幽世より生まれる


壱、或る青年の史実

ツユキが亡くなって3ヶ月が過ぎた。かく言う私が友人を訪れたのも3ヶ月振りである。
ツユキとは、その友人を通して知り合った知人であった。昔から1人でいることが目立った彼に、異性の友人がいたと知ったときはひどく驚いたものだ。2人は恋人なのか、と一時期思ったが、そのような雰囲気は2人の間になかった。
しかし本当に2人の間に男女間で発露するような感情がなかったのかと問われると、否定はできない。現に彼女は、彼に対してそれに近いものを抱えていたように思われる。
彼の方は、おそらくその域まで感情が達することはなかったのだろう。しかし間違いなく大切な人≠ニ括られる部類にあったはずだ。

幼少の頃より彼は1人だった。そんな彼が得た精神的な拠り所とも言える彼女は、3ヶ月前に交通事故で亡くなってしまった。
しかしそこには不自然な点があった。
まず、交通事故というものはいつ起きるか予測するなど不可能だ。だというのに、彼女は遺書を遺していたのだ。
まるで自分の死を予感していたかのように。
マツバはツユキを喪ったショックのあまり、そこまで頭が回らないようだったが、これはあまりに不自然なことだった。
御焼香をしに行った日、彼女の両親にも何か変わったことがないか尋ねた。彼女の両親は、彼女が亡くなる前日、彼女がやたら神経質に部屋の掃除をしていたと答えた。それもまるで、引っ越しの準備でもするかのように、荷物をダンボールに詰め、部屋の中を空に近い状態にしていたらしい。

彼女の死は、果たして本当に偶発的なものなのだろうか。
疑問だけが痼りのように鎮座していた。そうしているうちにも、マツバが不可解な行動をとるようになった。彼女のものと思われるジュペッタを、いつの間にか手元に置いていたのだ。まるで、それが彼女だとでも言うように。

そしてそれからまた3ヶ月――彼女の死から半年が経った頃だ。
彼女と同じ、ツユキ≠ニ名乗る女性が、この地に引っ越してきた。




弐、その友人の困惑

彼女と同じ名前の女性と出会った。雰囲気が似ていた。でも、やはり、彼女は帰って来なかった。
彼女と同じ名前のあの子が、一人前のトレーナーになりたいと僕のもとに通うようになった。彼女の持つラルトスが、怯えている。ジュペッタが泣いた。ゲンガーが震えている。

ツユキ≠忘れてしまわないように、僕は静かに蓋をした。




参、無知な部外者

その日私は、十数年ぶりにエンジュに戻ってきた。この地で生まれ、ホウエンで育った私にとって、故郷と呼ぶにはやや違和感のある印象を受ける地だった。しかしジョウトでも指折りの観光名所であり、また伝統的な土地でもある。ホウエンではミナモという海の近くに住んでいたので、とても新鮮な場所だった。
何よりもジムがある。
いつか遠くへ行ってみたいという漠然とした夢を抱えていた私は1年ほど前に初めてポケモンを手にした。トレーナーになるのが一般と比べてだいぶ遅かったが、なったからにはいろいろな場所に行ってみたかった。そのためには、やはりそれなりに戦闘に慣れなければならない。
私がジムリーダーのマツバさんのもとへ通うようになった理由がそれだった。

マツバさんは穏やかで優しい人だ。でも、影のある人だとも思った。
誰かを待っているかのように遠くを見つめていて、そのうちその人を追って消えてしまうのではないだろうか。
そんな幻想的な不安があった。




肆、賽の河原より

あのひとがしんぱいです。
まだわたしをまっているのです。
わたしはもう、かえることはできません。
おねがいです。
どうか、もう、わすれてしまってもかまいません。
いきてください。
せっかくあのこがかえってきたのに。
あのこならかれをたすけてくれるでしょうか。

ああ、まだ、からだがいたい。

おかしなほうこうにおれまがったうでがいたいです。
しかしいつまでもいたみにとらわれては、わたしはここからうごけません。
はやくいかなければ。

ごめんなさい。
ごめんなさい。

わたしをよぶこえはきこえています。
ないているのもしっています。
ですがもうあえません。
あなたは、わたしがこんなにちかくにいることすらきづけないのです。

ごめんなさい。





20110209




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