「以上が私が知るランスという人物についてです」


私がそう告げると、ワタルさんが険しい顔をした。
彼は、ランスという人物について教えて欲しいと数時間前にここを訪れてきた。なんでもロケット団という、一週間ほど前に事件を起こして解散した組織を追っているらしい。その組織の一員に、彼≠ェいたのだそうだ。
――もう、10年以上経つ。
彼とは中学の時、一時期深く関わった。しかしそれ以上でもそれ以下でもない。彼が実際私をどう思っていたのかなど、私は知るすべを持たないのだ。そして彼は、私の許されない汚点を唯一知る人物である。長い年月を経て、次第に彼は忘却の淵へと埋もれていった。それがまさか、こんな形で引きずり出されるなんて思ってもみなかった。
どちらにしても、これ以上のことは知らない。目の前の男性にそう告げると、彼は少しだけ困ったように小さく笑んだ。

「……わかった。今日はありがとう」
「いえ、何のお力添えもできずにすみません」

席を立つ彼を見送るために、その背中を追う。
……かつて私が追っていた、彼≠フ背中が無意識に脳裏で再生された。
リビングを抜け、廊下を歩き、玄関を抜ける。そうして去っていく背中を見届け、私は深く息を吐き出した。

「ランス君……」

その名を口にするのも、ずいぶん久しかった。
彼は今どうしているのだろう。胸中にシミのような黒い感情が広がる。
会いたい、とは何度か思った。しかしそれ以上に会うのが怖かった。
忘れたことなど一度もない。それは常に黒い靄ののように思考に纏わりついている。ただ同じことをくるくると繰り返すだけの単調な毎日の中で、私は常にそれに苛まれていた。しかしそれが私に架された罰なのだ。
再び深く息を吐き出し、目を閉じる。

何故だか無性に、彼に会いたくてたまらなくなった。





その日も仕事帰りだった。時間帯もあってか、やけに人通りが多い。雑踏にもまれながら、私は家路を辿っていた。
歩き難さを感じながら、人影をかき分けていく。
しかし私の足は、ほとんど無意識に人の波の真ん中で止まった。必然か、偶然か。視界を掠めたネイビーグリーンの色に、私は吸い寄せられるように帰路とは別の道を辿り始める。
その色は知っている色だった。追っている背中に既視感を覚える。
既視感?
違う。
私はあの背中を知っている。
昔、何度も追いかけた背中だ。
必死に追いつこうと早足になる。彼≠ヘどんどん先に行ってしまう。
人にぶつかる。足を踏まれる。荷物が引っかかる。それでも、その背中だけは見失わなかった。

「――!」

それからどれほど歩いたのか、周囲に対する注意が疎かになっていたのだろう。私は勢い良く正面から誰かにぶつかった。体に鈍い衝撃が走る。しかし倒れまいと何とか体勢を直した。……早く追いかけなければ、見失ってしまう。思い、ぞんざいに頭を下げて謝罪する。
そして前を進もうとした時だ。

「!」

何の前触れもなく、緩い体温に体が拘束された。背中に回された腕は今ぶつかった人間のものだ。反射的に顔を上げる。

ビリジアンの瞳が、私を映していた。

息を呑む。それは私が追っていた人だ。心臓が跳ね上がり、言いようのない感情が込み上げてきた。

「……長いこと、よく頑張りましたね」

体温の低い手が、私の手に触れる。そして手のひらに、冷たく固いものがあてがわれた。――モンスターボールだった。
私はただ、眼前にある緑色の瞳を見詰める。彼はただその双眸を細めた。

腕が、体温が離れる。
私はしばらく動けなかった。彼は私に背を向けた。とっさに我に返り、叫んだ。

「ランス君……!」

彼は振り返らず進んでいく。私は走って追っているはずなのに、追い付けない。

「待って、ランス君待って!」

追い付かない。追い付けない。やがて私は、信号が赤になるのを機に完全に彼を見失った。
私と彼が、よく2人で来ていた歩道橋のそばだった。
家に帰ってボールを開けると、中からはムウマが現れた。あの日、彼が私から奪っていったムウマだ。彼は私を、許してくれたのだろうか。胸中に座する罪悪感や負い目は、何一つ払拭されることはない。
それでも私は、のうのうと生きている。何もなかったかのように平静を装う。ただ抑揚に欠けた毎日を繰り返す。社会に埋もれていく。
始まってもなければ、終わってもいない。
私と彼は、そういう繋がりだ。
――だから私はムウマを連れて、思い出の歩道橋へと足を運ぶ。まるで何かに取り憑かれたかのように、何度も訪れた。始まりが、終わりが、私には必要だった。過去に引き止められて動けない。動きたい。彼に会いたい。
歩道橋から俯瞰の景色を見下ろす。遠い日の光景と静かに重なった。


そこに行けば、彼と会える気がした。







/end
20110209




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