▼リピート

首筋に温い吐息が触れました。体の局部が熱を持っています。荒い息遣いとベッドが軋む音が、繰り返し繰り返し鼓膜を突きます。汗に湿った肌が不快でなりません。
裸体を晒し、体を揺さぶる女についぞ吐き気を覚えました。
名前を呼ばれ、嫌悪感が走ります。なんて気持ち悪いのでしょうか。早く終わってしまえと、目を閉じ唇を噛みます。女の声が少しずつ高くなっていきます。ああ、あと、少し。あと少しでこの行為から解放されます。

ふと、何の前触れもなしに頭を過ぎる彼女の姿に、何故か胸の内がギシギシと軋みました。



▼刃物に傾く天秤

赤い夕陽が沁みるように教室に差していました。時刻は5時になります。教室の中は、都合が良いことに私しかいませんでした。他の生徒は皆部活か、或いは帰宅してしまったのでしょう。ひたすら時間が過ぎることを待っていた私は、ぼんやりと自分の席で何も書かれてない真っ黒な黒板を眺めていました。

確かその日は、ランス君の話を聞いて、一週間後ほどだったと思います。

驚いた、と言えば驚いたでしょう。
同情するには充分過ぎる彼の14年間は、しかし当時たったの14年しか生きてない私には理解し難いものがありました。だからといって、彼を軽蔑などしません。むしろ私にとって想像することすら難しい苦痛を耐え忍んでいた彼を、憧憬の眼差しで見ていたのです。
少なからず家庭という逃げ場を持っていた私に対し、彼には逃げ場すらなかったのですから。それを幼心故の滑稽さと言うのなら、私は愚かだったのでしょう。
いくら不幸であっても、それは理由にも弁解にもならないものです。

……そういえば、ここ数日で私のクラスから、事故に遭い入院するという生徒が2人ほどでました。もちろん命に別状はないそうです。
そしてその2人が欠席になってからと言うものの、ずっと続いていた苛めまがいの行為がピタリと止んだのです。思うところがない、言えば嘘になりますが、私には確信もありませんでした。
あの日見た彼の瞳が如何に冷たい色を灯していたのか。最悪の答えを導き出す反面、私は今の何1つとして不都合の起きない数日間に、満足していました。
このまま何も起こらず、卒業する。私はそれ以前に起こった2人の事故を思考から排除することによって、シアワセ≠頭の中に描いていました。

時刻はもうじき5時半になります。

私が教室で時間が過ぎることを待つ理由は、もちろんランス君でした。
彼は放課後、荷物を教室に置き去りにし、どこかへ行ってしまったのです。そうは言っても、おそらく校舎内にはいると思います。別に一緒に帰ることや、待つことを約束したわけではありません。ただなんとなく、私が個人的に彼を待っていたかっただけなのです。

しかしいくら待とうとも、彼は教室には戻ってきません。日も傾き始まっています。私は不安になりました。一週間前に聞いた彼の話が頭の中でくるくると再生されます。
……誰か、女の先生に酷いことをされているのではないか。
以前、夜の学校で見てしまった光景が網膜に浮かび上がり、思考をジリジリと焼いていきます。どくどくと不規則に動く心臓に、目眩にも近いものを覚えました。

私は荷物を持って立ち上がりました。

自分に何かできるだとか、そんな傲慢な考えは抱いておりません。ただ、次々と浮かび上がってくる嫌な予測に、不快感と苛立ちばかりが募っていくのです。それを少しでも紛らわせようと、私は意味もなく教室を出ました。
廊下はだいぶ薄暗くなっていました。
足が無意識に保健室へと向いたのは、おそらく偶然ではないのでしょう。私は朧気ながらも、以前彼が保険医に見せた僅かな表情の曇りを覚えていたのです。

しかし万が一彼がそういったことをされていたとして、私にはどうすることもできません。
荷物を抱え、足音を立てないよう慎重に廊下を進んでいきました。何一つとして気後れするようなことなどしてはいないのに、まるで何か悪いことをしたかのような罪悪感が発露しました。
そして私は、安易な考えで彼を探そうとしたことを後悔する羽目になったのです。

「!」

やはり保健室の前に来たときでした。
ドアノブには先生が外出中だと示すプレートがぶら下がっています。しかし奇妙なことに、保健室のドアは僅かに開いていました。
保健室は、職員室や教室がある北棟ではなく、理科室や美術室などの特別教室がある南棟にあります。そのせいか、放課後は保健室近くは極端に人気がないのです。

――ギシギシと、音が聞こえて心臓が跳ね上がりました。

私に腕に抱えたカバンを強く抱き締め、ドアに近付きます。頭の中で、「見るな」と理性が警鐘を鳴らしました。

中には、裸体をさらす女性と衣服を乱した彼がいました。

何をしているのかなんて、この年になれば、授業などでもそれなりに性知識がついているのでわかります。同時に私は激しい嫌悪感と吐き気を覚えました。
寒いわけではないのに、全身が震え、歯がガチガチと鳴ります。

ああ、早く。早くここから逃げなければ。
――違う。だめだ。ランス君を助けないと。助けない、と。だって、あんなに苦しそう。

そう思うと同時でした。
鼓膜に悲鳴が突き刺さります。
私は驚きのあまり、手に持っていたカバンを落としました。ドサリと鈍い音が時間を止めます。

私は、彼を見て瞠目しました。
同じように、女性も彼を見て瞠目しました。



彼は、逆手に持ったカッターを、女性に振り下ろそうと構えていたのです。






20110112




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