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のぞむ終末へ



「....やれ女尊男卑とか言われてるけどいつの時代も人を人として見てない人間に性別なんて無いと思わない?」

背を向けたままに彼女は言うと枕にした私の腕の先の手に指を絡ませながら突然話し始めた。互いのしっとりと汗ばんだ手と手が重なり合った生暖かい温度に、じわじわと触れ合った皮膚が溶けてゆく様な感覚に陥る。自分より幾分小さな手が手の平に張り付いたままに永久に離れないのでは、なんて思ってしまう。

「権力を振りかざして人の権利を剥奪することを平気でやってのけて来て、そして今もなおそんなことをしようとしてる人間がのうのうと生きているようじゃこの世は何も変わらない。武器が廃止されて女が覇権を握ろうと、結局上の人間がやっていることは男が覇権を握ってた時と変わらないのよね」

時だけが過ぎ根本のところはなにも変わっていないこの国を、この世を憂う彼女の言葉に一体どんな顔をしているだろうと思った。演技の上手い彼女のことだ、また私を欺こうと言葉へのみ感情を含蓄させて顔は破顔しているのかもしれない。

......いや無駄な勘繰りも邪推は不要だ。きっと彼女は、


「私ね来月から一緒に暮らすことになってるの。中央区のお偉いさんの、年上の女の人と。ふふっ、暮らすじゃなくて飼われるの方が正しいか」

手は繋がったままに彼女はうつ伏せになって身体を起こしながら言った。繋がっていない方の肘をついてゆっくりとこちらを向いた彼女の顔は笑っていて、傾けた顔にパラパラと髪が落ち顔の半分が覆われる。その髪を掬おうと伸びた手は宙を掬い、互いの熱で溶けあっている錯覚を覚えていた彼女の手は簡単にすり抜ける。

「一服してくるね」

指で掬った髪を耳にかけながら、彼女は実に愛らしい微笑みを浮かべると、散らかった衣服の中から手っ取り早い物を手に取りそれを肩に被る。そして、立ち上がり被った衣服の共衿を引っ張ると布団の中から出て行った。常夜灯が灯った部屋に浮かんだ彼女の背に彼女の汗が混じった掌を強く握ったけれど、結局私は何も言うことができなかったのだた。

シーツから彼女の温もりが消え去った頃、一服にしては長い時間帰ってこない彼女が居るだろう縁側へと足を運ぶと小さな背中が見えた。マッチで火を点けるのにも随分と慣れた様で細いシルエットのそれを腰を下ろしてふかす背後に立った私の気配に気付いたのか彼女は「来たの。」と短く呟く。

「なかなか帰ってこないので風邪を引いたらいけないと思って羽織るものを持ってきた次第です」
「あら、本当に持って来てる」

振り返って上衣を持っている私の姿を確認すると、彼女は茶化したような口調で言ったので「小生が本当のことをいうのはそんなに不思議ですか」と尋ねると「もし今から人間が卵生になると不思議に思うでしょう、それくらい」と彼女は言った。その言葉に「なんですかそれは...」と呆れながら上衣を肩にかけると、「ありがとう」という一言が煙と共に吐き出され、沈黙が訪れる。深夜の静けさに巻紙と葉がチリチリと燃え行く音と、煙を吐く彼女の吐息だけが静かに響く。暫くするとそれも止み、指で挟んだ吸い殻はこっそりと忍ばせていたらしい発泡酒に空き缶の中へと消えた。じゅっ、と残り火が液体に抱擁される音を耳で拾っていると、突如彼女の背中が倒れて来た。太ももに彼女の肩と頭の重さがかかったかと思うと彼女は私を見上げた。月明かりの無い夜を灯すのは近隣に立っている街灯で、その蒼白い光を浴びてもなお彼女の目は仄暗い。その瞳を見つめながら「どうかしましたか」と尋ねると彼女はすぐさま口を開いた。

「...さっきの私の話、小説のネタにしていいよって言いたかっただけ」
「と、いいますと」
「色々話した内容諸々全部ネタとして使っちゃってもいいよって意味」

えへへ、と笑いながら言うと、彼女は縁側の外へと投げ出していた足を上げ、私に預けていた体重をすぐ横の柱へと預けると折り曲げた脚を抱えた。

「...あの話をネタにできるとお思いとは...小生も甘く見られたものですねぇ」
「えぇ〜 いけると思ったんだけどなぁ...売れっ子作家は手厳しいね」

いわゆる三角座りをして愉快そうに言う目の前の彼女。一歩、私は歩を進め彼女の横に行くと、しゃがんで膝を立てて彼女を見つめた。見下ろしているのは変わらないけれど、さっきよりも近くなった距離に彼女は「どうしたの?」と首を傾ける。

「...貴女の話が全部嘘ならば使って差し上げますよ、と言いたかっただけです」

そんな彼女の瞳を真っ直ぐに見つめながら言う、すると途端にふふっと彼女は吹き出した。

「何を言いだすかと思えば...!夢野先生ってば可笑しなこと言うのね!」

あはは、と彼女は肩を震わせて、俯き声を上げて笑い続けた。......けれど笑い声は次第に小さくなり、遂には何も聞こえなくなった。目の前には俯いたままの彼女。そんな彼女の両頬へと手を伸ばすと湿り気を帯びていて、ゆっくりとその顔を持ち上げる。彼女は泣いていた。顔を濡らし声を殺した彼女の瞳にはたくさんの涙が溜まり、鈍い光を浴びたそれは頬に跡を残しながら伝い続ける。

「....ゆめのせんせい、」
「なんでしょう、」

声を殺していた彼女が発した初めての声音は形容し難く、敢えて形容するとすればそれは泡沫の如しだった。水面に浮かんでは跡形もなく消えていく、彼女もまた、その涙の中に呑まれ消え去ってしまいそうだった。底のない暗闇を背に泡を精一杯泡を吐き出している。嗚咽を交えた声に、今にも崩れてしまいそうな彼女を心ごと掬えたらと、揺れる瞳を映し続けていると彼女の腕が伸び、そっと抱き寄せられた。

そして私の耳元で今にも消え去りそうな声で言ったのだった。


「....ぜんぶ、ぜんぶうそだよ、げんたろうせんせい、」