運が悪かったのだろう。泥つき濁った意識で思索した。黒と白が点滅する視界は、ただ意味のない幾何学模様のようなものを浮かべている。単純な過失であったのだ。仕方がない。運が悪かった。誰を責めることも、誰かが責任を感じることも、そんな必要はなかった。偶然のために起こった事故に過ぎないのだ。

霧が深い夜だった。視界は悪く、僅か先すら見ることができない。本来なら漆黒を称える空間は白濁色に遠くの景色を濁し、ただ不気味な世界を形作っていた。唯一頼りとなるのはぼんやりと浮かび上がる街灯のみだ。転々と視界に映るそれらを目印に、忘れ物を取りに、数時間前に出た友人のもとを目指した。冷えたアスファルトを踏みしめ、不気味な空間を進んでいく。

それから耳をつんざくクラクションが鳴り響いたのは、彼の家の前に来た時だった。視界が大きく揺さぶられ、暗転する。ドンッと鈍い音が全身に響き、意識が一瞬だけ途切れた。

間をおいて気づいた時には、人だかりとノイズ音が延々と響いていた。水の中にいるかのように、音がくぐもっている。視界も妙に霞んでいる。何かと思って体を動かそうとするが、まるで鉛のように重くなって動かせないことに気づく。いまいち均衡すら掴めない体は、深海に沈められたようだった。
どうしたのだろう。
疑問が浮かび上がる。同時に人だかりの向こう側に見慣れた金色が揺れた。彼だ。視界が不自然に傾く中、私は確かにそう認識した。そしてそちらに行こうとするが、体が動かない。代わりに彼がゆっくりとこちらに向かってくる。その手には、見慣れた黒い肢体が抱かれていた。徐々に彼が近付いてくるにつれ、何故か彼の顔が悲痛に歪んでいることに気付く。

「……」

彼が、何かを口にする。それが鼓膜に流れ込み、脳に到達すると同時、全身に激痛が走る。今の今まで失われていた五感が蘇ったのだ。口の中は粘つき、錆びた鉄にも似た異臭が鼻孔に纏わりつく。喉がぜえぜえと鳴り、体中がギシギシと軋んだ。耳許で自身の鼓動が急くように鳴っている。

救急車のサイレンが遠くから聞こえる。視界に映るアスファルトに、真っ赤な水たまりが広がっていた。どうやら、私の体を中心にしているらしい。痛みの原因をそこでやっと知る。
不慮の事故だった。
ひどく冷たい指先が頬に触れる。
その唇が小さく何か言葉を紡いだ。それは私に届くことはなく、私はきっと二度と答えることはできないだろう。緩やかに呼吸を止めれば目は徐々に光を閉ざしていく。瞼は二度と開くことはない。はずだった。



▽記憶の末端

遠い昔の話だ。幼い彼に、彼の祖母は言ったそうだ。

「まだ息を引き取ったばかりの人はね、黒い鳥になって現れることがあるんだよ」

死体から漏れでた命の残骸は、集まり黒を成し葬列を作る。そして己の道を求めて僧侶に念仏を請うのだ。
そうした果てに何が残るのかは分からない。でも、それは確かに異形を映す彼の目に映っていた。





20100219
20101003:修正
20130109:再修正




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