「こうして会うのは久しぶりだね」

くるりと身を翻して彼女は笑った。薄暗くて冷え切った空間だった。周りを見回して、彼女に視線を戻す。忍服を着たその姿は、任務の最中の忍そのものだった。しかし彼女に殺気もなければ警戒心もない。そのせいなのか、こちらも身構える気にはなれなかった。ただ、彼女の腹部の辺りで何かがキラリと光る。あれは何なのだろう。
それにどうやってここまで来たのかはよく覚えていない。ただ気付いたらそこにいた。目の前に彼女がいた。風に揺られて木々がざわめく。ざらついた音が聴覚を支配する中、彼女の高いとも低いとも取れない声が響いていた。時折視界に映る彼女の姿がブレる。何故か視界が霞んで見えなかった。雨は降っていない。薄暗いだけである。しかし奇妙なまでに視界は悪く、彼女の声もまた届きにくいものであった。

「元気、って聞くのはやっぱりおかしいかな」

笑いながら紡がれたであろう声が文字として届く。果たしてこんな時にこんなところで何をしているのだろう。木ノ葉は今、大蛇丸と砂の裏切りにより大惨事だというのに。ただ三代目の命と引き換えに壊滅は免れたらしい。それでも里の忍は皆里を立て直す為の作業に明け暮れている。隣国との会談に大名との会議。次代の火影の話。崩壊した建物の修理。食料の調達。国境の警備。葬儀の準備。三代目の葬儀を明日に控え、多くの人間たちが労苦を強いられているはずだ。だというのに、この女はこんなところで何をしているのだろうか。こんな時に、俺を殺しにでも来たのだろうか。
ふと遠退きそうになるなる意識に、頭を振った。彼女は笑う。

「長いこと寝ていたせいで体が鈍ってしまったみたいで」
「……」
「起きた途端に里があんなことになっていたから、思わず飛び出してきちゃった」

彼女は眉を下げ、困ったような笑みを表情に貼り付けた。そこに憎悪は見えない。不自然なまでに落ち着き取り払った様子で、情けない笑みを張り付けていた。それが至極不気味にも見える。先ほどから一言も発せずに立ち尽くすだけのこちらの存在に、彼女は苦笑した。そしてゆっくりとこちらへと足を動かす。彼女の腹部の辺りで、何かがキラリと白く光った。あれは何だろうか。

「ああ、そう、サスケ君。久しぶりに会ったの。大きくなったよね。試験でも大活躍だったみたい」
「……!」
「嗚呼、でも、イタチも見ないうちに背も伸びたね。昔は私と同じくらいだったのに。すっかり大人になっちゃたね。何年ぶりになるのかな?」

一尺ほどの距離を置いた場所に彼女は立ち止まる。ほとんど目の前にあるはずの顔が、何故がブレる。昔はほとんど変わらなかった背の高さも、今の彼女は目線一つ分小さかった。肩も小さく薄く見える。顔色も奇妙なまでに青白く見えた。
間をおいて、7年ぶりだと彼女に返す。少しだけ驚いたように目を丸くした後に、彼女はだったら仕方ないなどと言葉を紡いだ。風に木々がざわめき、ノイズが混じる。彼女の腹部の辺りから伸びた白い何かが、キラリと光る。これは何なのだろう。

「でも、昔と比べると痩せた? いや、やつれたのかな」
「……それはお前の方だ」
「あはは、私は元気だよ」
「……」
「そういうところは変わらないね」
「何の話だ」
「優しいと、損をするでしょう?」

一瞬だけ陰る瞳。その顔色は青白いよりも、紙のように真っ白で無機質のもののように見えた。ザワリと冷たさが背を這う。枯れ葉が舞い視界を遮る。彼女の言いたいことも分からず瞠目すれば、その口元が歪に歪んだ。それからそらすように視線を下に落とす。彼女の腹部の辺りから伸びた何か白いものがキラリと光った。何なのだろうか。
風に揺られるままに、それは光る。時折鋭利に。時折鈍く。
――違う。
それは腹部から伸びているのではない。腹部に食い込んでいる。

いや、突き刺さっている。

「……!」

息を飲む。無意識に一歩後退り、その顔をただ愕然と見た。彼女はただ情けない顔で笑う。頬を一縷の水滴が滑り落ちた。雨だ。頬を、瞼を、肩を、体を。凍えるように冷たい雨粒が打ち始める。徐々に雨足は激しくなっていく、視界はぼんやりと霞んだ。すると不意に、頬に氷を思わせる冷たい何かが触れる。

「無理はしないでね」
「!」
「私は、なんていうか、イタチほど賢くないから、こんな形でしか誠意を示せなかったけど」

彼女の腹部は徐々に赤に染まっていく。ジワリと広がり、滲んでいく赤は、どす黒い雨雲を映したかのようだった。

「どうしてもね、見つけられなかった」
「何を」
「嫌だなって思い直したころには、なんていうのかな、動かなかったし、冷たかった」
「name」
「はは、なんか、恥ずかしいな。ほんとはイタチが帰ってきた時、偉そうに説教するくらい」

彼女は言葉を切る。
瞳孔が開き切っていた。

「今では」

後悔しているよ

彼女の瞳がひび割れる。
辺りが白く光った。大きな破砕音にも似た地響きが体に伝う。反射的に動けなかった。彼女は雷鳴を合図に背を向けた。ゆっくり、ゆっくり。先の見えない黒い向こう側へと歩を進めていく。その背中はとても小さかった。
動くことも忘れてそれをただ茫洋と見詰める。彼女の腹部に突き刺さっていたのは、白い日本刀のようなものだった。



それから、マダラから彼女≠ェ木ノ葉崩しの際に命を落としたことを聞いた。いや、正確には三代目の後を追い殉死したそうだ。
もともと体があまり丈夫ではなかった。しかし忍として生きることに価値を見いだし、一時期彼女は俺の部隊に配属されていた。だが、もう1年ほど前から満足に動くこともできなかったそうだ。薄暗い部屋で、必要最低限の人との交流の中で、彼女は何を感じていたのだろう。病で失われつつある体の機能に、彼女は自身の未来に失望したのだろうか。
彼女は優秀な武器職人の家系の出自だった。自らの手で作り上げた白い日本刀を特に気に入っていたらしい。

そしてそれで腹を掻き斬り、死んだ。

俺が彼女に会った前日のことだそうだ。





20100409
修正20121127


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