ずいぶんと懐かしい夢を見た。確か、それを夢だと自覚しながら見る夢を、明晰夢と言うのだったか。

7つの帯解で、南賀ノ神社に参拝した時だ。
鬼宿日であるその日は、私が久瀬千草として正式に屋敷に氏子として向かい入れられた日だった。久瀬では、「7つまでの子どもは神の元へ帰りうる」とされている。そのため7歳以下の子どもや水子の供養は転生の妨げにならぬよう、簡素な形で行われていた。また、7歳未満の子どもは神の子とされていたので、形式上は神からの預かりモノとされていた。

だから、戦時中の久瀬では間引きなどよくあったのだ。堕胎も乳幼児や幼子の間引きも、「神のもとへ子を返す」程度の認識だった。

幼い童女だった私は、その日神の元へ返されることなく、久瀬の氏子となった。赤い古典柄の振袖を身に纏い、大きな鳥居の下を目指して、歩いていく。
辺りの木々は、紅く色付きこちらを見下ろしている。地面に敷き詰められていく落ち葉は、乾いた音を立てながら紅を広げていく。こつんこつんと、草履を鳴らしながら歩いていく。螺鈿の装飾が施された巾着を振りながら、私は進んだ。

母さまは何処だろう。
大きな鳥居を潜る。そういえば、鳥居の上には「おとろし」という妖怪がいるらしい。前に屋敷で見た絵巻物に書かれてあった。高いところから見ているなら、母さまを見かけたかもしれない。
鳥居を見上げる。
薄氷の空には、そこだけ色を抉ったような白い月が佇んでるだけだった。鳥居の上には何もいない。

「お前の母さん、何処行ったんだろうな」

不意に斜め上から響いた声に、私はそちらに視線を向けた。同時に右手を柔らかい温度が包み、軽く引かれる。

「おい、泣くなよ。大丈夫だって、見つかるって」

そう、確か、幾つか上の男の子だ。
あの日、参拝した帰りに、私は勝手に母から離れて神社の周りで落ち葉拾いに没頭していた。気が付いたらひとりになっていた。母を探し、神社内を彷徨いていたらところ少年に会い、母を探してもらったのだ。

「大丈夫だよ」

彼は忘れてしまっただろう。
それでも私は、覚えいる。






意識したわけではないが、いつの間にか閉じていた目蓋を持ち上げた。背中や四肢に伝わる柔らかい感触が繊維であることは反射的に理解した。ベッドの上だ。
逃亡を謀ったというほどのことではないが、彼の機嫌を損ねる行動を起こし、不可思議な空間に閉じ込められ、果たしてどのくらい経っていたのだろう。時間も音も何もわからない空間は、皮肉にも安眠には適した静けさだった。雨隠れの雨音も入り乱れた声もない。屋敷を出て以来、感じていなかった静寂に睡魔と疲労で熟睡してしまったようだ。
……しかし今ベッドの上にいることを思うと、いつの間にか元の部屋に戻されていたらしい。
それが優しさによるものなのか何なのかは分からないが、頭はだいぶすっきりした。感謝は一応しておこう。脳裏に右目を覗く空洞を備えた仮面を思い描きながら、ベッドから起き上がった。

「……やっと、起きたのね」
「!」

不意に意識に介入してきた声に、思わず飛び跳ねた。油断していた。どくどくと全身に送り出される血液とさり気ない不快感に、ゆっくりと声の方へ首を捻る。同時に思い出したかのように、辺りは音で埋まった。

「貴女がゼツの新しい部下ね。見張りを頼まれるほどに癖の強い子だって聞かされていたけど」
「え、いや……あの」

……そういう設定なのか。
そもそも捕虜に近い扱いを受けているからか、新しい部下だとか言われてしまうと拍子抜けしてしまう。ゆくゆくはそうなる手筈なのだろうか。
しかし今は彼らが私に与えた新しい部下という役以上に、この男性が何者であるのかが甚だ問題である。
寒気がするほどに青白い肌に、艶やかな長い黒髪がやけに映える。こがね色の虹彩を裂くように縦に割れた瞳孔が、どことなく不気味に映った。身に纏っている衣服がゼツさんたちと同じことから、この人も組織の人なのだろうということだけはわかった。
……しかし、心なしか聞こえる音に悲鳴が多い。あまりそばにいて安心はできない音の持ち主だ。
何にせよ、この男性の声に集中したら頭が割れてしまいそうだった。意識を雨音へとそらす。

