※BW2ED後の何もできないゲーチスさん
※そして主人公が結構な変態


「みどりのめのばけもの」

母は、私の目を見てひどく憎らしげに顔を歪めた。
どの記憶のページを捲っても、どんなに昔に遡っても、母は私の目を嫌悪していた。
嫌悪や怒り、苛立ちに憎悪、不快感に歪む顔、母という単語が思い出させるのはそれらだけである。
笑いかけてくれた記憶がないのだ。
私の目玉は醜いのだそうだ。
母が言っていた。
私の目は醜い。
気持ち悪い。
不愉快な色をしている。





どうせ、ひとりではもう満足に動くこともできないから。

頭の中でそう囁いた狡猾な自分が笑う。
しかし今日は存外意識もはっきりしていたようだ。椅子に座り、普段はびくともしない彼が珍しく物音に肩を震わせた。
私が近付けば赤い目玉が向けられる。
擡げていた白い首が、おもむろに持ち上がった。
その緩慢な動作に、しんと空気が張りつめる。
色素の薄い長い緑の髪に覆われた相貌が、確かに私を捉えた。
手を伸ばし、柔らかいその髪を退け、皮膚の粒子を確認するように手を這わす。
私が触れたその頬は、確かに一瞬だけ不快感を表すように歪められた。
こちらを見上げる血溜まりのような虹彩が剣呑に輝く。
混じり気のない綺麗な赤だ。
彼が怒気を滲ませれば血を連想させ、安寧を抱けば夕陽を連想させる。
私のように、卑しい詰まらない人間が持ち得ない色。
眼窩に嵌め込まれたその虹彩の色は、人が触れてはいけない暗闇の淵にある鉱石のようだった。

青褪めた頬の輪郭をなぞる。
作り物のような冷たさと、痩けて柔らかさを失った感触に、ぞくりとした。

「……一体」

何のつもりだ、と掠れた声が紡いだ。
上手く機能しない声帯に彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
私の手を振り払おうと動いた手は、しかし力なく私の手に添えられただけだった。
白い手には、青い血管が透き通るように浮き上がっている。骨のように細い指も、肉がほとんど落ちた腕も、ほんの少し、力を込めれば崩れてしまいそうだ。硝子細工のようだ。
こんな細く脆い腕で、世界を治めようとしていたのか。
これでは世界に彼の手が折られてしまう。
いや、それ以前に、彼は世界に拒絶されたのだ。
全てを失い、世界から逃れてこの人里離れた古い屋敷にたどり着いた。
彼が幸福だった点といえば、屋敷の主が私であったことと、信頼の厚い3人の部下がいたことではないだろうか。

彼の目の前に立ち、椅子の背凭れに手をつく。
必然的に私が彼を見下ろす体勢になる。
頬に触れていた指先を、目蓋の縁に移動させた。

「良かったです。意識が混濁してない日は久しぶりですよね」
「……」
「ダークトリニティたちは、今は出てます。たぶん、一時間もしないうちに帰ってくると思います」

そんなことは聞いていない。
そう言いたげな視線が私に突き刺さる。
赤がひどく綺麗だ。
彼の目蓋に触れる指先に、つい力が籠る。
このまま指を眼窩に押し込めば、その赤い瞳は簡単に床に零れ落ちてしまうだろう。
しかしそれは彼を痛め付けるようなものだ。
激痛は確実に走るだろうし、同時に光も失う。
そうなればひとりでなど尚更生きてはいけない。

ふつりと、甘やかな支配欲が疼いた。

ごつりとした骨と皮膚のみの痩せた肩に触れる。
この綺麗な目を取り出して自分のものにできたら、それはそれはたいそう幸せなことだ。
誰も触れることのできないこの赤を手にすることができたら、きっと彼らも羨む。
誰の目にも触れさせず、私だけの秘密の宝物にするのだ。
部屋に飾って、その美しさを見守るのだ。
でも、やはり盗まれてしまわないよう、宝箱の中にしまっておこう。
鍵をかけて、大切に大切にしまっておこう。
そしてそれによって彼が私に頼らざるを得ないのなら、それもまた至極幸福なことだ。
彼の生涯を支えられたら、それは私にとってとても有意義なものだ。
唯一の肉親である母に捨てられた私を、救ってくれた恩人の生涯を支えられるなら。
それほどまでに幸せなことはない。

