雪の降る屋敷だった。
凍ったその空間に音はなく、また生き物の気配もない。
時間の流れを忘れたように、降り続ける雪だけがそこでは動いていた。辺りを白が覆い尽くしている。
暴かれまいと、雪は絶えず降り続け、何かを隠し続けている。
深く、白く、暗い底に、雪は何かを孕んでいる。

その屋敷の奥深く、雪の白さのずっと下に、死者に会える場所があるのだそうだ。




『次は岩隠れの爆遁の』
『木ノ葉は』
『西アジトで合流だ』
『弟は生きている』

ポツポツと流れ込んでくる声は、一歩ずつ進むごとに明瞭になっていく。
目の前を腹這いに進む蛇は、時折こちらを確認するように動きを止めた。
……蛇でもここまで調教できるものなのか。
まるでそれが大蛇丸さん自身の意志であるかのように、蛇は私を誘導していく。もちろん、誘導されなくとも場所は知らされているのだ。行くことのみならできる。しかし、暁のメンバーに気付かれずに、となると話は別だ。

この蛇はおそらく、気付かれるリスクが最も低いルートを案内している。私なら部屋を出た直後に迷わずに部屋に近い南の階段を登っただろう。しかし蛇が案内したのは、西の階段だった。そこは明けの間と隣り合わせになっている部屋のそばに繋がっている。そこまで行けば、音は容易に聞くことができる。
暗闇に慣れた目を凝らしながら、私は黒く塗りつぶされた廊下を進んだ。

それから階段に差し掛かり、3階ほど上へ登った時だ。足音を極力たてないよう、慎重に1段1段を踏みしめていた。しかし4階の踊場に着いた時だ。不意に蛇の動きが止まった。声は未だにあちこちで響いている。気付かれただろうか。息を潜める。しかし正直にバクバクとなる心臓に、ついぞ冷や汗がこめかみを伝った。

それと、ほぼ同時だったと思う。

真っ暗闇だった空間が、不意に赤く視界を埋める。一瞬何が起きているのかわからなかった。
――炎だ。
赤い炎が、突然目の前に現れたのだ。反射的に身を引き、炎から距離を取る。よく見れば、あの蛇の体が燃えているようだ。
蛇が突然発火した?
こんな湿度が少なくとも低くはない空間で、自然発火現象などないだろう。
……忍術か。
それを認識すると同時に、耳元で低く囁かれた。

「何をしている」

トビさんに見つかった。
諦念と焦燥感が入り混じり、私は降参の代わりに意味もなく両手を頭の位置まで上げた。




「西アジトに移動次第、イタチは鬼鮫と合流しろ」
「空きはあと2つか」
「久瀬千草は、入れないの」
「忍じゃないからね」
「ソレニオレノ部下ダ」

飛び交う言葉をぼんやりとききながら、些か自分にはサイズが大きい外套の袖から手を出す。自身の薬指にはめられた「朱」の一文字が、この組織の一員でもあるそうだ。
会合があると事前に呼び出しを受け、丑三つ時に楼閣の明けの間に向かった。伽藍を模したそこには何もなく、先に来ていたらしいゼツが燭台に火をともしてポツリとその場に佇んでいた。千草は、と聞けば、「メンバーではないから」と白ゼツが答えた。その言葉に、彼女がここでは異端に近い存在であることを実感した。
……そういえば、マダラが大蛇丸なら久瀬家について何か知っていると言っていたか。
何気なく大蛇丸を見ると、割れた瞳孔がこちらを映して笑ったように見えた。
するとそちらに向いた意識を正すように、ペインが口を開いた。

「それと、大蛇丸、久瀬家について報告を」
「いいけど、あまり知っても利益にはならないわよ。……まあ、調査対象としては歴史が古い分、やりごたえはあったけど」
「勿体ぶるな」
「勿体ぶってはないわ。ただ、気の遠くなるような情報量だからね。何について知りたいのか明確にしてもらえるとありがたいかしら」
「時間の無駄だ。さっさと話せ」

大蛇丸の言葉に、サソリが露骨に苛立ちを声音に含める。この2人は、ツ―マンセルを組んでいながら少しばかり確執めいたものを感じさせる。……一方的にサソリが嫌っているように見えなくもないが。大蛇丸は特に表情も変えず、サソリの反応を流しながら「そうね」と口火を切った。