「久瀬家の、祭主の家の人間らしいわね」
「あ……はい、一応」
「久瀬では何をしていたのかしら」
「巫女守りを」
「あれは双子の娘の役職って聞いたけど。貴女はいるの、双子の姉妹」
「……いえ、昔はそうだったんですけど、今はもうそこまで拘れないみたいで。2年前までは、先代の巫女守りとお役目を」
「今は1人で?」
「まあ……」
「なら、貴女は『躯(むくろ)』かしら。組織が欲しがるわけね」

ずいぶんと詳しい。
思わず目を瞬かせ、男性を見る。次から次と差し出される問に、どこかだとだとしく答えながら不安を抱く。

『躯』は2人いる巫女守りのうち、一方の役割だ。もう一方は『虚(うつろ)』と呼ばれる。呼び名こそ違えど、2つの役割にほとんど差はなく、躯も虚も巫女の世話をする。唯一の違いは、戦乱が耐えなかった昔は巫女の言葉を民に伝える「表」の仕事が虚には多く、対し躯には巫女の身代わりとしての「裏」の仕事が多かったくらいだ。身代わり、といっても、単に巫女が人前に出るときは躯が代わるだけの話だ。
ただ、年々弱く小さくなっていく家系故に、かつてはその年に生まれた双子の姉妹に任せていた役目も適当に親族が担うことになった。躯と虚がまともに揃うこともほとんどなく、先代の虚と、今躯である私が、代は違えど2人揃っていたのは11年ぶりだったのだそうだ。

……ただ、いくらなんでもこんなに外部に家系の秘密が漏れてて良いのだろうか。ここでの知った顔を思い浮かべても、特殊な人たちの集まりなのはわかる。神事の中心になる巫女の起源や、久瀬のルーツに関して、他人が不自然なまでに詳しく知られているというのはあまり心地良いものではない。

「久瀬の巫女は『人形』だって噂があったわね。年を取らない不老不死の少女だとも」
「……巫女さまが人目に触れることは禁忌ですから。姿をほとんど見せないとそういう噂もあるのかと」
「久瀬の家系が長寿ならば、神事に携わる巫女は特殊な人間でしょう?」
「特殊かどうかは、私にはちょっと……」

言葉の端々から、詮索の意図がにじみ出ている。何もかも簡単に口を開くほど、私も軽くはない。曖昧に当たり障りなく返答しながら、それとなく相手と距離を取った。
こちらの焦燥を誤魔化すように、意識を音に集中させた。くるくると風車のように頭の中を旋回する声に、窓ガラスに張り付いた雨粒の跡を無為になぞる。

「おい」
「!」

不意に部屋に響いた新しい声に、身が強張る。いつの間にかドアが空いている。その向こう側で揺れた影に、男性は深く溜め息をついた。

「大蛇丸、何をしている」
「あら、サソリ、もうそんな時間かしら」
「さっさと行くぞ」

ドアに向こう側でズルズルと何かを引きずる音が響く。視界を掠める異様な影に、息を飲んだ。重ねて聞こえてくる幾重もの声に、後頭部を勢いよく殴られたような衝撃に襲われる。

「ゼツの新しい部下か」
「!」

こちらを一瞥する、サソリと呼ばれた男性にぎこちなく会釈をした。黒髪の男性――大蛇丸というらしい人は、サソリという人に睨まれ、こちらに背を向けて部屋の外へと歩き出した。それにホッと胸を撫で下ろす。家のことを聞かれるのに抵抗が強いせいか、やはりこう質問を投げつけられると居辛くなる。ドアが完全に閉まり、音が聞こえなくなるのを確認し、大きく息を吐き出した。
まだ無言の圧力をかけてくるトビさんの方がマシだ。





20121107
修正20121228




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -