奇妙な事件だったと思う。

あの日からもう時期一週間が経つ。だが私は結局あの女性が誰だったのか、あの少年が誰だったのか、マツバさんがどう繋がりがあったのか、何一つ知らされないままだった。彼自身もここ一週間ずっと忙しいらしく、まともに顔すら会わせてない。……ただ体調は良くなったらしく、見かけた感じでは、比較的顔色が良くなっていた。
何もわからないまま、何も知らないまま、時間だけがズルズルと過ぎていく。胸中に沈み溜まる澱は、日に日にかさを増していった。

「あとで、きちんと話すから。だから、その時が来たら、良かったら聞いて欲しいな」

最後に会った日、彼は私にそう言った。僅かに充血した目が、力無く笑っていたと思う。
あの時何か、言葉をかけられたなら良かったのに。ただ口を噤み、頷くことしかできなかった。


**


「……」

ああ、また意味もなく来てしまった。マツバさんの家の前で、重く息を吐き出す。……ここ一週間、頻繁に通っているが、彼に会えた例がない。彼は忙しいのだ。今日もおそらく留守かもしれない。そんな予感を抱きながらも、私は何故か訪れることを止めようとはしなかった。
留守かもしれない。でも、留守ではないかもしれない。中途半端な期待に振り回され、私は今日も自宅に帰るはめになるのだろう。
吐息を吐けば、ボールの中からは無断でジュペッタが出てきた。

「……いつもいつも付き合わせてしまってすみません」

よしよし、とその頭を撫でると、ジュペッタは猫のように喉を鳴らした。それについ口元が緩む。
すると不意にジュペッタがビクッと体を震わせた。釣られて体が硬直する。どこからともなく笑い声が聞こえて、夜色の肢体がジュペッタの頭のススキのような部分を引っ張った。――ゲンガーだ。
同時にゲンガーを咎めるような声が響く。

「ゲンガー止めるんだ。怖がってるだろう」
「!」

見慣れた金色が玄関の向こう側からやって来る。何故だか無意識に体が強張った。緊張しながら彼の名前を口にする。彼は苦笑しながら、謝罪した。

「最近なかなか会えなくてごめんよ。ずっと来てくれたんだろ?」
「あ……の、えっと、はい」
「とりあえず入って。やっと気持ちの整理がついたんだ」
「……!」
「君さえよければ、聞いてほしいんだ」

どこか寂寥を孕み、微笑む彼に息を呑む。頷く私に彼は「ありがとう」と小さく呟いた。

いつものように、慣れた廊下を進み、定位置とも言える縁側に腰を下ろす。ヨノワールがお茶やお菓子を運んできて、私たちの傍らに置くとさっさと奥の部屋に消えてしまった。
最近ではすっかり秋の色が濃くなってきた。身に着ける衣服も気付けば長袖で、夏の気配などすっかり失せてしまっている。

中庭をぼんやりと眺めながら、ヨノワールが運んできた大福を一つ、口に運ぶ。程良い甘さが口内に広がり、肩の力が抜けた。隣に座る彼もまた中庭を眺めており、私はその横顔を盗み見る。
彼が一体何を考えているのか。そんなこと私にはわからない。何よりも私の考えが及ぶようなことではないのかもしれない。だから私が恐怖しただけの奇怪な現象に対し、彼がどのような思いで臨んでいたのか。そこには埋めようのない隔たりがあるのだろう。

お茶を一口だけ口に含む。同時に彼は、ポツリと言葉を零した。

「一週間前、僕たちを襲った異形を覚えている?」
「!」
「僕と同じ名前を持ったあの少年を、覚えてる?」
「……はい」

答えると彼は微かに瞼を震わせた。そしてどこか無理やり笑みを表情に貼り付け、言葉を続ける。

「僕はきっと、彼らは僕に対する戒めなんだと思う」
「戒め……」
「うん」



だってあれは、確かに僕と母さんだから



冷たい風が吹き、体温をさらっていった。





20101220




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -