ツユキは和菓子をいっぱいくれた。
饅頭、水羊羹、葛餅、あと、スイカとか、梨とかもくれた。それをいつもみんなで食べるのが好きだった。
マツバもたくさん笑って、楽しかった。
だから今度は、ツユキにお菓子をご馳走するんだ。
マツバが午後から墓参りに行くって言ってたから、付いていくんだ。
そして葛餅をあげるんだ。






「ああ、私がやります、マツバさんは座っててください」

そう紡いだ彼女により、半ば強制的に座布団の上へと押し戻されてしまった。目の前に並べられた空の皿が手際よく片付けられていく。それを見て、思わず小さく吐息を吐いた。
もう退院して1週間は経つ。自分では心身共に回復したつもりだった。
――2週間前、疲労や栄養失調で倒れ、入院した。もちろん理由はそれだけではない。担当医にカウンセリングなども勧められたほどだ。しかし原因はわかっている。総ては自業自得によるものだ。
それにあの日以来、自分なりにけじめはつけられたつもりだった。何よりも自分の力で立ち上がらなければ、平然と振る舞ってくれている彼女に対してひどく情けない姿を晒していることになる。
だから少しでも力になってくれようとする彼女の為にも、いつまでも甘えを見せるわけにはいかなかった。目を逸らし続けてきた現実を見詰め、早く平生の自分に戻る。拭いようのない喪失感も寂寥感も、それは自分が生涯背負っていくものだ。
ならばそれらを受け入れ、前へ進む覚悟を決めなければならない。今の僕は、それができているだろうか。

流しの前に立って、食器を洗う彼女の後ろ姿を眺める。彼女は自分からは、何も言わなかった。『彼女』のことも、僕自身についても、決して言及するような発言はしない。それが彼女なりの配慮であることには気付いていた。僕が現実を見詰める為の第一歩は、彼女と向き合うことにあるのかもしれない。
……彼女は慣れた手付きで食器を洗い終え、再び先ほどの座っていた位置についた。一連の動作が落ち着いたところで、ゆっくりと口を開く。

「明日からジムの方を再開しようと思うんだ」
「え、大丈夫なんですか?」
「はは、もう一週間経ってるんだよ? 平気だよ」
「……」
「ツユキさんは心配性なんだ」

敢えて軽い口調で言うと、彼女は僅かに眉を下げて微笑む。力の抜けたその表情は、どこかホッとできる印象があった。
いつの間にかボールから出てきた彼女のラルトスが、彼女の膝に手をついて小さく鳴く。彼女は笑顔を浮かべながらラルトスを抱き上げては膝に乗せた。
――その仕草が、無意識に生前の『彼女』とジュペッタにかぶる。
思考の片隅に焼け焦げるような熱がジリジリと走った。

今でも会いたいのか。
そう問われると、否定はできない。むしろ問われることによって、再びあの千切れるような寂寥感が込み上げてきそうだった。
自分の中では既に決着が着いた感情だ。それでもぶれそうになるのは、やはりどうしても心残りがあったからだ。

「マツバさん?」
「ああ、何でもないよ」
「無理はダメですよ」
「無理なんかしてないよ。君がいるからむしろ体力が有り余ってる」
「ラルトスが心配してるんです」
「……さすがに適わない、かな。でも」

大丈夫。そう付け足して笑い、ゆっくりと立ち上がる。彼女が目を丸くして、口を開こうとした。しかし同時に目聡く動きに気付いたゲンガーが、壁を通り抜けてやって来る。その腕には、葛餅が抱えられていた。彼女は発そうとした言葉を飲み込み、首を傾げる。それに小さく笑って、口を開いた。

「……ねえ、ツユキさん」
「!」
「ちょっと出かけるんだけど、付き合ってくれるかい?」
「あ、はい、もちろん」

所在なさげな彼女は、一変して笑顔になった。そのまま立ち上がり、歩き出した僕の後を付いて来る。ゲンガーもどこか楽しそうに、手に持った葛餅をラルトスに見せていた。廊下を抜け、玄関で靴を履く。彼女はそこでやっと「どこに行くんですか」と首を傾げた。
それに僅かに間を置いて、吐息のように答えた。


「『ツユキ』の墓参りだよ」


――彼女と同じ名前の、半年以上前に亡くなった大切な友人。

入院したのも、そこに起因するものがあった。
……彼女の遺書は、自分の部屋の、引き出しの中に大切にしまってある。ひたすら感謝と後悔が並べられた文字の羅列が、鮮明なまでに脳裏に蘇った。

――遺書。
それがおそらく、心残りの原因で、一番不可解な点だった。何よりもミナキ君の方が先に気付いていたのだから、それが少しだけ悔しい。
彼女は事故で亡くなった。それも不運な悲劇だと括られてしまうような、呆気ない死だった。だが、それには幾つか疑問がある。何故、偶発的に起きる事故で、死を予感したような遺書を遺したのか。彼女は病気を患っていたわけではない。健康なごく普通の女性だった。意味もなく唐突に、遺書を書くとは思えない。
もしかしたら――。

「調べた方がいい、か……」

爪先を蹴り、靴を履き慣らす。万が一、意図的なものだったら。そう思うと薄ら寒い感情が背骨に絡み付き、吐き気を誘った。
その僅かな表情の変化に気付いた彼女が、どうしたのかと尋ねてくる。それに陰鬱な思考を振り払い、何でもないと返した。玄関を抜け、馴染みきった道を辿っていく。するとふとしたように、彼女が口を開いた。

「マツバさん」
「なんだい?」
「ツユキさん、私が行っても、喜んでくれますか?」

首を傾げながら尋ねてくる彼女に苦笑した。彼女の口から紡がれた名前が、やたらと新鮮に余韻する。

「彼女は割と寂しがり屋だから、きっと喜ぶよ」
「菖蒲の花は買っていきますよね。私が買います」
「よく知ってるね」
「ミナキさんが言ってました」
「ああ……」

2人で花屋に寄って、彼女が好きだった花を購入した。思えば、彼女の墓参りに誰かと行くのは初めてだった。彼女と同じ名前の女性を連れて、墓参りに行く。何だか奇妙な気分だった。
でもきっと、喜んでくれるだろう。生前の彼女の柔らかい笑顔が網膜に浮かび上がる。

初春の柔らかい日差しに照らされた、在る晴れた日の午後の話だ。






20130117




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