▼或る少女の考察

私のクラスにいる、不思議な人の話をしたいと思います。
彼は窓側の席の一番後ろで、いつも一人でいました。
誰かに声をかけることも、かけられることもなく、いつも一人でいたのです。
私もまた、元来人見知りが激しく内気な性格だったので、彼に自分から声をかけるということはありませんでした。
誰かと一緒にいるわけでもなく、ひたすら一人でどこか遠くを見ている同級生。
周りの同級生たちが、どんなに年相応のありきたりな話や手持ちのポケモンの話をしようと、彼はその輪の中に入ろうとはしませんでした。
笑い声や話し声が響く教室の中は、彼の周りだけは常に無音に包まれていたのです。
彼は馴れ合いが嫌いだったのかもしれません。

また、そこらへんが由来してたのでしょう。
始業式の日の付近は、よく彼に話しかける同級生がいたのですが、最近はまったく見かけなくなりました。
始業式だからこそ珍しくないひとりぼっち≠ヘ、夏休みを跨ぐと異質な存在へと変わったのです。

例えば、そう。
鉄が時間をかけて酸化して錆びるように。
ひとりぼっちは時間をかけて敬遠の念を募らせ、存在は忌み嫌われるものになってしまいました。

彼に対する変な噂も流れるようになりました。
片親だとか。
だから悪いことに手を出してるとか。
何か病気を持ってるとか。
どれも根も葉もない噂です。
私の友人もまた彼を敬遠していたので、それらはすべて彼女から聞いたことでした。
人間とはなんて浅ましいのでしょう。
しかし私もそれらに反論する勇気も術もない、無力で卑怯な人間でした。

ただ、転機は何の前触れもなく訪れました。
二学期の半ばで行った席替えで、私は彼の後ろの席になったのです。
私はもちろん彼を意図的に敬遠していたわけではありません。
しかし周りの目に怯えるあまりに、臆病な私は無意識にもそれに近い行動を取っていたのです。

前から順に回されるプリントを、如何にも嫌そうに受け取ったり、目を合わせまいと俯いていたり。
思い返すととても滑稽な行動だったと思います。
私は周りの人間に奇異の目で見られるのが嫌で、わざとらしくて馬鹿馬鹿しい自己満足な行動を取っていただけなのです。

こうしてみると、私がまるで彼を嫌っているように思われがちですが、私自身はまるで違います。
私はむしろ、彼を好きとまではいかなくても気にかかっていました。
彼の後ろの席になったときだって、実は嬉しかったのですから。

華奢に見えた薄い肩も。
遠目に見てた以上に広い背中も。
風に透き通るような白い肌も。
柔らかく揺れるアイビーグリーンの髪も。
ビリジアンの瞳も。
全ては嫌いではありませんでした。
むしろ好きだったのです。
しかしそれが周囲の環境でこんな振る舞いもできるのだから、おかしな話です。

いつだったでしょうか。
初めて、彼から声をかけてくれたときです。
彼がある教師から、私のノートを返却してくれるよう、頼まれただけですが。
嬉しかったのかもしれません。
どうにも心臓がうるさく鼓動を打って、思考に熱が纏わりついて、一日中落ち着きませんでした。

「……シンクさん」

そう言って差し出されたノート。
お礼を言って受け取ったはずなのですが、ちゃんと声は聞こえたのでしょうか。
向けられたビリジアンの瞳がとても綺麗だったのを覚えています。

名前を覚えていてくれたという、どうでも良いことがすごく嬉しかったのです。

「ランス君」

私も自分からそう彼を呼べたなら、どれだけ良かったでしょう。




▼崩れた同慶

話が少しだけそれてしまいましたが、私のいう転機はこれではないのです。

それが些細なきっかけにはなったのは確かでしたが。
その日からどのくらいが経ったのか、私は忘れ物をして放課後の教室に戻ったことがあります。
いつもは神経質にカバンの中を確認するのですが、その日はどうにも気が抜けていたのじょう。
自らの失態に情けなさを感じながら、学校が閉まってしまう前にと、慌てて戻ったのです。

夜7時近くだったでしょうか。
辺りはほとんど暗く、また学校の中は職員室と廊下しか電気がついていません。
遅くまで部活だったらしい生徒数人とすれ違いながらも、校内にはほとんど人がいなかったと思います。
だから教室は誰もいないと、私は安心しきっていたのです。

階段を駆け上がり、まっすぐ教室を目指しました。
無意識にも足早になっていたのは、校内が薄暗くて恐かったからだと思います。
しかし教室のそばにきたところで、私の足は止まりました。

私の教室から、物音がしたのです。

ガタガタと、机や椅子が揺れる音です。
……次いで女の人の声が聞こえました。
悲鳴のような。
でも悲鳴、ではありません。
あの頃はよくわからなかったのですが、今なら羞恥から逃げ出してしまいたくなるでしょう。

教室に入るのが怖くてしばらく廊下に立ち尽くしていると、教室から先生が出てきました。
理科の女性の先生です。
仮にA先生と呼びましょう。
A先生は何故か衣服や息が乱れてました。
そして私を見るなり、顔を強ばらせて去っていったのです。
わけがわからない私は、先生に「さよなら」を言ったにも関わらず、無視されたような寂しさを覚えました。
しかしあまり深く考えず、忘れ物を取りに教室に入りました。

中には、何故か衣服を乱して壁に寄りかかってるランス君がいました。

驚きのあまり呼吸が止まりました。
そしてさっきのA先生が服を乱していたことを思い出し、変な想像に目眩を起こしそうになりました。
しかし現実味に欠けていて、得体の知れない泥ついた感情ばかりが脳内に流れ込んできます。

私が無意識に彼の名前を呼んだのか、それとも自発的なものなのか、彼は不意に口を開きました。

「……あちらが先に襲ってきたんです」
「!」

肩が震えました。
彼のビリジアンの瞳が暗がりに仄白く揺れます。

「すごく気持ち悪い……気持ち悪いですね……」

フラフラと立ち上がった彼は、ガタンと音を立てて机にぶつかりました。
私は何故か恐怖感にとらわれ、音に驚き小さく悲鳴を上げます。
当時はあまりに実感がなくて、何が起きているのか理解できなかったのです。
ただ呆然と立ち尽くしているだけでした。
しかし突然彼に肩を掴まれ、流しまで連れて行って欲しいと頼まれたことに我に返りました。

確かに足元が覚束ない状態では、一人では行けません。
私は彼を支えて流しに連れて行きました。
流しに辿り着いた彼は、吐いていたのだと思います。
私は少し離れたところで、耳をふさいで目を閉じていました。

一通り吐いて、彼はすっきりしたのでしょうか。
しかし青白い顔でした。
そう見えたのは廊下の白い蛍光灯のせいでは、ないと思います。

こちらにその貌を向け、彼は何を思ったのか、ひどく冷め切った笑みを浮かべました。
…その首筋に赤い痣がたくさんあって、私は無意識に視線をそらします。
しかし突然目の前、しかも顔をぎりぎりまで近づけられ、私の体は硬直しました。

「何をしてたのか知りたいですか?」
「……!」
「同じこと、してみますか?」

言われて、血の気が引きました。
私は彼を突き飛ばし、駆け出しました。
教室に戻って、忘れ物を取って、学校を出ました。

家に着いても体が震えていて、夜も眠れませんでした。





20100629




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