわけじゃないけれど一度口につけると止まらなく感嘆の声を上げてパフェを食べ進める。

「美味しい?」
「めっちゃ美味しいです!」

カランコロンと涼しげにコーヒーを混ぜながら訊ねるマキマさんに素直に答えると「ふん...」と相槌を打ちじっと私を見つめる。

「みょうじちゃん、」
「へ?」

突然私の名前を呼んだかと思えば薄っすらと口を開けたマキマさん。それがなにを意味しているのか分からずハテナを浮かべていると口が更にひと回りほど大きく開かれる。その姿にハッと私の頭をまるで稲妻が落ちるかの如く強烈なワードが過ぎる。

(...もしかして “あーん”?)

過ぎった“あーん”という強力なワードに、いやいやまさかそんなわけ...と否定しつつも無言で口を開けているマキマさんを見ていると“あーん”を求めているような気がしなくもない。

「...マスター、スプーンをもうひと...」
「美味しそうに食べてるそのパフェ、一口だけ分けて欲しいな 」
「......」

でも勘違いだったらすこぶる恥ずかしいなと思いマスターへと追加のスプーンを頼もうとしたけれどその声はマキマさんに遮られてしまう。一口、たった一口のためだけにもう一つスプーンを要求するのはマスターに悪く、口を噤んでちらりとマキマさんを見ると目がパチリと合う。すると彼女は僅かに口角を緩ませる。

「みょうじちゃん、」

私の名を呼んだ後に “あーん” と後に続けるかの如く開けられた口、そしてテーブルから消え去ったマキマさんの手。それが意味して求めているものは最初に彼女が口を開けた時から全くブレていなくてそして変わっていない。

「...どうぞ、」

少しの間の後意を決した私はスプーンでパフェを掬いゆっくりとマキマさんへと差し出す。柄の長いスプーンだから直ぐに届いちゃいそうで差し出した瞬間から心臓がバクバクとうるさい。そんな心の音を持て余す間も無くスプーンはマキマさんの元へ到達し、スプーンの丸い部分がマキマさんの唇の奥へと攫われていく。それが柄を握った手にも控えめに伝わってきてドクンと一層大きく心臓が跳ね上がる。程なくして口の中へパフェのみを攫った彼女の唇からスプーンが離れ、中のものを咀嚼するとマキマさんは「うん、」と頷いた。

「みょうじちゃんの言う通り美味しいね 」
「...ハイ 」

...いや、美味しいのはこっちなんですが。めちゃくちゃ美味しい思いしたの私なんですが、え、なにこれ現実か、現実なのかと頭の中が途端にてんやわんやと騒がしくなりスプーンを持つ手がふるふると震えている。そんな表にまでもろに出つつある動揺を悟られまいとギュッと握り返し、自然とスプーンに落ちていた視線を徐々に上げていくとマキマさんの薄い唇に白いものが見える。

(あれは...クリーム、パフェの....生クリーム...)

言葉通りパフェの生クリームがマキマさんの唇の頂きにちょんっと慎ましげに乗っていて、その姿に胸の真ん中をきゅんっと打ち抜かれる。生クリームなんてただ美味しいだけの、もし生クリームの悪魔がいようものなら間違いなく雑魚だろうちっぽけな存在だ。なのに、マキマさんの唇に付着することによって高嶺の花な彼女に親近感を抱くように仕向けている。いや、生クリームいい仕事しすぎでは? と、生まれて初めて美味しさ以外で生クリームに感謝した瞬間だった。ありがとうな生クリーム。

そんな生クリームに拝謝してしまうくらい普段全く隙のない諸々が完璧なマキマさんだからこそ “生クリームをつけたマキマさん” という目の前の存在の破壊力は筆舌に尽し難いが、敢えてその姿を、簡単かつシンプルに形容するのならばそれは......

「 かわいい 」
「ん?かわいい?」
「いえ!なんでもないです!!」

マヌケなことに思っていたことが知らぬうちに口から溢れていて、その言葉を不思議そうに繰り返したマキマさんに手と頭を振って否定すると彼女は不思議そうに少し頭を傾げた。そんな姿までいちいち絵になるマキマさんは次にパチパチと目を瞬かせたかと思うとどうやら唇のクリームの存在に気付いたらしい、唇同様薄い舌先をちろっと覗かせると薄桃に色づいた唇に這わせクリームを綺麗に舐めとってみせた。
その一連の所作を一切逃さず瞳に映していた私は え、今一体何が起きた......? と呆然となり、茶目っ気ある姿が一転、色気を感じざるを得なかったマキマさんの姿にひゅっと魂が抜けそうになる。けれど御健在な心臓がドッドッドと元気いっぱいに私の身体に血液を回してくれるお陰で魂が引き戻される。

(落ち着こう...マキマさんの前だしとりあえず落ち着こう.....)

幸い魂も戻ってきたしと、混乱を極める頭の中を誤魔化すべくパフェを掬っては食べ掬っては食べと食べることに集中する。そんな味なんて感じる暇がないくらいパクパクとパフェを口に詰め込んでいく私の姿をマキマさんが目尻を細めて見つめているとは知らずに。

そしてこれは余談だけどパフェ完食後 (ハッ... スプーンで私マキマさんと間接キスを.......) と、衝撃の事実に時間差で気付いた私は正気を失いそうになったのだった。

......今夜は歯磨きしないでおこうかな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

リクエストありがとうございました!