(―或る遺書より―)

お久しぶりになるのでしょうか。
マツバさんがこの手紙を手に取ったということは、私はきっと傍らにはいないということでしょう。
何も言えずに去ったことが悔やまれます。

今、私がこの手紙を書いている場所は自宅の部屋です。
窓からは、綺麗に透き通った秋の青空が見えます。
窓枠を額縁にした一枚の絵画のようです。
この空を見ることができたでしょうか。
テーブルにはマツバさんと同じ、紫紺の花弁を纏う花が咲いていました。
ただ季節外れなだけあり、床や花瓶には花弁が散らばっています。
それが少しだけ悲しいです。
来年の初夏には、また新しい花が咲くといいな。

覚えていますか。
私がマツバさんと出会ったのは、初夏の夜でした。
マツバさんの、おばあさんの通夜に参列させていただいた私は、黒い喪服姿で、初めてマツバさんとお話をしました。
マツバさんはきっと知らないかもしれません。でも、私はずっと昔からマツバさんを知っていました。
本当は視界の片隅をかすめるたびに、とても嬉しくなるくらい憧れていたんです。
だからあの日、親しくなるきっかけだったあの日は、不謹慎ながらも私にとってかけがえのない日でした。

その日からマツバさんとの交流が始まり、今では胸を張って、私は無二の友人だと言えます。
もちろん過ごした時間は、楽しいものばかりではありませんでした。怖い思いも、辛い思いも、苦しい思いもたくさんしました。でも、それらから私を助けてくれたのもマツバさんでしたね。
いつもいつも、笑いながら大丈夫だと言って、励ましてくれました。

じゃれあいの一環で触れた手や、からかうような言葉や、笑い声も、全てが大好きでした。優しく笑う貴方の横顔が、大好きでした。なんて、口では恥ずかしくて言えませんけど。せめて、手紙でなら言えると思って。

でも、もう、私がいくら言葉を発しようと、叫ぼうと、もうきっと届かないでしょう。触れたくても触れられないでしょう。側にいても、マツバさんは私に気付かないでしょう。気付いたとしても、もう、今までのように笑うことはできません。
もう二度と、戻ることはできません。
だからどうか、私が消えたら泣いてください。泣いて、悼んで、悲しんでください。

そしていつか、また笑ってくださいね。

うんと幸せになって、自慢できるほど幸せになって、笑ってください。
そしたらきっと、私も幸せになってしまうんです。
私はマツバさんが大好きだから、それだけで幸せになれるんです。

でも、やっぱり本音を言ってしまうと、私はもっとマツバさんのそばにいたかったです。
あの縁側の特等席も、お茶も、お菓子ももう一度味わいたい。来春のお花見にも行きたかったです。花火をまた一緒に見たかったです。紅葉狩りもしたかったし、大晦日を一緒に過ごしたり、お正月を一緒に迎えたり。
約束をしたのに。
約束を、守れない私を怒りますか。
それでも一緒にいたいといったら、嫌がるでしょうか。
それに、私が貴方の在処になれたならと、そう思っていたと言ったなら、笑いますか。なんて。


でも私は、やっぱりここで終わりなのでしょう。

どうせならもっとこの世界で生きていたかった。
今日の空はどこまでも青くて、きっと手を伸ばしたって届かなくて、太陽はどこまでも明るくて、明るい世界は、嫌いではなかったから。私たちが生きてる世界は偶に辛くても、優しいものだったと思います。

でも今の私は、そこから離れたところからしか、貴方を見ることができませんね。

だからもし、もし生まれ変わったらもう一度会ってくれますか。
また、友達になってくれますか。
また、一緒に縁側で並んで、お茶を飲んだり、お菓子食べたり、夏祭りや、お花見してくれますか。

それでも今は、マツバさんは私ことなんか忘れて、幸せになってください。振り返らずに、前へと歩いていってください。


私はまだ早すぎる気がするけれど、おやすみなさい。

さようなら。



***



ポタリと落ちた水滴に、最後の文字が滲んだ。込み上げてくる嗚咽を必死に噛み殺す。熱を持って滲んだ視界には、真っ白な紙に書かれた綺麗な字の羅列だけが映っている。手紙を持つ手が震える。熱く滲んだ世界は、ただただ喪失感のみを肥大させた。

いない。
もう。
いない。

「――っ」

空を見上げる。
突き抜けるような青い虚空がどこまでも広がっていた。
風に吹かれて紫紺の花弁が舞い上がる。



それはどこまでも遠い空の中心へと、吸い込まれていった。







/了 20110108




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