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冷炎に焚べる



ふぅっと吐き出した白い煙が宙に浮かんで霧散する。その様を姫野はバルコニーと呼ぶには地味で無機質な公安本部の一角でぼーっと眺めていた。その煙がコンクリートジャングルの景色の中に溶け込む前に再び唇へと煙草の筒が向かい、その手には一切の迷いが無い。すぅ......肺へと煙を送り込むように深く、深く吸い、そして吐き出した。

「っあ、姫野先輩だ」
「おや、なまえちゃんじゃん。久しぶり」
「お久しぶりです。部署が変わるとやっぱり全然会えないものですね」

姫野は久しく会った後輩のなまえを前に手にしたタバコを筒状の灰皿に落とそうとしたが、なまえが胸ポケットからタバコの箱を取り出したのを横目で確認すると、灰皿まで伸ばしていた手を再び口へと持って行った。

「なまえちゃんのせいでうんっと遠回りしちゃったじゃん」
「...?」

なまえは慣れない手つきで唇に挟んだタバコにライターで火を灯すと不思議そうな顔で姫野を見た。「最近吸い始めたの?」という野暮な質問は投げず、ただ吸った煙を口から吐き出す様を姫野は眺めた。

「美味しい?」
「...唇が甘いです」
「その銘柄甘いやつだもんね」

なまえのタバコのニオイは小学生の時調理実習で作った、べっこう飴に似ていた。鼻腔を伝い喉に張りついて離れないニオイ、じわじわと炙られ、食欲を焦らす香りを放つ、少年少女を惑わすには十分すぎるくらいに蠱惑的な、甘ったるいざらめ砂糖の香り。懐かしい記憶の目覚めによるノスタルジックな心持ちは吐き出す息を重くさせ、姫野は結局まだ半分ほど残ったタバコを灰皿に投げてしまった。

「そういえばなんですけど、」
「うん」
「姫野先輩ってマキマさんのこと嫌いでしょ」
「え?」

突然投げられた質問に姫野はあっけに取られたが直ぐに「ほぇ?なんでそう思うの?」と茶化すように言った。その反射神経はデビルハンターを長く続けるに値している。そんな姫野に対してなまえは、口許をゆるく上げながら「女の人って単純だから嫌うものでしょ。...好きな人の好きな人を」と言い、唇を舐めると再びそれを口にした。

「ほぉ〜、なまえちゃんも言うねぇ。......まああんな糞女やめりゃいいのになってぶっちゃけ思ってるよね〜常日頃〜」
「姫野先輩もなかなか言いますね」

ふふっとなまえは声を上げて笑いながら言った。それと共に漏れる白い息は曖昧な模様を描きながら空気に溶けて行く。

「そんななまえちゃんはいるのかな、」
「えぇーっと......私の好きな人、ですか?」
「なまえちゃんの好きな人に、好きな人、だよ」

一方的に挨拶無く心中を暴いてきたなまえ、加えて笑顔まで寄越してきて、一方的にやられっぱなしになっていることに姫野は少し腹を立てていた。だから、意地悪く遠回しに、さっき灰皿へと落としかけた煙草を再び口へと付けたように、姫野はなまえに問うた。

「はい、いますね。...私もその人が憎くて仕方ないんですよ。気持ちをちっとも解っちゃいない」
「へぇ、なまえちゃんも意外と単純なんだね」
「女ですからね」

なまえはそう答えると煙草を灰皿へと押しつけた。ぐりぐりと、まだ長さのある煙草を必要以上に擦り潰す。

「本当に憎い。クールぶってて、今の距離感を受け入れてるくせに気持ちには一切気づいていない、普通じゃあんなのあり得ない...本当に本当に......いけ好かない男ですよ」

なまえのことも暴くことでやっと姫野の中で溜飲が下がる、そのはずだったが、なまえの口から確かに紡がれた一言に姫野は「おとこ?」と反射的に呟いた。そんな姫野と、話し終えると同時にやっと煙草から手を離したなまえの視線が自然と交わる。

「ね、姫野先輩、あんないけ好かない男やめたらどうですか」

ジッと姫野の黒目がちな瞳をなまえは真っ直ぐ一直線に見つめる。甘く焦がされた紫煙の名残と姫野を見つめるなまえの眼差し。

「.....残念だけど、ハズレだよなまえちゃん」

この空間にこのまま酔ってしまった方がいっそ楽なのかもしれない、そんな想いを追い払うように姫野はその瞳を真っ直ぐに見つめたまま、ポケットからタバコの箱を取り出してなまえへと笑みを向けた。

「だってその人はいけ好かない男じゃなくて、優しくて、かっこよくて、心が真っ直ぐで......どこまでも普通の男の人だから」

姫野が徐になまえへと伸ばした手、その中には一本のタバコがある。

「次会ったらさ、肺まで煙を送る吸い方を先輩が教えてあげる」

言葉と共になまえへとそれを送ると姫野は窓を開け、後ろ手に閉めてバルコニーを後にした。

「...是非お願いします」

最後締め切る寸前、消え去るように聞こえてきた言葉。それに対して姫野は、扉を閉じた後ろ手をそのままに親指を立てたのだった。