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おやすみモードはお休み中



ひゅっと、目の前に映った画面に息が詰まった。寝ぼけた頭の裏がサーっと冷たくなり、手が震え、手にした契約縛りが後一年強残ったガラケーがポスッと布団の上に、激しく起き上がった私とは対照的に寝っ転がった。

(あ...ぁ.....やっ.....ば.......)

こんなに焦ったのはいつぶりだろうか。...そう、あれは中学生の頃の臨海学校、当日に寝坊して半ば泣きながら学校に向かったあの頃の感覚に似ている。結局30分遅れてしまい、学校に着くや否や担任兼体育教師の野田に烈火の如く怒られビンタされたけれど、私と言う1人のためにみんな待ってくれていた。“手を差し伸べよう、一人残らず”という学校の校訓をまさにこの身で痛いほどに体験した私だったが、後々先輩に聞いた話によるとあの校訓はゆとりの煽りを受けて無理に変えた物らしく、以前は“鍛え、扱き、叩き上げよう、一人残らず”だったらしい。前から“一人残らず”の物騒さに若干の疑問を持っていた私はこの時初めてその解を得た。てか、ビンタって前の校訓滲み出てないか?
なんて、過去を回想した所で野田やクラスメイトは待ってくれていても布団に身を沈めたガラケーの画面に映るCメールの送り主はもちろん待ってくれてないし、そもそも待ってくれてるはずない。

「10/20 23:47 件名 ねぇなまえちゃん  なまえちゃん、起きてるかな?今から呑まない?.....あぁ...あああああーッッッ!!!!」

一回見ただけですっかり送信日時時間件名すらも覚えてしまったCメールの内容を自ら復唱してみるも、傷が抉られて辛いだけだった。私は叫んだ勢いのまま冷蔵庫を開け、紙パックのまま大好きな桃水を仰いだ、ぶち撒けた、むせ返った、泣いた。


「はよぉ〜なまえちゃん」
「いいですよね姫野先輩は早川先輩のことくらいしか悩むこと無さそうで」
「挨拶も無しになにそれ〜」

登庁一発お目にかかった姫野先輩はそう言うと、ドッと肩パンしてきた。かなりずっしりと入ったそれに「いったぁ〜!?」とオーバーリアクションを取ることで「もう姫野先輩ったら〜お返しっ!」とコミュニケーションを図ることは叶わず、「うっ...」と呻くことしか出来ない。いやまあ開口一番八つ当たりまがいのセリフを吐いた私が全面的に悪い。「うう...桃水を零した患部に響く...」と呟いた私に「なにそれ?」と反応をくれた姫野先輩と重なって「なまえちゃん?」と、アドレス帳の登録名:麗しきファムファタールの御声がした。


「マッマッ...マキッマキ」
「あっ、マキマさ〜ん!おはようございま〜す!」

ちゃんと最後までマキマさんと言いたかったのに、姫野先輩の声でぶつ切りされたおかげで何だか童謡みたいになってしまった。ひ〜とマキマキ、ひ〜とマキマキ、お〜して、ひ〜いて、かっけひき!なんつって!

「じゃあ私急いでるんでお先です〜」

私が糸巻き巻きならぬ、人マキマキの名替え歌を創造してる裏で姫野先輩はそう言ってそそくさと去っていった。姫野先輩、対マキマさんになると行動スピード1.5倍速になるんだよね、なんでだろ。

「なまえちゃん、おはよう」
「おっおっおはようっ...!です...」

一方の私は0.8倍速になる。マキマさんを目の前のすると世界がゆっくり動く。なのに頭の中は常にテンパってて朝の挨拶すら詰まってしまった。でも仕方ない、だって“なまえちゃん、起きてるかな?今から呑まない?”砲、通称“起・今・呑”砲がぶっ放された傷が癒えてないのだから。因みに砲弾の名前はメールから本名を除く漢字だけを抜き出して、コッテリ目に仕上げてみました。漢字ってカロリー高そうだもん。

「あっあっあの....!マッマキッマキ」
「そう言えば昨日はごめんね?」

起・今・呑砲で先制されてるから今度はこっちの番だと、きちんと謝罪を述べようと思ったのに、またマキマキで言葉をぶつ切りされてしまった。ひ〜とマキマキ、ひ〜とマキマキ、お〜して、ひ〜いて、かっけひき!と皮肉にもさっき造った名替え歌の中毒性の高さが仇となって脳内に呑気に人マキマキソングが流れる。こんな名曲作っちゃった自分を今だけは呪いたい。てか私今日まだまともにマキマさんって言えてなくない....!?

「昨日は寝てただろうにあんなメール送っちゃって」
「いっいえ!寧ろ私こそ起きてなくてすみませんでした!いつもはケータイの糸通しゲームを血眼でやってるんですけど昨日に限って早く寝ちゃって!本当にすみませんマキ」
「へぇ、そんなゲームあるんだ。是非私にもやらせてね?」
「はい!」

まただ、またマキマさんって言えなかった。何、今日はそういう日なの?世界で私だけマキマさんって言っちゃいけないDay?深夜の飲みの誘いを無視した私への罰?いやでも幸いマキマキで切れなかったから人マキマキの歌は流れなかった!セーフ!...なにが?

「...それにしても昨日に誘った日に限って早く寝ちゃってるなんて...タイミングってあるんだね」

巡回開始まで時間あるから私の部屋で糸通しのゲームやらせて?と言われて、マキマさんの部屋に向かってるその道中でマキマさんはこと無さげに言った。本当にその通りだ、普段は基本24:00回らないと寝ないのに...!って思ったらまた悔しさと後悔と申し訳なさで今朝の桃水の古傷が傷んだ。結構冷たかったんだよね、あれ。

「またお誘いしちゃうかもだから次こそは起きててねなまえちゃん?」

私の一歩前を当たり前のように歩く彼女は振り返ってそう言った。公安本部の大窓から差し込む朝日に照らされた赤毛は揺れながらキラキラと輝く。私を見つめる表情こそは普段と変わらないけれど、そのミステリアスさも彼女の魅力の一つだ。姫野先輩はこの前酔った時仏頂面女!って叫んでたけど...えっ、もしかして姫野先輩ってマキマさんのこと.......

「着いたよ。じゃあ早速やろうか、糸通し」
「はい!糸通しも糸巻き巻きも人マキマキもやっちゃいましょう!」
「人マキマキ?」
「あ、ミスです」

姫野先輩に浮上した可能性を振り払うように勢いよく返事をすると余計なことまで口走ってしまった。姫野先輩には後でコーヒー奢ってもらおう。
その後マキマさんと就労時間開始ギリギリまで糸通しを楽しんだ私は今朝とは違ったウキウキ気分のままに悪魔を殺り、スッキリした気分で帰途に着いた。その3日後、また今日に限って早く寝ちゃったDayに限ってマキマさんから深夜の飲みの誘いが来て、またまた朝からゆとりの校訓と野田ビンタを思い出し、桃水を浴びることになるとは知らずに。