柊は、私にさまざまな夢を見せる。
そのどれもが深い悲しみや痛み、喪失感、罪悪感に覆われたものだ。
目蓋を閉じ続ける限り、それは途切れることを知らずに延々と続く。
私の中で、痛みは繰り返される。
私の中に閉じ込めて、私が蓋として痛みを閉じ込めて、目蓋で蓋をして眠りの中に閉じ込めて、決して外に逃さないよう、私が腕に抱えて。
この痛みが、災いとして外に漏れ出さぬよう、封じるのが私のお役目だと、かかさまが言っていた。

そうして私が、少しずつ「わたし」に成っていく。




珍しいこともあるものだ、と斜め下にある赤い瞳を見下ろした。
先ほどまで千草と話し、わかれた途端にそこを見計らったようにイタチが現れた。声をかけられたわけでも、ましてや呼び止められたわけでもない。しかしこうして目の前に立ち塞がられれば、嫌でも自分に用があるのだと分かる。
……もともと、このアジトまでの道のりをイタチに任せたのは、トビが使い勝手が良いと判断したからだ。確かにこの少年は抱える罪状の割に情に絆されやすい。組織内ですら殺しが起こるのだ。あの娘を任せるには適任だったと思われる。
わざとらしく首を傾げ「何か用?」と少年に尋ねた。とはいえ、ある程度察しは付く。

「あんたは千草がああなることを知っていたのか」
「ナンノ話ダ」
「……」

少年は口を閉ざし、かすかに顔を歪める。年に似つかわしくないその表情に、オビトは子どもらしい子どもだったなどと詰まらないことを思い出した。

「聞こえない、と言っていた」
「千草が?」
「一時的なものだったようだが、ひどく錯乱していた。……あんたの部下で、マダラ直々に拾ってきたものなら報告しておくべきだと思ってな」
「あらら。案外、早かったね」
「トビニ知ラセナクテハナ」
「どういうことだ」
「どうもこうもないよ。久瀬の女の末路。運が良ければ長寿。運が悪いと今まで聞こえていた反動のように音が閉じていく 。千草は後者だったか」

簡単に説明はしてみせるが、やはりこうも早く兆しが見られるとは思わなかった。トビが頻繁に久瀬には赴いている理由もわかる。あの家は今ではすっかり衰退への道を辿り始めている。当主が今の代で久瀬家の血を絶やそうとしているのだから、無理もない。己の血族の終わりを願うなど酔狂な女もいたものだ。
そのため千草は久瀬の最後の子どもだ。
彼女を失えば、おそらく巫女守の存在が消える。役に立つと連れてきたものが、利用する前に消えてしまっては単なる時間の浪費になってしまう。計画の遅延に繋がる。

「……あの人はどうなるんだ」
「さあ。聞いた話では、無音と雑音を拾うことを繰り返しているうちに、心身ともに衰弱して死ぬそうだけど。そこに至るまで個人差が大きいだろうし」
「制御ハデキナクトモ、確実ニ聞コエル内ニ尾獣ノ分布ダケデモ調ベサセテオイタ方ガ良サソウダナ」

音を無差別に拾うだけでも、その里に放り込めば人柱力の特定は容易い。トビは彼女を一度久瀬の家に連れていくと行ったが、その前に砂と雲、岩、滝での調査を行いたい。人柱力の所在は確認しているが、人物は未だ確定していない。特に雲隠れには尾獣が二匹いる。トビの時空間忍術を使えば、早々に事は済むだろう。彼は長期間彼女を使うつもりで連れてきたが、忍として育て上げる時間ももうないだろう。

「……まあ、確かに千草も帰ってきてから妙な感じだったけど。なるほどね」
「久瀬千草は、死ぬのか」
「人間ハ必ズ死ヌモノダロウ。遅イカ早イカノ違イニ過ギナイ」
「……」
「千草ハ戦争ヲ知ラナイ。ソレハヒドク倖セナコトダロウ?」

むざむざと世界に己を殺がれることを知らないのならば、それほどまでにその生が安寧に満ちていることはない。それを知らずに死ぬのなら、それは幸福なことだろう。




「存外、知識に貪欲なお嬢さんね」

適当に座ってと付け足された言葉に、近くにある椅子に腰を下ろす。
薄暗い部屋の中は、数本の蝋燭に照らされていた。
雨音のように響いている雑音に、妙に落ち着かない。
目の前にいる人物の音を聞くまいと音から意識をそらす。
意識の外から響いてくる音に、鈍い頭痛が波打った。

「わざわざ話をしなくても、聞こうと思えば聞こえるでしょう?」
「!」
「貴女たちの家はそうやって今の地位を手にしたのだから」

金色の瞳孔が細められた。
反射的に身が強張る。
風もないのに蝋燭の火が揺れた。
しんと張りつめる室内の空気に、鼓動が早くなる。
……緊張とは違う、恐怖に似た感情だった。

