「『ひいらぎ』って『痛み』って意味があるんだってさ」

細く骨格が強調された腕に包帯を巻きながら、そんなことを思い出して呟いた。彼は私の言葉ではなく、私が包帯を巻く手を止めたことに訝しげな顔を張り付ける。確かに言葉を交わしたのは今日が初めてかもしれない。利己の寄せ集めのようなこの組織で、パートナー以外の人間との関係は非常に希薄だ。偶然アジトで会ってもまともな挨拶を交わすほどの親交もない。『仲間ごっこ』がしたいわけではないのだから、当然と言えば当然だ。私も例外なくそういった人間の集まりの一員で、ステレオタイプで見れば間違いなくそう人間である。先日組織に入ったばかりの目の前の少年にとっては、それが顕著に認識されてるのではないだろうか。

「……そう、ですか」

興味も無さそうに、彼は言った。ひどい顔だ。隈は濃く目元に刻まれ、顔色も青白い。おそらくもとから色白なのだろうが、不気味なほど不健康に見える。体調不良なのは一目瞭然だった。
今回のこの怪我は、それ故のものだろうと言い訳がつくほどだ。

「ここに来てからまともに寝てないし、食べてないんでしょ? そんなに気を張らなくても、食事に毒を盛られるようなことはないし、就寝中に命を狙うような『仲間』はここにはいないよ」
「……貴女が、どうして」
「兵糧丸しか食べてないって鬼鮫さんから聞いたから」
「……」
「何も食べないよりましだけど」
「……」
「ねえ、死にたいとか考えてるの?」

顔をそらすイタチ君に眉を顰めながら、止めていた手を再び動かし始める。後2、3程度巻けば終わりだ。だが、それでは終わった途端にこの子に逃げられそうだ。リーダーや小南を始め、鬼鮫さんから頼まれたのだ。最低限の健康を保てる程度の精神的回復をしてやってくれと。自分で言うのもなんだが、組織の中では1位2位を争う非戦闘員だ。要するに暇人なのだ。そんな私には少年の相手は打って付けだった。手懐けてみろ、とは言われたが、年の割にここまでませてるとなると私みたいな悪い意味でお人好しな人間はわずらわしいだろう。喉元まで出かかった溜め息を飲み下し、包帯を止める。

「ひひらくのは、案外傷じゃないのかもね」
「……」
「柊って花知ってる? 『ひひらく』、つまり痛みって意味だけど、柊の葉の棘の痛みから来てるんだって。私の家では、柊を痛みの象徴としてた」
「……」
「イタチくんの柊は、どんな花を咲かせているんだろうね」
「さあ」

その人が抱える痛みが柊ならば、その花は痛みを象ったものだ。彼の痛みは一体どんなものだろうか。
ほの暗い彼の瞳が、ゆっくりと私に向けられた。
それはきっと、見えもしない井戸の底を覗きこむような好奇心だ。どんよりと淀んだ虹彩も、暗く濁った瞳孔も、彼の「生きる」ことに対する絶望を映している。この子の罪はほかのメンバーから一応聞いてはいる。しかし、ここまで憔悴するほど落ち込むのならば、彼は何故同胞を手にかける決意をしたのだろう。
何故、忍になったのだろう。
ただその瞳に柊を刻むだけならば、いっそのこと死んでしまった楽なのではないだろうか。

「オレは」
「!」
「オレは、死にません」
「……そう」
「死ねません、まだ、死んでは駄目なんです」
「……」
「まだ、眠っては駄目だ」

ゆっくりと顔を覆いながら彼は呻くように言った。それが彼が、罪人になる自身にかけた制約だろうか。身を小さくし、頑なに私を拒絶するように、うつむいた彼の髪をくしゃりと撫でた。肩が心なしか震えていた。

「お腹、空いてるでしょ」
「何も食べたくはない」
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「……」
「ほら、なあに?」
「おにぎり……」
「!」
「母さんが、ずっと作ってくれた。アカデミーに行く時も、任務に行く時も、食べやすいように……」
「わかった」

まだ、13歳の子供なのだ。
彼の口から漏れ出した母という響きに、初めて彼が生きた人間として私の前に存在しているような実感が沸いた。その母親すら自ら殺害した彼の心情など図ること自体が不可能なのだろう。ぼんやりと他人事のように思考を巡らせながら、彼に食物を与えるべき食材置き場に向かう。部屋に彼をひとり残していくのを合図にドアの向こう側からは噎び泣きが聞こえた。


20121111


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