葬儀の時は、死者も生者も顔を隠さなければならない。でないと、悪いものが入ってくる。あるいは、大切なものが出ていってしまう。それが久瀬の教えだ。
だから久瀬に葬儀を依頼した場合、参列者は皆顔を隠さなければならない。顔を隠さずに参列すると、死者が己の死を自覚できないままに、誰かの体に入り込んでしまうかもしれない。死者の顔を隠さなければ、死者に対して強い思いを抱く生者が、死体の中に入り込んでしまうかもしれない。
私たちの体は、器だ。
自分を自分たらしめるモノは、目には見えずに器の内外を簡単に出入りする。
だから、顔を隠さなければならない。
出ないと「私」が出ていってしまうのだ。





「なんだ。思ってたより元気そうだね」

背後から聞こえた声に振り返る。いつものように欄干にもたれかかり、雨に霞んだ里を見下ろしていた時だった。ただ今までと違うのは、最近は私の隣にイタチくんがいることである。「仲がいいんだな」とサソリさんには言われたが、実際にはあの日以来ただでさえ少なかったであろう彼の口数はさらに減った。私といても一言も話さないことが多い。ただ黙って傍らに寄ってきた彼に、私は一方的に言葉を投げかけ続けるという奇妙な光景が日常になりつつある。

「ゼツさん、久しぶりです」
「トビから話は聞いたよ」
「モット憔悴シテイルト思ッテイタンダガナ」
「まあ、1週間経ちますし」
「時間の問題?」
「思い出して気分が良いものじゃないですけど、それを露骨に出して忘れられるわけでもないし」

難しいですね。などと笑って返した。正直、本心の半分以上が強がりだ。ざあざあと相も変わらず打ち続けられる雨音へと意識を向けて、頭の奥深くに蓋をする。気を抜けばどろりと吹き出してくる悲鳴や断末魔、血の匂いには、発狂してしまいそうなほどの嫌悪感しか抱けない。いっそのこと、発狂してしまった方が楽だろう。
精神を病んでしまえば、使えないと判断されて家に戻してくれるかもしれない。
そんな薄ら寒い冗談を頭の中で吐きながら、何気なく傍らにいるイタチくんを見た。
何処に見ているともわからない黒い瞳は、虚ろに雨粒の軌跡を写していた。あれから1週間経つがイタチくんの方は依然として調子が悪そうだった。雨で薄暗いせいか、土気色に映る顔色に懸念がふつりと沸く。

「そうそう、今日はトビからお前に言伝を頼まれたんだ」
「私に?」
「アア、明後日、西ノアジトニ移動スル。イタチモ共ニナ。ソコデメンバーノ干柿鬼鮫ト顔合ワセダ」
「鬼鮫はイタチのツーマンセルのパートナーだよ。これは鬼鮫からの申請があったからだけど」

ゼツさんがそう言うなり、イタチくんは眉をひそめた。
鬼鮫という名前自体は、ここに来てから何度か聞いたことがある。ただ偶然拾ってしまった音から聞いた限りの事実は、あまり穏やかなものではなかった。とは言っても、ここにいる人の音が穏やかさに満ちていること自体ない。人の悲鳴や断末魔は、必ずと言っていいほど組織のメンバーなら誰からも拾える音だった。――一方で、彼らの名前を愛おしげに呼ぶ優しい声も、また同様に誰からも聞こえていた。矛盾と呼ぶには悲しく、道理というにはあまりに残酷だった。静かに歪んでいく道は、甘い落下へとその足を引く。落ちた先が、ここなら――。

「あと、今日の正午にトビが帰ってくるから、そのくらい目安にイタチは来るように、だって」
「マダラのもとへ、か?」
「ナンデモ、目ノ調子ガ気ニナルソウダ」
「……」
「会いたくなさそうだね。今じゃ数少ない同朋じゃないか」
「……正午に向かえばいいんだな」

どことなく億劫そうな色を声音に含んだイタチくんは、ふらふらと私から離れて背を向ける。部屋に戻るのだろう。その背中に特にかける言葉も思いつかなかったので、ただ無言で意味もなく手をひらひらと振った。振り返るような素振りを見せた彼は、しかし私にその顔を向けることなくその場を去る。暗い廊下へと消えていく小さな背中を見届け、私はゼツさんに視線を戻した。

