「ほんま、大したお方ですわあ」

カラカラと笑いながら言ったタマオさんに、僕は少しだけ複雑な気分になる。さらさらと髪を梳く秋風の冷たさに小さく身震いした。足元に転がっている石を爪先でつつきながら、思わず吐息をつく。

「……深刻な問題だったっていうのに、君はずいぶんとバッサリ切ってくるね」
「私からしたら、あんさんが自殺する言うてたことのが一大事ですわ」
「言ってないよ。そんなこと」
「母様を助ける為に命差し出すなんて、同じことでありますわ」
「……」
「ところで、件のツユキはんはどちらに?」

彼女の言葉に視線をぐるりと遠くへ向けた。
……いつも僕が座っている縁側の位置には友人のミナキ君が座っている。彼は今朝、近くに来たからと何の前触れもなく僕を訪れた。偶然その場にツユキも居合わせてしまい、そのまま3人で家に上がり込むことになった。ちなみにその隣とも言える定位置には、いつも通り、ツユキが座っている。玄関先でタマオさんの相手をしている僕に、2人の会話は聞こえない。

「ミナキはんも来てはったの」
「僕もびっくりさ」
「何はともあれ、あんさんから吉報をいただけて私は充分ですわ」
「……」
「長い長い時間を、よう耐え忍びましたなあ」
「まるで、僕が冤罪を被っていたような言い方だね」
「間違いでは、ないと思いますがね。これでやっと、自由になれるってものですわ」
「……」

タマオさんがどこか遠くを眺めるように目を細めた。
――今さら、この人は、僕以上に母のことで苦しんでいたのではないかと思う。
幼なじみ、親戚という立場である以上、生きている人間では間違いなくこの人は僕に一番近い。面に出さず、ひたすら過去の罪悪感を抱えていこうとしたのはこの人も同じだ。
僕が何か行動を起こして償おうとしたことに対し、彼女はただ抱えていくことで償うことを選んだ。血は争えない、とでも形容したらいいのだろうか。

少しだけ可笑しくなって、つい笑みが零れてしまった。

「私は帰りますわ」
「そう」
「ツユキさんによろしゅう頼んますえ」
「気をつけてね」

静かに笑みながら頭を下げた彼女は、ゆっくりとその場から立ち去った。
ふ、と息を吐き出し、肩の力を抜く。歌舞練場へと帰っていく鮮やかな色を纏う背中を見送って、いつの間にか傍らに来ていたゲンガーを撫でた。

「今年の夏は、いろいろあったね」

苦笑しながら呟くと、ゲンガーが答えるように鳴く。
特に彼女は一般人でありながら、さんざん怪異に振り回された。スズの塔での少女とジュペッタの件や、今回の件。他にも僕には言わないだけで、何かあったかもしれない。
彼女はどうにもそういったモノ≠ノ好かれる傾向にあるらしい。
夏の色などすっかり失せた辺りの風景を見回しながら、家の中に戻った。

いつも通り廊下を進み、居間に向かう。途中ヨノワールがお茶を運んでいる姿が見え、つい笑みが零れた。居間に着いたところで、2人がこちらを見て声を上げる。

「あ、マツバさん」
「なんだ、もうタマオさんは帰ったのか?」
「大した用事じゃなかったからね」

……いつもと位置は逆になるが、いいだろう。そんなことを思いながら、彼女の隣に腰を下ろした。同時に奇妙な違和感が発露する。彼女の顔がやたらと近くにあるような気がした。――思えば普段はお盆を挟んで座るのだ。隣に座る、ということは、もしかしたら初めてなのかもしれない。
途端に急に恥ずかしいようなこそばいような感覚が胸中にじわりと広がった。

「マツバさん?」
「いや、何でもないよ」
「あ、それより見てください。絶対びっくりしますよ」
「!」

突然立ち上がり、彼女は中庭へと下りる。それに思わずミナキ君へと視線を向ける。彼は「まあ、見ていればわかる」と口端を釣り上げた。
どうやら僕がタマオさんと話しているうちに2人で何か企んでいたらしい。訝しげに眉をひそめる僕に、彼女は嬉しそうに笑いながら、ポケットから取り出したボールを宙に投げた。

ボールが発光し、中からポケモンが出てくる。ジュペッタ、ではないようだ。ジュペッタは彼女が先ほどまで座っていた場所にちょこんと座っている。

「あ……!」

中から出てきたポケモンに思わず声が上がる。
――ヨマワルだ。
まさか。

「まつば′Nです」
「捕まえたのかい?」
「はい。一昨日、マツバさんからお話を聞かせてもらった日の帰りに。なんだか付いて来ちゃったみたいで」
「なんだ、また懐かれちゃったのか」

可笑しくなって笑い声を上げると、事情をいまいち理解していないミナキ君が眉をひそめた。それが余計に可笑しくなる。

「……なんだかよくわからないが、ツユキもゴーストタイプを専攻したトレーナーになるのか?」
「あ、そういうつもりじゃないんですけど……」
「いいじゃないか。僕がしっかり指導するよ」
「本当ですか?」
「うん」

彼女が目を輝かせ、嬉しそうに頭を下げた。ジュペッタも新しい仲間ができたことが嬉しいのだろう。彼女の傍らに行ってはその肩に鳴き声を上げながらしがみつく。
ヨマワルは、一度僕とヨノワールを見詰めて、頭を下げるような仕草を見せた。

「いつの間にか君の周りも賑やかになっていたな、マツバ」
「……そうだね」

毎日楽しいよ

――何気なく空を仰ぐと、赤い、蛍のような光がふわふわと浮いていた。魑魅だ。ほだされるモノもなく、ただ不安定に、しかし自由に空間を舞う。どこからともなくやって来たそれは、ただ空の青に吸い込まれるように視界に映った。



きっと、それはどこまでも行くのだろう。






20110108




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