「何かあったらいつでも頼って」と、言葉と共に携帯に登録された番号を眺める。ディスプレイ越しに並べられた数字を見れば、なんとなく、ただ漠然と安心することができた。
正直1人でいるのも充分過ぎるほど怖かった。だが、そんな気の持ちようでどうにかなる面まで他人に頼るのは筋違いだ。あと10分もすれば母親が帰ってくるし、何よりここは自宅で、今は昼間だ。何かが起こるなんて、ないはずだ。
言い聞かせては、居間で気を紛らわそうとテレビを付ける。特に見たい番組があるわけではないので、恐怖を強引に押し潰すために、バラエティー番組を探した。
しかしチャンネルを変えている途中で、不意にテレビの電源が落ちた。

……間違って電源ボタンを押したかな。

そう思い、電源ボタンを押すがテレビは付かない。それともコンセントが抜けそうなのか。とにかく何でもいいから理由が欲しかった。うなじに冷気が触れ、肌が粟立つ。
テレビに近付くと、今度はブツンと音を立てて電源が入った。年代物のブラウン管テレビなので、寿命がきたのかもしれない。強引にそれに納得し、テレビから離れようとした時だ。

「……?」

テレビの画面が一変して砂嵐になる。ざらついた音が聴覚を満たした。心臓が跳ね上がり、チャンネルを持つ手が強張る。息を呑み、ボタンを押した。しかしチャンネルを変えても、全て砂嵐になっている。

「なんで……」

電源ボタンを押す。しかしテレビの電源が落ちない。暴れる心臓を押さえ込み、テレビのコンセントごと電源を切ってしまおうと手を伸ばした。

――同時に、砂嵐の音にまぎれ、猫の鳴き声が響く。
ざらついたノイズの奥から這い出るように猫の鳴き声は大きくなっていく。
近付いてくる。
本能的に理解した。
猫の鳴き声は次第にノイズ音すら呑み込んでいった。何匹もの鳴き声が重なり、不協和音のように反響する。

それにとっさに携帯を取り出す。しかし圏外になっていた。込み上げてくる焦燥感を必死に押し殺し、部屋から出ようとチャンネルを投げ出す。
チャンネルが床に落下する音に呼応するように、居間のドアが開いた。猫の鳴き声がピタリと止む。空間は一瞬の無音に呑まれた。

「もう、行っちゃうの」

開いたドアの向こう側。葬儀場で見た白い着物の少女が、傍らにいるペルシアンを撫でながら言った。


「――ッ!!」

悲鳴を上げる余裕もなかった。空気が喉をかすり、ひゅう、と音が鳴る。ドクドクと全身に血液が送り出されるたびに体温が下がっていく。恐怖に動くことができない私に、少女は一歩、こちらに近付いた。体が震える。息がうまくできない。怖い。恐い。恐い。


――「ただいま!」
「!」

母の声が、鼓膜を突いた。同時に少女とペルシアンが消える。バタバタと母が廊下を歩く音が聞こえて、ビニール袋を持った姿が視界に映った。

「お母さん……」
「どうしたのツユキ」
「あ……」

全身の力が抜けて、思わずその場に座り込む。深く息を吐き出し、糸が切れたように弛緩した。

「顔色が真っ青じゃない。何かあったの?」
「だ、大丈夫。何もないよ」

荷物を下ろしながら言う母にぎこちなく返す。そしてふと、先ほど少女が立っていた場所へと視線を向けた。

そこには数枚の深い緑の葉と、赤い小さな木の実が落ちていた。





翌日、私はその葉と実を持ってマツバさんを訪れた。しかしよく考えたらこんなに気軽に訪れてもいいのだろうか。彼はエンジュのジムリーダーで私のような一般人では手の届かないような位置にいる。家柄も良く、関係者しか立ち入ることのできないスズの塔を管理している家系でもある。
一般の家庭に生まれた一般人である私と違って忙しいのだ。
そう思い、ジムの前まで来て引き返そうとも考えた。しかし再び運良く現れたマツバさんに声をかけられ、今はゆっくり話すのに、と彼の家にいる。

「これ、薬草だよ」
「え?」

葉を眺めながら、彼は言った。ゲンガーが赤い実をじっと見詰めながら、これもそうだと言うように声を上げた。

「薬草、ですか」
「うん、とは言っても、野生のポケモンが使うものだけどね」
「……」

薬草。あの着物の女の子が持っていた。一体どういうことなのだろう。
彼は持っていた葉をテーブルに置く。それに思わず小さく吐息を吐いた。分からないことばかりが増えていく。頬杖をつき、テーブルに並べた薬草を見て、彼もまた小さく息を吐いた。そして私に視線を向けては口を開いた。

「そういえば、ペルシアンは?」
「あの、それが……昨日から家に帰って来なくて」
「!」

そうだ、祖母のペルシアンが帰って来ないのだ。今まではどんなに家を出ていっても、いつも翌朝には家の中にいた。
それが今日の朝は、どんなに家の中を探しても見つからなかった。帰って、こないのだ。何よりもあの女の子もペルシアンを持っていた。祖母のペルシアンは一体どこに行ってしまったのだろう。漠然とした不安に俯く。するとマツバさんが急に立ち上がった。

「昨日、君が怪我をした場所があっただろ?」
「え、あ……はい」
「そこに行こう」
「それは……」
「……猫っていうのは、自分の飼い主のそばや生前生きていた住処で、死ぬことを嫌うんだよ」
「!」
「彼らは死に場所を求める生き物なんだ」




その日、私たちは人知れぬ場所で、眠るようにして亡くなったペルシアンを見つけた。
そしてその1時間後、祖母もまた、眠るように息を引き取った。







20110224




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