毛ヲ衣テ飛鳥トナリ、毛抜ケテ女人トナル。
(本草綱目)

子を抱き養ふて夜歩くぞ、其の赤子泣くを、うぶめ泣くといふなり。そのかたち、腰よりしもは血に浸つて、力弱き也。
(奇異雑談集)



その巨大な翼がバサリと音を立てる。眩しいほどの光が塔を包んだ。鳳笙が鳴り響き、空間は飲まれる。辺りに波紋する風に、炎も影も消し飛んだ。全身を覆っていた炎は一瞬で消え、彼女を拘束していた無数の手も消えた。
おどろおどろしい空気が払拭され、ただ愕然とその姿を見た。あんなに焦がれてやまなかった、あんなに憎くてたまらなかった存在が目の前にいる。呼吸を忘れるほどの光景にただ瞠目した。

「迎え……?」
「!」

背後で聞こえた声に振り返る。床に力無く倒れた赤い少女が、虚ろな瞳でその存在を見ていた。
あれほど歪に歪んでいた少女の体が、もとに戻っている。見えた顔は、ほんの幼い少女そのものだった。

「お迎、え?」
「……」
「帰、れ、る……?」

ぐったりとした少女が体を起こそうと、腕を張る。しかしその細い腕は力無く折れ、ぺたりとすぐに床にうつ伏せに倒れ込んだ。少女の瞳が涙に濡れる。

「ちゃんと、待ってたよ」
「!」
「いい子に、してたよ」
「……あ」
「おかあさん嬉しい? 私、いい子? それとも」

やっぱり、ダメなのかなあ?

呟いた少女の言葉に、彼女は突然体を起こした。ふらついた足で歩き出す彼女を、思わず引き止めるように名前を呼ぶ。
しかし大丈夫だと小さく微笑んで、彼女は少女のすぐそばまで歩いた。
少女は自分の前に立つ彼女に、瞳だけ向ける。そして彼女と目が合うと、気恥ずかしそうに俯いた。

「迎えに来ましたよ」
「……!」

彼女が言う。少女は丸い瞳をさらに丸くした。そして嬉しそうに笑う。
彼女は少女をゆっくりと抱き上げる。それによって少女の赤い振袖が、彼女の腹部から下を覆った。
それに僕も立ち上がる。彼女は少女を抱きながら、ゆっくりとこちらに歩を進めた。
そして降り立った瑞鳥の前へ行く。瑞鳥は首をかがめ、彼女と少女を見た。光が消え、辺りは再び夜の闇に包まれる。


「……」


瑞鳥は鳴いた。

腹から下を赤い衣服で覆った彼女がいる。

腕には子供を抱いている。

夜の闇に、瑞鳥の鳴き声がどこまでも響いている。

少女を抱いている彼女が瑞鳥を見据えた。

ああ、その光景はまるで。


「姑獲鳥……」


彼女は腕に抱いている少女をそっと瑞鳥に差し出した。
少女は笑っている。
彼女から赤い色が消える。
姑獲鳥は子を在るべき場所に返した。

首をもたげた嘴から、炎が揺れる。
そして辺りは極彩色の炎に飲み込まれた。

とっさに彼女を庇うように抱き寄せる。
彼女の腕の中の少女が、灰となって消えた。
真っ赤な振袖だけが彼女の腕に残る。
しかし炎に全く熱はない。


炎が消える頃、瑞鳥の姿も少女の姿も消えていた。





「お邪魔します」

大きくまん丸なスイカを抱えた彼女が僕を訪れたのは、三日後の夕方だった。ひぐらしが鳴き始め、涼しげな風が吹いている。出し忘れていた風鈴を今朝飾ったかいがあった。心地よい音に気が緩む。
彼女を中庭が臨める縁側に通し、いつものように座り込んだ。
彼女の膝の上には、ジュペッタがいる。

「すっかり懐いちゃったね」
「はい」

嬉しそうに彼女は笑った。

あの後、少女が消え、振袖だけが残った。そしてさらにその中に、あの時ゲンガーが見つけた日本人形があったのだ。
案の定、人柱の儀式の犠牲になった少女たちへの供養のものだった。
そしてその人形は突然僕たちの目の前で変化した。ボコボコと音を立てて人型が歪み、色が黒く変色する。そうして現れたのがジュペッタだった。

ジュペッタは元来ぬいぐるみや人形に人の思念が宿って生まれるポケモンだ。
この人形に人柱の少女の思念が宿りジュペッタが生まれた。そしてジュペッタをも飲み込む思念が化けて少女の姿をとったのだろう。
しかしその少女の自我もホウオウにより浄化された。成仏したと、思って間違いないのだろう。

彼女に目を付けたのは、おそらくあの日に少女の形をとるようになったからに違いない。

隣に座る彼女を見る。彼女が持ってきたスイカを切って、お盆に乗せたヨノワールがやって来た。スイカを手に取り口に運ぶ。

「甘いね」
「ありがとうございます」
「ツユキさんの家で作ったの?」
「え?」

尋ねるなり彼女はひどく驚いた表情をした。それにこちらが驚いてしまう。どうしたのかと首を傾げると、彼女はスイカを一口口に含み、咀嚼してから遠慮がちに言った。

「もう呼び捨てにしてくれないんですか?」
「……!」

その一言に、不意に顔が熱を持った。そういえばあの時無意識に名前を呼んだかもしれない。

「なんで覚えてるの…」
「死にそうでしたから」
「……」
「マツバさん?」

何故か無性に恥ずかしくなってしまった。あまりに凝視してくる彼女から視線をそらし、スイカを見詰める。しかしそれでも見詰めてくる彼女に、傍らにあった団扇で顔を隠した。顔が、熱い。

「?」
「何でもない、よ」
「……そうですか。じゃあヨノワールとゲンガーもたくさん頑張ってくれたのでスイカどうぞ」

既にスイカを食べているゲンガーと、律儀に一歩後ろにいるヨノワールに彼女が笑いかける。彼女の膝の上のジュペッタも器用にスプーンでスイカを食べていた。
すると食べ物の匂いに釣られてきたのか、フワライドやムウマージ、ヤミラミまでやって来る。
物欲しそうな目で見てくるヤミラミやフワライドに、何故かニヤリと僕と彼女を見るムウマージ。
彼女はたくさんあるからと嬉しそうに彼らにもスイカを勧める。喜んでスイカを抱えるヤミラミとフワライドは、中庭の池の前でこちらを見ながら食べ始める。隣にいるムウマージの視線が、少しだけ痛い。

「あ、風鈴飾ったんですね」
「うん」

笑う彼女に、釣られて笑った。
風鈴の音が鳴り響く。
一瞬だけひぐらしの鳴き声が遠退いた。


どこからか姑獲鳥の鳴き声がした。






20100805




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