直接的な繋がりはなかった。ただ、祖母同士の仲が良かったのだと思う。訃報をいただいたのは一昨日だった。知り合いのおばあさんが亡くなった。私は何度か顔を会わせたくらいの記憶しかないが、やはり、死というものは重く意識にのしかかる現実だった。
黒い参列者たちが、吸い込まれるように式場に入っていく。不自然なほどに、皆一定した速度だった。私もまたその波に呑まれ、一部として式場に入っていく。
菊の花の匂い、線香の匂い、黒い人の波に、白い空間。葬式が作り出す独特の空気に、無意識に気が張りつめた。

――この葬儀の喪主は、なんでもお孫さんらしい。亡くなったおばあさんの娘夫婦は、子供が幼い時に事故や病気で亡くなったと聞いた。そうすると、必然的にそのお孫さん1人が置き去りにされたような、そんな感じが出てしまう。だがその人も今では成人していて、この街のジムのジムリーダーになっている。おばあさんは孫がしっかり独り立ちできるまで生きて、その役目を果たしたから眠りに就いたように思われた。

白い棺を囲む花輪。その中心にある、笑顔の女性の写真。すすり泣き声が断続的に鼓膜を突いた。そして喪主の青年が姿を現す。青白くさえ映る顔色と、目元にうっすらと浮かんだ隈。通夜があった昨日より、告別式である今日の方がひどく疲労した様子だった。

式は段取り通り行われていた。おばあさんの半生が語り手により語られ、僧が読経し、参列者が焼香する。たった1人で参列者に頭を下げ続ける青年の姿が、何となく痛ましかった。火葬場に移動し、納骨し、また読経を聞く。そうして式は、昼過ぎに一通り終わった。
バラけていく黒い人の波に、葬儀が始まる時の無機質な空気はない。ぼんやりとそれに流されながら、私もまた式場を後にしようと歩き出した。

それから異変に気付いたのは、式場を出る時だった。私は式場を出たのが最後の方だったのだけれど、人がほとんどいなくなった空間で、不意に泣き声が聞こえたのだ。今思えばずいぶんと不自然なことだった。聞こえたのは啜り泣く声で、それは声を必死に押し殺したような、ひどく小さな声だった。周りは帰っていく参列者の話し声でざわついているのに、その泣き声は明瞭に存在を意識に訴えかけてくる。
ほとんど声に誘導されるように式場に戻った。中を見回すが、気付けば人はいない。

もしかしたら、どこかに隠れているのだろうか。

未だに泣き声は止まない。試しに並べられたパイプ椅子の間を探りながら、慎重に奥へと向かう。
声は、子供のもののようだった。親とはぐれてしまったのだろうか。しかし参列者の中に子連れはいなかったように思われる。一通り中を見たが、やはり見当たらない。
すると不意に泣き声が止んだ。
……式の最中、啜り泣く声ならずっと聞いていた。思考にこびりついているものが、空耳として再生されていたのだろうか。
私は訳もわからないまま、ひとまず帰ろうと出口に向かった。閉じた扉を開けようと、ノブに両手をかける。

「行っちゃうの?」
「!」

声が、後ろから聞こえた。とっさに背後を振り返る。しかしそこにはガランとした空間が広がるだけだった。気のせいだろうか。気を取り直し、再びノブに両手をかける。

「行っちゃうの」
「え……?」

ノブにかけた両手。その、腕の中に視線を落とす。
扉と私の体の間に、白い着物を着た小さな女の子の顔があった。

「ひ……っ!」

悲鳴と共に飛び退くように扉から離れる。その反動で尻餅をついた。心臓が暴れる。肌が粟立つ。持っていたバッグの中味が床に転がる。しかし同時に扉が開いた。それに反射的に顔を上げる。

「!」
「君は……」

喪主の青年だ。それを認識するなり、全身の力が抜ける。つい深く息を吐き出した。疲労が色濃く浮かび上がる表情を携えながら青年は首を傾げる。

「どうかしたのかい?」
「え、あ……いえ、なんでも」

――女の子を見ませんでしたか、とは聞けなかった。何となく、嫌な答えが頭の中で出されてしまったから。それでもちらりと辺りを見回し、他に誰かいないのかを探る。
この空間には、私たち以外いないようだ。挙動不審に辺りを見回す私に、彼は訝しげに口を開いた。