「トビさんには、ここに戻ってきてから会ってないな」
「あれ、そうだっけ」
「オ前ノコトナラ保留ダト聞イテイル」
「保留?」
「暁はできてまだ間もない。今は人員や協力者集め、諜報活動に力を入れているんだよ。だから千草の耳のことはもう少し落ち着いてからだってさ」
「大変な時期にすみません」
「まあトビは簡単なチャクラコントロールができれば使い勝手が良くなるって言ってたけど。――ああ、そうだ、なんなら今から少し修行をつけてあげるよ」

どうせ暇だろ、と首を傾げたゼツさんに目を丸くする。確かに暇だ。今部屋に戻っても無意義に音を拾いながら時間を潰すだけだ。断る理由も、抵抗も特にない。よろしくお願いしますと頭を下げ、場所を変えるべく歩き出した彼の背中を追った。




「仲睦まじい上下関係ね」

廊下を進んでいたところ、偶然すれ違った大蛇丸さんが揶揄するようにそんなことを零した。しかしそんなことを言われたところで全くそんな関係ではないので、正直苦笑を返すしかない。「冗談よ」と笑いながら返され、私は更に反応に戸惑う。柔和な態度で接される反面、彼から聞こえる音が不穏であるため、どうにも気を張ってしまう。薄暗い廊下で刺すように光る大蛇丸さんの瞳孔に、私はついぞ意識を外に向ける。この里に来て良かったことといえば、極力聞きたくない音を雨音でかろうじて紛らわすことができることだろうか。これから修行だと適当に返すゼツさんの声を聞きながら、私はふとこみ上げた欠伸を噛み殺した。ぽつりぽつりと頭の中に零れてくる声や音は気まぐれに自由奔放に時間や役者を変える。この間は「はないちもんめ」が響いていたが、最近は「かごめかごめ」が聞こえるようになった。
子どもの笑い声が響いている。
雨ばかりが続くこの里の子どもたちの声は、閉ざされた世界を歌うように童歌を歌っていた。

「千草と言ったわね」
「! え、あ、はい」

不意に、相手の意識を向ける対象が自分になったことに、肩をびくつかせながら返事を返す。視線と意識を大蛇丸さんに戻すと、ゼツさんがすでに歩き出していた。空いていく距離に我に返り、後を追おうと一歩踏み出す。すると、大蛇丸さんはまるでそれを狙ったかのように、そっと私に耳打ちした。

「今晩、組織の会合があるわ。貴女もいらっしゃい」
「!」
「素敵なことを教えてあげる。場所は楼閣の最上階、明けの間よ」

音で起きてしまったのだと言えば、いくらでも言い訳はできるでしょう。そう付け足して、彼はその場から瞬身で姿を消した。黒に塗り潰された廊下の果てが視界を染める。暗闇が手招くように、口を開けて私を見詰めている気がした。――しかし、会合があるなど私は聞いていない。それは、私ごときが容易に知ってはいけないない情報のやりとりがされるからではないのだろうか。いくら来いと言われたとはいえ、簡単に行ってもいいのだろうか。

「千草、何してるの」
「早ク行クゾ」
「すみません」

ゼツさんに相談しようという考えがよぎる。しかしそれでは、大蛇丸さんがわざわざ教えてくれた意味がなくなってしまう。だが、勝手にその場に居合わせてしまっては、メンバーの人たちに不快な思いをさせてしまうかもしれない。何よりもこの組織での最大のタブーは裏切りであると教わった。裏切りとはいかなくても、組織間の空気を悪くしてしまうかもしれない。
そう思う自分がいる一方で、耳元で暗く囁く自分もいた。

『素敵なことを教えてあげる』

頭の中で反芻する甘美な響きに、手のひらを握りしめる。未知を追及することは悪いことではない。そうあの人は言っていた。権利や義務などと大それたものを振りかざす気は毛頭ないが、それを知ってはいけないという禁止もない。
前を歩くゼツさんの背中を眺めながら、今夜の言い訳と身の振る舞いを、まるで演劇の台本を考えるかの如くぼんやりと思案した。


20121130
修正20121228




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