彼の目蓋に唇を押し当てる。
僅かに血流を感じた。
薄い皮膚に歯を立て、甘噛みを繰り返す。
柔らかい睫毛の感触に、そっと舌で目尻をなぞった。
……ああでも、目玉を取るのは、やはり止めておこう。
私なら痛いのは嫌だし、見えなくなるのも嫌だ。
後で聞いてみて、もしくれるのなら貰おう。
貰ったら、大切にするのだ。
抵抗するように、彼はきつく目蓋を閉じた。
しかし構わず舌を目蓋の隙間に差し込む。
彼の眉間に皺が寄るのが分かった。
強引に眼球の粘膜を舌で舐めあげた。
味覚も舌の感覚も、何故だか妙に何も感じない。
気付くと心臓だけがどくどくと煩く騒いでいた。

唇を目蓋から離すと、喉元を掴まれ強い力で引っ張られた。さすがに苦しいとは感じたが、それも唇に押し当てられたそれに忘れてしまった。しかし次の瞬間には唇に痛みが走る。噛み付かれたのだと理解するのは、彼に突き飛ばされた後だった。
右半身はほとんど動かないらしいが、なるほど、左半身は存外自由が利くらしい。
じんじんと熱を持つ疼痛が唇の端に宿る。試しに指先で拭うと、血が付着した。口内に鉄の匂いが広がる。

「満足ですか」

呻くように吐き出された言葉に、喉元に這い上がってきた言葉を飲み込んだ。感情がごっそりと抜け落ちた赤い瞳が私を見ている。
硝子玉のように透き通る虹彩の色に、えもいわれぬ感情が背筋を撫でた。

「貴女の倒錯的な性癖に付き合う気はありません」
「ごめんなさい」
「……Nの目玉を抉り出そうとしていた貴女を、早い段階で組織から追い出して正解だったようですね」
「ああ、Nもとても綺麗な目をしていましたね」
「……」
「でも、私は嬉しかったんです。この大きな家を貴方からいただけて。確かに捨てられたんだとは言われますけど、現にほら」

今一度彼に近付く。
彼は関心の欠片もなさそうな、冷めた目で私を見た。

「此処に来てくれたでしょう」

ほとんど動くことのない彼の右手をとり、頬を寄せる。
確かに、組織が本格的に始動する遠い昔、私は組織から追い出された。当時はNが王という立場で、彼がその側近のような立ち位置にいたのだったか。
あの無垢な青年の世話係として女神と呼ばれる二人の女性と共に組織で働いていた。
――しかし、それだけである。
彼の右手の甲に唇を這わせ、目を細めた。薄く透き通って見える青い血管をなぞる。手首に感じたか細い脈を撫でた。

「出ていきなさい」

彼の左手が私を引き剥がす。
どうにも、左半身の自由が利くのがいけない。
彼の右半身はいつも私を受け入れてはくれるが、左半身はいつも拒絶を露にする。
どうにかしてその拒絶を消し去りたいと思うが、さすがに左腕を切り落としてしまっては不便だろう。
何か良い方法はないのだろうか。
名残惜しくも彼から離れる。
そろそろダークトリニティも帰ってくる。
あの3人に、私がゲーチス様の傍らにいることを許されなかったのは、私が彼を想っているからだと言われたことがある。
ダークトリニティたちも彼を大切に思っているだろうに、何が違うのだろう。
私には理解できない水準だ。

「それでは失礼しますね」

真っ赤な目玉がそらされる。
薄暗い部屋の中に、忙洋と浮き上がる白い影にドアノブを握る手が震えた。華奢なシルエットを目に焼き付け部屋を出る。
向けられた背中は、強い拒絶を示していた。

ねえ、あいして

あいして

あいして



20130323
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