※現パロ


死んだそうだ。好きだった男と一緒に。酷い話だと思った。

彼女とは大学で同じ学科であることをきっかけに知り合った。たかだか三十人程度しかいないのだから、否が応でも全員の名前は覚えてしまう。年に何回か行われるイベントや、学科のみでの活動。その中での人間関係は、自然と近くなくとも遠いものでもないものになる。彼女と交友があったのはそれ故の延長線でもあった。
彼女は比較的大人しい人柄でもある。きつい化粧を施して派手な匂いを撒き散らす女性とは真逆だった。しかし人付き合いはそれなりで、友人もいたし特に内気というわけでもなかったのだろう。

声をかけたのも、彼女からだった。

同じ講義を受けていたのがきっかけだった。「ここ、いい?」と椅子を一つ挟んだ俺の隣に彼女は座った。彼女はどの講義でも、どの部屋でもその位置に座っていた。前から三列目の、一番窓際の席である。その席は外の、校門の景色がよく見える場所だった。わざとその席の近くに座ったこともある。
彼女はいつも何を見ているのだろう。
気になって、その後ろの席に座って外を見た。前に座る彼女が外を見ているタイミングに合わせて、だ。
見えたのは、朱い髪の青年だった。年は同じくらいに見える。遠目ながらも綺麗な容姿をしているのがわかる。傍らに露出度の高い派手な女性もいた。その様子は遊び好きな男と女だ。彼女は彼を見ているのだろうか。しかし何故。興味のない他人のことなど人は見やしない。なら彼女は。思うと妙に虚しくなった。

「うちは君は彼女いないの?」

カッコイいのに勿体ないね。いつだったか、苦笑しながら彼女は言った。偶然食堂で会ったときだ。なんとなく近くに座り、どんな話をしていたのか、そんなことを彼女は言った。

「お前はどうなんだ」
「いないよ」
「……」
「あー……いや、うん、本当はね、結構長いこと片思いしてた幼なじみはいるんだ」
「告白しないのか」
「彼、変わっちゃって。女遊びが酷いの。嫌になっちゃうよね。」

困ったように彼女は笑った。反面、ひどく悲しんでいるようにも思えた。そんな男、忘れてしまえばいいのに。
しかしその男の存在は、彼女の心臓にしつこくこびりついていた。彼女の視線はいつだってあの男を探していた。諦められないのだろう。そんなこと、一目瞭然だ。他人をあてがったところで、どうにもならない。彼の存在を記憶から洗い流そうとするなら、削ぎ落とすしかないのだ。
なんて不公平なのだろう。
彼女を幸せにできない男が彼女の想い人なのだ。幸せにできないのに。だがそれは俺にも当てはまることだった。
ただ願うしかできない非力な人間だ。

彼女とは以来ずいぶん親しくなった。だがそれは「友人」という枠組みに無理に押し込められたものだ。それでも良かった。休み時間に話せることも、一緒に昼食を食べることも楽しかった。土日はレポートが終わらないと手伝ってやった。テスト前には一緒に勉強もした。平凡で、ありきたりな時間。卒業まで、こんな毎日が続く。
そう思っていた。

だがそれは唐突に訪れた。携帯のバイブがメールの着信を知らせる。彼女からだった。内容は「ありがとう、さよなら」の二言。意味が分からなかった。一方で「さよなら」の文字に不安でたまらなくなった。明日、明日会ったらその理由を聞けばいい。気休めの言葉を繰り返した。

そして翌日、近くの公園で男女が刺殺されたというニュースが流れた。いや、正式には心中なのだろうか。殺された男はナイフで女を、殺された女はカッターで男を刺したらしい。あらかじめ約束していたのか、それとも偶然なのか、互いに互いを刺し合い、二人とも絶命した。

死んだ女は、彼女だった。

死んだ男も、いつも彼女が見ていたあの朱い髪の青年だ。それをわかった瞬間に思ったのは、何故、ということだ。恋人でもないのに。何故。分からなかった。
たった刃物一つで、その間違った使用用途で、彼女はこんなにあっさり死んでしまった。昨日、「また明日」なんて笑っていた彼女が、だ。何故。
込み上げた嫌悪感が喉を圧迫する。彼女の葬儀に参列して尚も、俺には彼女が命を落とした理由がわからない。棺に横たわりたくさんの花に埋もれながら目を閉ざした彼女の死に顔を、俺はきっと一生忘れることはできないだろう。

死んだんだ。好きだった男と一緒に。酷い話だと思った。

よくよく考えれば、酷いのは彼女も一緒だ。そうだ。酷い。彼女の葬儀が終わって数日経って尚、俺の中でこびりついた彼女の存在は消えない。彼女が座っていた席を無意識に見ている。もう二度とそこに彼女は座らないのに。無性に泣きたくなって、講義を抜け出した。

そして誰もいないキャンパスの中庭に出て、ベンチに座った。携帯を取り出す。彼女が最後に俺に送ったメールを読み返した。「ありがとう、さよなら」たったの二言。悲しくてたまらなかった。携帯を握り締め、身を屈める。きつく目を閉じた。

ああ、本当に彼女はずるい。
これではとても不公平だ。
なんて酷い話なのだろう。
知らない間に知らない男と一緒に消えてしまうなんて。
酷い話だ。
だって、俺が好きだってことも、お前は知らないんだろう?



メールの返信ボタンを押す。指は無意識に動いていた。たった六文字を押すのに、指は震えていてたまらなかった。受け取る相手もいないのに、俺は送信ボタンを押す。数秒後に現れた送信しましたの文字に、視界が滲んだ。




好きだったよ





遺書に返信したって、返事は来やしないのに。





20100905
修正20121118


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