「何かあったのかい? それとも忘れ物?」
「そんな、ところです」
「そっか、ならもう暗いから帰りは気をつけて」
「え……?」

――暗いから?
彼の言葉を頭の中で反芻する。同時に発露した違和感にバッグの中を漁った。まだ、夕方にもなってはずだ。思わず怪訝に眉をひそめた。それに青年も小首を傾げる。携帯を取り出し、時間を確認した。

「うそ……」

6時、5分。おかしい。告別式は2時半頃に終わって、式場に戻ってきた。この中にいたのだってほんの10分程度だ。そんなに時間が経っているわけがない。
――再び、あの啜り泣く声が聞こえた。

「!」
「……! また……」

辺りを見回す。だが、青年以外の人影は映らない。背骨に冷気が絡みつき、肩が震えた。嫌に反響する泣き声は、脳内で波紋を打ち続ける。

「……ムウマージ、悪戯はダメだろう」
「!」

すると不意に青年が口を開いた。それに呼応するように、啜り泣く声が止まる。代わりに笑い声が辺りに響き渡った。私は1人訳もわからず、声の正体を探ろうとあちこち見回す。未だに座り込んだままの私に、彼の手が差し出された。
それに恐る恐る手を伸ばすと、彼は苦笑しながら「ごめんよ」と私の手を引く。ふらつきながら立ち上がった私の目の前に濃色のカーテンのようなものが現れた。

「え、うわっ何」
「こら、ムウマージ」

視界から濃色が退けられ、それは青年の腕の中に収まった。尖った帽子のような頭に、そこから覗く赤い瞳。愛らしさすらある容姿のそれは、ムウマージというポケモンだった。思わず呆然とその姿を見ていると、青年が不意に口を開いた。

「悪いことをしてしまったね。この子はそんなに悪戯好きじゃなかったのだけど……」
「え、あ……じゃあ」
「君、声か何かを聞いてここに来たんだろう?」
「はい」
「それはこの子の悪戯なんだ。ムウマの時はよくそうやって悪戯していてね。進化してからはそういうことはなかったのだけど……君に遊んで欲しかったのかな」

腕に抱えたムウマージの頭を撫でながら、彼は再び苦笑を浮かべる。ムウマージは気持ちよさそうに目を細めた。

「……とにかくごめんよ。嫌な思いをさせてしまったね。えっと、君の名前は……」
「私はツユキと言います」
「ツユキさん。僕は」
「マツバさん、ですよね?」
「!」
「あの、実は昔から知っていまして……」
「まあ、ジムリーダーだからね」
「あはは」

つられるように苦笑して、マツバさんの「もう帰ろう」という言葉に促され、歩を進める。迷惑をかけたお詫びに途中まで送って行くと言われ、つい甘えてしまった。やはり正体が分かったとはいえ、怖かったことに変わりはない。何となく1人では心細かったのだ。

「でも、ホッとしました。正直すごく怖かったので」
「はは、ムウマージによく言い聞かせておくよ」
「いえ、啜り泣く声も女の子の正体も分かったので大丈夫です」
「――女の、子?」

不意に、マツバさんが足を止める。反射的に立ち止まると、彼は僅かに目を見開いていた。街灯に照らされた足元の影が、いっそう濃く深いものになる。冷たい風が肌を撫で、鳥肌が立った。

「あの、どうかしましたか?」
「いや……。そういえば、君はポケモンを持っているのかい?」
「いえ、私は持ってないです。ただ、祖母がペルシアンを持っていて」
「ペルシアン……か。ねえ、そのペルシアンはどんな?」
「えっと、それが最近、祖母の体調が悪くて。もう2ヶ月入院してるんです。それからペルシアンも元気がないというか、よく勝手に家を抜け出しちゃって」
「……家のドアは、その時は閉まってるの?」
「あ、それが、閉まってるはずなのに、あの子は開けて出て行ってしまうみたいです」

マツバさんの目が剣呑に細められる。途端に無性に不安でたまらなくなった。





20110223




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