「オルゴールは父がわたしにくれたものだ」

かつて彼女が言った言葉を思い出す。その持ち主は今はその父の息子へと渡された。彼らの父の墓前に立ち、思案する。
街を夜に閉ざしたきっかけは「彼女」だが、閉ざすことを依頼したのは「彼」だ。何よりも閉ざしていたのは彼らの「父」なのだ。今回の件の罰を受けるべき「父」は時間を戻すために自害し、「彼女」は朝焼けを取り戻すため消えてしまった。残された「彼」は、ただ虚しい現実の中で生きている。
一体ハートの女王にどう報告をしたらよいのだろう。かぶっていた帽子を取り、ため息を吐いた。

「帽子屋ともあろう者が、こんなことで躓くなんてなあ」

一見したら被害者であり第三者であった自分たち。父母と朝を取り戻した僕たちに比べれば、何もかも失ってしまった彼には、重い罰が架せられているも同然だと思った。






そっと瞼を持ち上げる。
網膜に突き刺さる金色に、意識がシンと張り詰めた。
方形に切り取られた光が部屋を満たし、ゆっくりと輪郭を溶かしていく。
ずいぶんと長いこと、夢を見ていたようだ。
病室のカーテンは緩やかな風に翻され、淡い影を揺らす。何気なしに手の甲に視線を落とした。時間と共に皺が深く刻まれた肌は、色を亡くして沈黙している。

「目覚めすら、恐れて、いたけれど」

傍らにあるオルゴールが、触れてもいないのに鳴りだした。オルゴールの中心に座する月の少年は、長いこと孤独だった。しかし視界に映るそれの隣には新しい人形がある。少女の姿を模したそれは、彼の両手を握り締め、静かに微笑んでいた。空を見上げていた少年も視線を少女へと落とし、静かな微笑を浮かべている。

夜が、明けたのだ。

失いたくないがために、繰り返し繰り返し巻き戻してはやり直し続けた時間。進むことを許さなかった。だが、結局失ってしまう。そう世界は結論付けた。それすら認めたくなった。自身をひたすら責め殺し、同じ時間の中をさまよい続けた。それも解放されてしまった。
目を細め、睨むようにその窓の向こうを眺めた。どうしようもない無力感や喪失感は、どうしたって拭えない。ゆるりゆるりと、指先から徐々に粒子へと変わり、体は宙に霧散していく。息を止めれば、目の前がじわりと熱を持って滲んだ。
朝焼けと引き替えに彼女はその身を捧げた。夜が終わらない街に朝が訪れた。
悲しみはない。
あるのは、おそらく寂しさと後悔だけだ。
だが、時期にそちらに行くことになる。

懐かしい匂いを孕んだ朝焼けに、体が融解していった。


Night is over.
And I lost my dear.
But they said
"We existed with you"


20110703

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