「個人的にあの家系の長寿や巫女について興味があったからそこを中心にして調べたんだけど、久瀬は女系であることが長寿の条件なのよ。性別という縛りができてしまうと、民俗学あたりを調べるならともかく実験の対象としては、ね」
「女系ね。確か、男児は生まれても殺されるんだっけ?」
「それもあるわ。もっとも、男児じゃどのみち短命ね。あの家系の女はね、身体、というより内臓って言った方が正しいかしら、特殊な術式を代々受け継いでいるのよ。心臓は一生のうちに鼓動回数がある程度決まってるでしょう。その術式は鼓動回数を無理やり増やしている。よって彼女たちは長寿を約束されている」
「内臓に術式?」

大蛇丸がにやりと笑む。ぞくりと肌が粟立った。内臓に術式を施すなど、まず木の葉では聴いたことがない。そもそも術式というのは、術者が何らかの接触手段を持っているからこそ施すことが可能なのだ。封印術にしろ、忍術にしろ、一切手を下さずに術を行うのは不可能だ。
蝋燭の炎が凍えるように揺れた。

「昔興味本位で久瀬の女を捕まえてバラしてみたことがあってね、私も驚いたわ。確かに、この術式は女性でなければ施せないでしょうね。特殊な二重トラップもかかっていて、特定の臓器から別の場所にその術式を移そうとしても、移した箇所がまるで燃え尽きるように消し炭になるのよ」
「女にのみある臓器?」
「そう。子宮よ」

大蛇丸が小南に視線を向ける。女性のみが持つことを許された、人の子の揺り籠、或いは絶対不可侵の赤子の住処だ。それは人にとっては最愛の人間との証を育む場所でもあり、また、ただ世継ぎを求められる場所でもある。この場では唯一女性である小南にとって、少なくとも心地よい話ではないだろう。
……まるで彼女を試すような大蛇丸の言動にペインが眉をひそめ、続きを促した。

「子宮に、何らかの特殊な術式が刻まれている。それは出産により、まるでウィルスのように子に感染するのよ。腹に女児が宿れば自動的にその子の子宮に術式が施される。だから、男児が生まれようものなら……母親の目に映るのは、悲惨な光景でしょうね。久瀬は稀人風習――旅人を一夜限りの伴侶として向かい入れ、子をなす太古の風習を未だに行っている理由がそれよ。男が生まれないなら余所の人間を相手にしなければ血は絶えてしまう。今では、近隣の村の男性との結婚もしているそうだけど」

子宮にのみ施される術式。
男にはないその臓器は、生まれた男児の命を奪う呪いのようなものだ。
しかし女性にとって、その術式は長寿を約束するだけのものなのだろうか。

「ダガ、ソノ術式、ソレダケデハナイノダロウ」
「ええ。あれは封印術のひとつ――久瀬のある特定の人間が揃うことで効力を発揮されるもの。たったひとりでは単に長生きするだけのものよ」
「……巫女か」
「そう、彼女たちが内臓に術式を施し、封じようとしている存在。巫女の正体とまではいかないけど、ある程度人物は割れてるわ」
「人ではないのか」
「人よ。いや、人だったのかしら。文献では110年くらい昔のに一番古い記述があったかしら。もともと久瀬は穢多の家系だった。死体の処理をする穢い民、奴隷。まさに差別の対象だった。しかしその当時生きていた少女が天命を受けたといい、失せモノや人殺しの犯人言い当て、戦の予言をした。あの頃は信仰が強い時代だったからね。穢多だった彼女の家系はあっという間に信仰の対象になった。その当時の文献の記述はこう記されていたわ。『少女は言った。私は神の声が聞こえる。だからお前の悪事も全てが見える』と」

――それが、久瀬の音拾いの起源。大蛇丸はそう続け、何処か遠くを眺めた。葬祭を生業とするのも、穢多であった名残なのだろうか。

「もともと死体の処理をさせられるだけの奴隷だったのが久瀬の起源。そこから音拾いの力を見せつけた最初の人間にして神事を行うきっかけをつくったのが、当時から今もなお、生きているとされている巫女」
「110年以上も昔の人間か。にわかには信じがたいな」
「あら。だったら直接千草に聞けばいいじゃない。あの子なら、知っているはずよ。躯なのだから」

その腹の中に術式を飼い、長寿を約束され汚れた血を体内に流す女たちだ。まるで、一種の呪いのようだと思う。
血は望めば絆になり、呪えば枷になる。
家は出たくないと願えば城になり、出たいと望めば牢になる。
彼女の言葉だ。
それでも彼女は、家族が、血のつながりが、大切だと笑うのだろうか。全てを知ったうえで、尚もその血が、あの家が愛おしいと、彼女は嘯くのだろうか。


20121215
修正20121228




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