夏祭りの日当日だからといって、別に浴衣を着て粧し込もうとかそういうのはなかった。ただ花火を見たいだけだし、何よりその花火はマツバさんの家で見る予定だ。いつも通りラフな格好で、ジュペッタを抱えて慣れた道を進む。
ポケギアを見るとそろそろ六時だ。屋台はいつもそのくらいの時間には開いているから、さっさと買うだけ買ってマツバさんの家に向かおう。
適当に空いている屋台に寄って、焼きそばとかき氷、たこ焼きにりんご飴とチョコバナナを買った。まだ人は少なかったが、浴衣や甚平が出す祭り独特の華やかな雰囲気がある。間もなく提灯にも火が灯り、日は沈み始めた。
提灯の淡い橙色に、浴衣や甚平のさまざまな色、空の藍色。極彩色の空間。
私はその中を足早に抜け、人の波の流れとは逆に向かった。

そしてちょうどマツバさんの家への通り道である焼けた塔の前に来たときだった。
塔の前に誰か立っている。
人が祭りに集中しているから、この辺りは人気がない。それにスズの塔での一件もあり、そのせいで反射的に体が強張ってしまった。
ジュペッタを抱き締め、無意識に立ち止まる。すると千草色の瞳がこちらに向けられた。

「こんばんは」
「! こ、こんばんは」

白い、スーツのような、祭りには不釣り合いな服を着た若い男性だった。焼けた塔を見上げていた瞳をこちらに向け、柔らかく微笑む。それに慌てて頭を下げると、クスリと笑う声が聞こえた。そして男性は笑みを浮かべたまま言葉を紡ぐ。

「この街の方ですか?」
「あ、はい」
「今日はやけに賑やかですね。先ほど大通りを見たのですが、祭りでも?」
「はい、エンジュはちょうど今日が」
「そうですか。コガネに向かいたいのですが、大通りがあれで、迂回路というのもあまりわからなかったもので」

苦笑しながら話す男性に、つられて苦笑した。確かにそうだ。祭りの間、コガネへ向かう近道でもある大通りは、出店を出す為に自動車は通行禁止になる。迂回路もあるのだが、民家が並んでいて人の通行が多い時間ではなかなか進むにも進めない。詰まるところこの時期のエンジュは、交通機関が著しく悪いのだ。

「暇つぶしにと観光でもしようと思い、焼けた塔を見ていたんです」
「そうなんですか」
「ええ。……あちらにあるスズの塔は、この塔と対になるものですか?」
「はい。私も小さい頃に聞いた話なのであまりよく知らないのですが、焼けた塔は昔、カネの塔と呼ばれていたそうです」
「カネの塔……」
「はい。スズの塔には伝説のポケモンが舞い降りる伝承があるのですが、同じようにカネの塔にも伝説のポケモンが舞い降りる伝承があったそうです」
「……」

男性は視線を私から焼けた塔へと移す。高く聳え立っていただろう塔は、二階の床まで焼け落ち、今では弱々しくその場に佇んでいる。
原因不明の火災でカネの塔は崩れ、そこにいたはずのポケモンは去っていった。今では海底に眠っていると聞く。そしてその時の火災で、三匹のポケモンが命を落とした。そしてその三匹を蘇らせたのがホウオウだ。しかしその力を恐れた当時の人々の行いに、今やホウオウや蘇った三匹すら去っていった。
焼け落ち主をなくした塔と、失望し主が去っていった塔。
私は言葉を続ける。

「焼けた塔は近々建て直されるような話が出てるんです」
「後に残された人々が、建て直した場所に主は戻るのでしょうか。」
「どうでしょう」
「貴女はどう思いますか?」
「え?」
「一度壊されたものを必死に建て直したとして、主たる方は戻ってくると思いますか?」

ひどく悲しそうに、男性は言った。冷たい風が吹き抜ける。ポタリと足に冷たいものが落ちた。ああ、かき氷が溶けてきてしまった。
私は男性に言われたことを理解するのに時間がかかった。そして間をおいたあとに、ぎこちなく返す。

「帰ってきて、欲しいです」
「……」
「でも、帰ってはこないと思います。」
「何故」
「……」

焼けた塔を見上げる。空は暗く淀んでいた。

「たぶん、違うんです。場所があるからとかじゃなくて、もう、その方にとって、帰る場所ではないのかもしれません」
「……」
「今までいた場所以上に、新しく見つけた場所が、楽に呼吸をできる場所なのかもしれません」
「私には、わかりません」
「……」

私はただ、その人の言葉に苦笑を返した。腕の中のジュペッタが小さく鳴き声をあげる。

「でもやっぱり」
「!」
「待ってるのに帰ってきてもらえないのは寂しいですよね」
「……」

今度は男性が私の言葉に苦笑した。風が吹いて、ひぐらしが鳴く。遠くから誰かがこちらにやって来て、男性がそれに振り返った。どうやらこの人の知り合いらしい。緑色の髪をした男性だ。どこか険しい表情をしたその人は、声を抑えて彼に何かを伝えていた。話している内容はわからなかったが、急ぎの用事のようだ。千草色の瞳の男性の顔色が変わる。そして私に一言告げて、足早にどこかへと去っていった。

それを見届け、私もまたマツバさんの家を目指して歩き出す。
急いでいたつもりだったのだが、着くころにはすっかりかき氷は溶けてしまった。しかし特に気にする様子もなく笑顔で迎えてくれた彼は、美味しそうにりんご飴を頬張る。その子供っぽい仕草につい笑ってしまった。

縁側にごろんと寝そべっている彼は、今日は一日中家の中にいたのか、甚平姿だった。彼は寝間着によく浴衣を着るが、気まぐれで特に柄がないシンプルな甚平も着たりしている。
それがそれなりに祭りらしさを出しているのだから、なんだか不思議な気分だ。

「あ、そろそろ花火始まるね」
「!」

むくりと起き上がって私の隣に座る彼の膝に、ゲンガーがストンと座り込む。食べていたたこ焼きを一つ差し出すと、ゲンガーは嬉しそうに食べた。
間もなく大きな音と共に夜空に大輪の花が咲く。
すぐに散ってしまうそれは、しかし次から次へと新しい花を咲かせた。

「来年も一緒に見ようか」
「じゃあかき氷溶ける前に急いで帰ってきますね」
「ははは、そうだね」









20100817




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