「親が化け物なら、子も化け物であるのが道理でしょう」

だからアレは人には成り得ないのですよ。
誰に言うわけでもなく呟かれた言葉は、宙を漂い霧散した。陰る深紅の瞳は自嘲を孕み、どこか遠くを見つめている。手に抱えた傷だらけのポケモンが、弱々しい鳴き声を上げた。角を曲がれば化け物≠フ部屋だ。男は足音だけが響く廊下を進み、時折気にかけるように腕に視線を落とした。

「なら貴方も化け物なのですね」

その視線を掬うように呟く。彼は前を向いたまま、鬱蒼と目を細めた。僅かに悲哀の色が瞳に浮かぶ。それを見て、私は繰り返した。

「化け物なのですね」

彼は足を止めた。目的の部屋の前に着いたからだ。
私はわざと彼の右側に回り込み、手を伸ばす。案の定、視力を著しく失った右側からの動きには、彼はすぐに反応できなかった。頬に触れた瞬間に、彼は私の手を勢い良く振り払った。
不快感とも悲痛とも取れるような表情をし、彼は眉をひそめる。

「触れないでいただけますか」
「ずいぶんな物言いですね」
「……化け物≠ェ、移りますよ」

そんなもの、移るのだったらとっくに移っているだろうに。
苦笑する私に、彼は小さく吐息を零す。

過去にハルモニアの血故に迫害を受けた彼からしたら、それは条件反射のようなものなのだろう。特異な血族は崇められると同時に、奇異の視線を受ける対象になる。古代はハルモニアも前者であったが、彼の代には後者になりつつあった。幼少時に迫害を受けた為、彼は右目の視力を失ったのだ。
それでも栄光を取り戻そうと、足掻いた末にこの組織ができたと言えよう。

彼の子もまたその血の特異な能力を備えて生まれてきた。彼は己の子を見るたびに嘲るように言う。「ほら、化け物の子供はやはり化け物だ」と。
だからだろう。
彼は異常なまでに過保護だった。外に出れば異物だと迫害を受けるから。人間と触れ合えば絶望するだけだから。人間に興味を持てば傷付くだけだから。
彼は子供から外界との接触の一切を奪ってしまった。
幼少時にそのような閉塞した世界で過ごせば、人格形成に支障をもたらすだろうに。

「……」

私が人間として生きていれば、少しは状況が変わっただろうか。夫と子供を、別の道へと導くことができただろうか。閉塞した世界から、家族を救えただろうか。隣にいる彼は私に視線を向け、ひどく苦しそうに呟いた。

「どうして、貴女は死んでしまったのですか」

契りを交わしたあの日から、永久に一緒のはずなのに。

「……」

彼はドアを開ける。中でレールをいじって遊んでいたらしい少年が、こちらに駆け寄ってきた。

「N様」

彼が腕に抱えた傷だらけのポケモンを差し出す。Nは、悲しそうに腕を伸ばした。受け取ったポケモンを泣きそうな顔で抱き締め、「ひどい」と繰り返す。胸がギシギシと痛んだ。

「それでは私は失礼します」
「待って、ゲーチス」
「何か」


「そこの女の人の顔を持ったデスマスは大丈夫なの?」


Nが私を指差しながら言った。ゲーチスは無表情を装いながら曖昧な答えを返す。そして半ば無理やり納得させ、私たちは部屋を後にした。


「こんな姿になってまで、貴方のそばに在りたい私と、こんな姿の私を置きたい貴方……どちらが本当の化け物なのでしょうね」
「言ったでしょう、移ってしまったら、大変ですと」
「……」
「私たちは呪われているのです」

そんなもの、詭弁だ。死んでも夫と子供に未練を残し、こんな姿になった私。死んだ妻を諦めきれなかった彼。閉塞した空間で生きるN。私たちは間違っている。私の死をきっかけに崩壊した世界を再構築した結果がこれだ。
心中で彼の名前を呟く。
彼の名前を呼ぶたびに後悔は降り積もる。それでも彼は言う。浅ましい執着であっても。




貴女を喪いたくはなかったと。








20101103
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