近所の傍若無人な男の子はことあるごとに何故か私に当たり散らすとんでもない暴君だった。

それは初めて彼に会ったときだ。出会い頭に「しね」と投げつけられた暴言から始まった。もちろん私が生まれつき兼ね備えていた「いじめられっ子」としての気質や自身の頓馬さ、要領の悪さは否定しない。それに対し彼は頭が良く、一族内で期待されるほどの才能の持ち主であった。挙げ句の果てに才色兼備ときた。確かに私みたいなのと同じ血が流れているなど許せないだろう。
擦れ違えば「バカは嫌いだ」と転ばされ、目が合えば「弱いものは醜い」と凄まじい形相で睨まれ、仕事上仕方なく声をかければ「しね」と殴られた。
この間戦場から帰ってきた時なんか、万華鏡写輪眼とかいう一族の国宝レベルの瞳術を手に入れたらしいのに、何が気に入らないのか、わざわざ私のところに来て泣くわ喚くわ罵詈雑言を吐き散らすわ暴れるわの大惨事だった。極めつけは「オレに従え」とか訳の分からないことを言い放って火遁をぶっ放した。信じられない。木造建築の我が家は彼の火遁により、ものの一瞬で炭と化した。騒ぎは彼の弟が彼を回収したことにより鎮静したが、我が家はそうはいかない。新居がすぐに見つかるような展開もあるわけなく、おかげで今は野晒しに耐えながら1人雨に怯える日々を送っている。

これらの仕打ちに常々思うが、私が一体何をしたっていうんだ。言ってはなんだか心当たりは皆無だ。あったとしても彼より数倍優しい彼の弟に愚痴を零すくらいだ。いや、彼が暴言暴力を振るわなければそのようなことしないのだから、やはり私は無実だろう。
……なんて言おうものなら、「弱い『うちは』は血の恥曝しだ」とぶっ飛ばされるのが目に見える。厄介なことにそんな暴君が一族の頭領になってしまった今、私の味方は極限まで勢力が削がれているのだ。

幼い頃は純真さ故に彼の暴言を素直に受け取っては傷付いて泣き喚いて母に抱き付いた。それが今では何だ。ついにこの心臓の皮もクナイを跳ね返す鋼鉄さと分厚さを手にしたというのか。言われても言い返せる程度のふてぶてしさがついに私自身にも身についてしまった。成長とは恐ろしいものだ。

さっき擦れ違った時もそうだ。
気付かず素通りしたところ、背後から跳び蹴りを食らった。信じられない。何が信じられないって、年々彼の攻撃手段には殺意を感じほどの殺傷能力が加わっている。起き上がるのも面倒でしばらく茫洋と地面と見詰め合っていたところ、慈悲深い声が私にかけられた。これはチャンスだ。地に平伏す私に、偶然一緒にいたらしい彼の弟が駆け寄っては気遣ってくれたのだ。そのまま何となくの流れということにして、彼の弟――イズナくんに愚痴を吐くコースが私の中で確定した。だらだらと他愛の話をしながら、彼の家に上がり、そして今に至った。

「兄さんは、別にnameさんを嫌ってるわけじゃないんだよ」
「いやいやいやいや。あんな親の仇を前にするような仕打ちを好いてやってるのも問題あるけど」
「兄さんも素直じゃないからなあ」
「イズナくんは優しいからそう結論付けられるのであって、あの男の本心なんてどうせ私への殺意で凝り固まってるに違いない」
「難しいね」

困ったな、なんて笑いながら、イズナくんは私にお茶を出してくれた。この子は優しい。そうだ。きっと優しさの配分を間違ったのだ。あの男の優しさは全てこの子が持ってきてしまったのだ。足して二で割ればちょうど良い。
などと考えながらお茶を啜っていたら後頭部に衝撃が走った。比喩とかでなく物理的に。その拍子にお茶が零れ、畳に斑なシミが散らばる。やっちまった。いやでも今のは私悪くないでしょ。

「何するんですか頭領」
「黙れ。勝手に上がり込んできて何をしている」
「これはちゃんとイズナくんの意向のもとでして」
「そうだよ、兄さん。nameさんは僕が呼んだんだ」
「ほら」

その調子だイズナくん。このままマダラを黙らせてしまえ。などと思ったのも一瞬だった。ヤツは写輪眼剥き出しで私にガンを飛ばし、殺意に満ち満ちた声で言葉を吐いた。

「貴様、弟を誑かしたのか」
「え」
「とんだ売女だな。殺してくれる」

何を言っているんだこいつは。売女とか何を見て言っているんだ。私の顔には残念ながらそんな色を売れるだけの体裁はない。自慢ではないが、全くない。

「頭領もついに写輪眼の使い過ぎて視力が落ちるどころか幻覚見るようになりましたか。写輪眼使いが幻覚妄想に憑かれてるんですか。売女とか」
「死ね」
「何故そうなる。ていうかなんで私にそんなに風当り強いんですか。やめてくださいよ」
「オレに口答えするのか」
「聞けよ」

なんて言った直後に彼が印を結び出すもんだから全力で走って逃げた。信じられないことに追いかけてきてる。嘘だろ。冗談だろ。やめてくれ。お前みたいな天才に私みたいなのが勝てるはずないだろ。後方から飛んできた炎に私は改めてやつの殺意を感じた。千手とうちはが水と油だとか言っていたがそれよりも私とこいつが水と油だ。
その後袋小路に逃げ込んでしまった私は、彼から制裁と称した鉄拳を食らい砂利の上に倒れた。殴られた頭より砂利で擦った膝の方が血が滲んで痛々しいのだから何とも言えない。私に被虐趣味はない。やめろ。

「情けない奴だな。せめてもの慈悲だ。手当てくらいしてやる」

え、うそ、やめて。
こいつ絶対精神的にも物理的にも傷口に塩を塗り込むだろ。
倒れた私を上機嫌で担いで自分の屋敷に帰る彼の気持ちなど到底理解できそうにない。
ていうか死ねばいい。



20121024


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