足が冷たい。
そっと交差させて、太ももをさすった。
車内の空調は、そこまで効いていないはずだが。

ふと、視線を自身の足元から持ち上げると向かいの席に座る青年が首を擡げた。
皺ひとつないスーツから伸びる白い手足が、人形のように力無く其処にある。
白い首が蛍光灯の灯りに透き通る。
頭上の吊革が不揃いに揺れ、まばらな影を彼の頬に落とした。
ガタンと鈍い音を繰り返しながら揺れる車体の中に、アナウンスが響く。

『次は×××。×××。降り口は右側です』

あと、3駅。
ドアの上部の電光掲示板の文字を眺めながら、そっと頭の中で呟いた。
一層大きく車体が揺れて止まる。
慣性のままに揺さぶられた青年は、その反動で重そうな目蓋を持ち上げた。
色素に乏しい灰色の瞳が、無機質な蛍光灯の色に冴える。
黒と白の明暗に飲み込まれてしまいそうなその容姿に、ふと、既視感に似たものが発露した。
今日は、この駅で降りるのだろうか。
視線が合わないよう、荷物を抱えて足元を見る。
青年は一度体勢を整え、椅子に座りなおした。
……どうやら違ったようだ。
彼が降りる駅は、私が降りる駅の1つ前か、その後のどこかの駅だ。
どんな理由で降りる駅が不定期なのかはわからない。
仕事の付き合いとか関係もあるのだろうし、もしかしたら恋人がいて、自宅に帰るか相手の家に行くか、という可能性も考えられる。
いや、言葉も交わしたことがない相手のことをあれこれ考えるのは下世話だ。
思考を切り替えるように、いつの間にか腹に抱えてるように膝の上に置いた荷物を抱きしめた。

ドアが閉まる。
車体が動き出す。

「降りないのか」

不意に聞こえた声に反射的に顔を上げる。
灰色の目玉がこちらを映していた。
蛍光灯の色にそっと細くなる瞳孔に、吸い込まれるような錯覚を覚えた。

私に問いかけたのか。
車両には、私以外誰もいない。
私、だろう。

唐突なそれに、とっさに言葉が出てこなかった。
私が降りるのはあと3つ先の駅だ。
何故そんなことを言うのか。
困惑のあまり、答えあぐねていると、彼は私から視線をそらし、窓の向こう側を見た。

「……前回は、2つ前で降りてたのにな。今回は、もう少し先に進めそうか」
――まだ、しがみついてこれそうか。

「アイツも、今回はどうやら俺より先に降りちまったらしい。前は、俺のが先に降りたのにな」
「何を言ってるんですか」
「終点にはたどり着いたことがないんだ。誰が一番先にそこに着くだろう」

誰が特別だろう。
誰が選ばれたのだろう。
誰なら許されたろう。

「此処は、まだ途中なんだ」

ガタン、と、一層強く車体が揺れた。
がくんと揺れた首に、意識が強引に引き上げられる。
持ち上げた目蓋に忍び込む大量の光に、思わず再度目を閉じた。

「name」

下の方で、私の名前が呼ばれた。
右手に持ったブレードを握りしめるが、力が入らない。
下半身に、感覚がない。
かろうじて感覚のある左手には、大量の血液が伝っていた。
視界が霞む。
呼吸が思うようにできない。
腹のあたりから喃語のような、うめき声のようなものが響く。
巨大な歯が、私の体を食いちぎろうとする刹那だった。

「name、返事をしろ」

思うように動かない首を持ち上げ、声の方を向く。
さっき電車で見た、青年が。
――あれ、電車? デンシャ? でんしゃって、なんだ?
「さっき」って、何?
痛みで一瞬だけ意識を飛ばして、何を見たんだっけか。

ブレードが手から滑り落ちる。
地面には、血だまりと、仲間だった肉塊が大量に転がっていた。

「へい、ちょう」

灰色の目玉が私を見ている。
私は、貴方はとても特別な人だと思う。
ガタン、ガタン、と、鈍い音が耳の奥で響いている。

ごめんなさい。
私、今回は先に降ります。

意識は暗転した。


『次は×××。×××。降り口は左側です』



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巨人に食われる瞬間の、夢のようなもの、臨死体験のようなもの。

20140606






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