「そう怖がらなくてもいいじゃない。事実貴女はここの組織の一員よ。貴女に害をなせば一応裏切り行為になるからね」
「すみません」
「まるでただの小娘ね」
「でも、私はそうです。何もできません。何も、ただ、聞こえるだけなんです」
「……すっかり落ち込んじゃってるじゃない。あの旅籠でひどい説教でも受けたのかしら」
「え……」

ふとしたように大蛇丸さんが紡いだ単語に、ぎくりとした。
とっさに返す言葉も見つからず、視線を彷徨わせて俯く。
……正直、図星と言えば図星かもしれない。
女将さんが言っていた言葉が頭にへばり付いて離れない。
責められているわけもないのに、何故か糾弾されているような気がしてならない。
この組織に来て、ただ緩慢に過ぎていく時間に任せて生きている自分に焦りを感じ始めていた。
――このままでは失望されてしまう。
脳裏をよぎる赤い隻眼に、ついぞ息が詰まる。

それに、やはり大蛇丸さんも知っているということは、あの旅籠が久瀬と深いかかわりがあることを知って指定されたのだ。
あの場所で、私は彼に期待されていたことを成し遂げられたのだろうか。
そんな私の様子に、彼は低い笑い声を漏らした。

「あそこは久瀬がかかわった中で特に曰く付きの場所だからね、貴女が精神的に潰されないか見たかったでしょうね」
「そう、でしょうか。本当に、それだけでしょうか」
「他にあるとすれば、貴女が自主的にこの組織の大望を遂げるため、一員として、動機を与えるきっかけでも欲しかったんじゃないかしら。貴女の存在は今では貴重なサンプルよ。やすやす里や国に保護されて、簡単に聞こえた音を囀られては困るでしょう」
「……」

淡々と述べられる言葉が、間違いでないことはわかる。しかし妙に腑に落ちない、納得しきれない節があった。木の葉隠れの里に行った時も、今回も、その裏に彼のどんな真意があるのか私にはわからない。
しかしそれ以上に、私にはあの時一瞬訪れた無音への不安があった。
あの時はひどく動揺して取り乱してしまい、イタチくんに迷惑をかけてしまった。
心当たりが一切ないわけではない。
それだけに今はなんでもいいから情報が欲しかった。
ただ拾ってしまう音ではなく、自ら尋ね、聞いた答えとしての情報が欲しかった。

「聞きたいことは、他にあるみたいね」
「あの、久瀬の女性の寿命について、大蛇丸さんは昔調べていたんですよね」
「……ええ」
「こんな聞き方するのはすごく変なんですけど、私、あとどれくらい生きられますか」
「……」

訝しげに歪んだ表情に怖じ気づく。
前置きをいれたとはいえ、さすがに唐突過ぎた。
こんなことを聞かれても困るのが普通だろう。
必死に上手い言葉を探そうと思案するが、どう表現すればいいのかわからない。些か自分は社会性に欠けると自己嫌悪が発露する。
動揺しながらも言葉をかき集め、1つ1つを確認するように吐き出した。

「すみません。いきなり、でも、なんて言ったらいいか、屋敷にいた時ずっと聞かされてた言葉があるんです。私たちはいずれ音を失うって。母は、そうして衰弱して亡くなりました。全く何も聞こえなくなるのに、ふとすると急に大きな雑音に苛まれて、それを繰り返すんです。そうして、久瀬の女はいつか無音に還るって」
「聞こえなくなったの?」

聞こえない。
あの時の恐怖が去来し、びくりと肩が震えた。
震えだしそうな手のひらを握り、ゆっくりと言葉を続けた。

「今は大丈夫なんです。でも、その旅籠にいた時、一瞬だけ」
「……そう。わかったわ。でも、明日にしましょう。明日にはゼツもいない。私、彼には少し警戒されているからね。明日、アジト下の湖で話しましょう」
「私は」
「焦っているのね」

白い手がおもむろに伸びてきた。
細い人差し指が私の唇にあてがわれる。
それに言葉を飲み込んだ。

「焦っても、『彼』は帰ってこないでしょう」
「!」
「もっとも、貴女が欲しい『彼』はもういない。それでも期待に沿おうと、役に立とうとするのは自由だけれどね」

声に出そうとした言葉は静かに萎れて腹に戻された。不安とも焦燥感ともいえない感情に、俯く。
そんな私に大蛇丸さんは再度笑いを溢しながら、緩慢な動作で部屋の入り口に向かいドアを開けた。

「さあ、もう今日は部屋に戻って休みなさい。体力のない一般人が無理をするものではないわ」

開かれたその向こう側に、私は渋々歩き出した。



20130325




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