2番目に拾ったジプシーの子は物を造ることが好きだった。物作りに熱中している彼女の集中力はそれこそ目を見張るものがあったくらいだ。
人形。時計。椅子。オルゴール。小物の数々。自分で物を分解しては再度作り直し、自らその造り方を学んでいった。学んでは造り、造っては壊した。
いつしか『絡繰師』などと呼ばれるようになり、仕事も請け負うほどの大人になっていた。
……だが、些か執着心が強すぎた。
拾った娘たちは実子同然のように育てた。彼女も、他の孤児たちも。
しかし私には、妻も子供もいた。例え若い娘を拾おうと、肉親以上の愛情は抱かない。彼女がたとえ、どれほどの劣情を抱いていようと、私は応えることはできない。
毎夜私を訪れ、その想いの重さを曝そうと。
故に、亡くなった妻の人形を、彼女が造って持ってきたときは驚いた。恋敵という概念はなかったのだろうか。彼女は人形を差し出し、私に言った。

「貴方の愛情を、拒絶し続けていたのは私の方だった」

先ほど出て行ったばかりの娘は、戻ってくるなりそう言った。未ださ迷い続けているその御霊は、時間を失い容姿が安定しない。この間は若い娘、昨日は幼い少女、今日は年老いた老女。その容姿の変動を隠すため、彼女は己の顔を暗闇に潜ませた。

「先ほどまで、一緒にいた青年は?」
「帽子屋が連れて行ってしまったよ」
「……追いかけなかったのですか」
「もう、終わりにしようと思ってね」
「……」

貴方もそうでしょう、と彼女は首を傾げた。私は一度だけ控えめに、隣の部屋に続くドアへ意識を向ける。次いで1つ息を吐き、ゆっくりと首を振った。

「私は先に終わらせていただきましたよ」
「まあ、酷い」
「もう、充分ですから」

私の言葉に、彼女は苦笑を零した。だが、充分なのは紛れもない真実だ。やっと会うことができた。間違いはしたが、確かにあの子に会うことが叶ったのだ。これでやっと、眠りに就くことができた。指先がカンテラの灯りに透き通る。溶けるように霞んでいく手の甲に、自然と笑みが零れ落ちた。
すると向かいに座る彼女がゆっくりと立ち上がる。深い影を宿した貌が、ゆらりと微笑んだ。近付いてきたその頬に触れる。そっとフードを取り、ずいぶんと長い間彼女が隠し続けてきた素顔を見詰めた。

「何も変わらない。貴女は昔のままですね」
「よく言う」
「貴女は、変わりなく私の大切な娘ですよ」
「……」
「一足先に逝くのが親の役目です。貴女には、もうしばらく、生きて……」

透けた体が霧散する。隣の部屋に続くドアが、小さな音を立てて開いた。彼女はその向こう側のものを見て目を細める。

「一緒に連れて行ってくれてもいいじゃないの、お父さん」

冷えた空気が部屋を満たす。
隣の部屋には、人形を抱き締め、息絶えた『私』の体があった。
右手に持つ秒針は血に濡れている。私はどうやらそれを使うべくして使ったようだ。

さあ、早く時間を返そう。





「だから待ってってば!」

勢い良く腕を引かれ、急いていた足を止める。振り返った先には、帽子屋の少年がいた。間を置いて後ろから、少女が追いかけてくる。無理に振り払って行こうとも考えたが、さすがに良心が痛む。ひとまず立ち止まると、亜麻色の瞳がボクを非難するように睨んだ。

「待てって!」
「ボクは急いでいるんだ」
「絡繰師はどうせ時計屋のところにいるよ」
「時計屋はさっき行ったばかりだ」
「そういうんじゃなくて」
「何なんだい?」

ゆるりと離れる手に首を傾げる。いつの間にか追いついていた少女が、少年の隣に並んでいた。彼に変わり、彼女が続きを口にした。

「絡繰師は時計屋の娘なの」
「は……?」

娘?
明らかに不自然なその言葉に顔が歪む。どう見ても時計屋の方が若い。絡繰師に至っては孫がいてもおかしくはない年齢だ。時計屋が絡繰師の息子ならまだしも、彼女が時計屋の娘?
少女は言葉を続けた。

「絡繰師はジプシーの子。時計屋が2番目に拾った孤児。でも他の養女と違って娼婦にはならなかった。代わりに呼び名通り、人形やオルゴールや玩具を作ってる」
「待って、彼女は老女だよ」
「それは絡繰師だから。彼女の時間が狂ってるから」
「よくわからないよ」
「とにかく絡繰師は時計屋の娘。時計屋にいることが多い」

この世界は、やはり何かが変なのだ。少年の手を振り払おうと体に力を入れると、今度は少女の腕がしがみついてきた。なかなか抜け出すことのできない状況に、どうしようもなくもどかしくなる。
何とかして彼らを説得しようとも思うのだが、良い言葉が見付からない。必死に思考を巡らせれば、不意に辺りに鐘の音が響き渡った。

「!」
「鐘……?」

一体どこから。辺りを見回す。同時に腕を掴んでいた彼らの手が離れた。彼らは街の東の方を見詰め、瞠目している。その視線の先を辿れば、そこには大きな時計塔があった。振り子時計をあしらったそれが鳴らした音だろう。響く鐘の音に、彼らは息を飲んで言葉を吐いた。

「時計屋が、時間を返した」
「動くの」
「時間が」
「朝が」
「夜が、明ける」

「わたし、もう行かなきゃ」
「待って」
「きっと朝はくる。わたしが、きっと、」
「ボクも一緒に行くんだ。約束しただろ」
「ダメだよ。貴方は、お父さんを支えてあげて」

< おやすみ >


東の空が白む。ボクは反射的に、時計塔に向かって走り出していた。道なんてわからない。ただ、ボクはそこに向かわなければならない。大通り、路地裏、小路、広場。ただ道を進んでいく。驚くほど疲労は感じなかった。息も上がらない。
気付くと時計塔の前にいて、ボクは扉を開けさらに先に進んでいく。
――彼女は最上階にいる。
長く続く螺旋階段を上った。どこまでも遠い空を目指す。冷たい大理石で囲まれた塔内は、外から差し込む星明かりに青白く輝いていた。

「……っ」

最後の1段を上る。バクバクと鳴る心臓を抱え、屋上に繋がる扉に手をかけた。






2011720


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