「彼は彼女を好きだったのだから、これはしあわせな結末だよ」

いや、それは違うと思うよ。
一概には言えないけど幸せじゃないのは確かだよ。だって彼女は既に彼の恋人を止めていたし、新しい男性と新しい生活を始める予定だったもの。
あれ、知らなかったかな。彼女、薬指にはめてたよ、指輪。何でも先月新しい彼にもらったんだって。すごく嬉しそうにしてた。ああいうの幸せっていうんでしょ。
確か、私の記憶している限りではね、来月に式を挙げる予定だったんだって。
真っ白で綺麗なウェディングドレス着て、お色直しで白無垢を着て、なんてこと言いながら笑ってた。式場の案内を見ながら幸せにしてたなあ。純白の衣装を着てさ、幸せになるんだって。
あ、あはは。
純白の衣装なら着てるか。

「とても似合うと思うよ」

そうでしょう。
まるでお人形さんみたい、なんてお母さんが言ってた。
ふふ、はは。あはは。
お人形さんみたい、だって。お人形。素敵。あはは。

「何がそんなにおかしいんだい」

だって、だってお人形。人形はしゃべらないよ。お母さん、例えが下手よね。
ああ、そうだ。
彼女、ずっと昔――といっても中学の頃だけど、彼からぬいぐるみもらったんだよね。あ、彼とは幼なじみで小学校からの付き合いだったらしいよ。
……それでね、そう、ありきたりなウサギのぬいぐるみ。
彼女、そのぬいぐるみをもらってから少し経ったくらいから、気味悪いことが起こるようなったんだって。
具体的なモノがあったわけじゃないんだけどね。
何でも家に1人でいる時に視線を感じたり、風もないのに家のドアやクローゼットが開いたりしたそうだよ。

「彼女、考えすぎなんじゃないのかい?」

そうだよね。
中学って言っても受験を控えてる時期だったし、神経質だったのかもね。
それでね、卒業式の3日くらい前かな。
彼女の両親、2人とも働いてるから、夜まで1人なんだって。その日もいつも通りだった。でも、テレビを見ていたらさ、何の前触れもなく急に意識が遠退いたんだって。それでとっさに我に返ると、真っ青な顔して眠ってる自分の姿があったんだって。白昼夢ってヤツかな。ああ、でも夜だからただの夢?
真っ青な顔をしてる彼女はね、何の前触れなし目を見開いて言ったそうだよ。
「腹の中の髪の毛飲んだ?」
気持ち悪いよね。
真っ青な顔してるのに目は真っ赤に充血しててさ。唇もカサカサ。死に顔みたいなんだよ。
それで彼女、悲鳴を上げたんだって。そこで親が帰ってきて、次の日に病院行ったらしいよ。
それ以来あまりにもそれに過敏になりすぎて、情緒不安定になっちゃった。親もそんな彼女を放っていくわけにはいかないしね。カウンセリングに連れていったりした。

「彼女も大変だね」

うん。それでね、しばらくしたころかな。今の男性に会った時。
昔彼からもらったぬいぐるみがあるじゃない?
結構長いこと押し入れにしまいっぱなしだったそれを引っ張り出したんだって。

「どうして?」

どうしてって、それは、ほら。今までの自分を捨てて新しい自分になるためよ。新しい自分になって気分を一新させれば、状況が代わると思ったの。気味悪い現象も神経質なのも、大丈夫だと思ったの。
それでね、そのぬいぐるみを取り出す時に、偶然押し入れの中の他のモノに引っかかってお腹が裂けちゃったんだって。
そしたらビックリ。
だってぬいぐるみの中って、普通は綿でできてるでしょ?
そのぬいぐるみ、何が入ってたと思う?

「さあ、なんだろう」



髪の毛


髪の毛がさ、綿の代わりに大量に入ってたんだって。
彼女はそれを見て怖くなっちゃってさ。そのぬいぐるみをすぐに燃やしたそうよ。
あと、ほら、それくれたの、昔の幼なじみの彼でしょう。
彼と会うのを頑なに拒んだんだって。

「酷い話だな」

でしょう?
本当に酷い話。
っていうことは、彼女が今まで味わってきた恐怖って彼の仕業でしょ?
彼、ゴーストタイプのポケモン持ってたし。
そうすると全部辻褄が合うの。
でも同じくらい、彼女には不思議でならなかった。
どうして仲の良い幼なじみがこんなことをって。だって、彼のせいで彼女、情緒不安定になっちゃったし、医者に通い詰めで高校も留年してるの。

「彼は彼女が好きだったよ」

ねえ、だとしたら、どうして?
彼女は怯えて新しい男性と共に街を去っていった。だって彼が恐ろしかった。
街を去ってからしばらくの間、彼女は平穏に暮らしていたわ。もちろん、彼を忘れてしまうくらい。

「ひどい」

――ひどい?
ふ、ふふ、はは、あははは。
あはははははは。
変、変なの。
悪いのは彼でしょ。
だって、ほら、彼よ。
ねえ。
ひどいのは、どっち?
ねえ、なんで。
どうしてよ。
答えてよ。
だって彼女だって幸せになりたいわ。
なのにどうして?
本当は彼女を嫌っていたのでしょう?
だから、あんな、ひどいことしたのでしょう。


わたし、かなしかった

ひどい。
ひどいよ。
まつば、ひどい。
大好きだったのに。
あの男性だって、ただの従兄よ。
指輪は、貴方がくれたものよ。
なんで。
ねえどうして。
開けて。
お願い、開けてマツバ。
ごめんなさい。
怒ったなら謝るから。
こんな狭い箱の中は嫌だ。
こんな狭い箱の中で、真っ白な着物着たって嬉しくないよ。
マツバ。
ねえ聞こえるでしょ。
出して。
開けて。
花に体が埋もれてく。
寒い。

ねえ。

「じゃあ、どうして君は死んでしまったんだい?」

死に装束を身に纏い、棺に眠る私に彼は眉をひそめた。







20110605
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