▽見限られた世界


夜明けを迎えるには早い時間帯に目を覚ました。
冷え込んだ空気が肺腑に流れ込み、吐き出す息が白く染まる。体のあちこちが痛い。手のひらに伝わる冷たい地面の感触に、つい眉をひそめた。
燃え尽きた焚き火を囲み、向かい側である人影に視線を向ける。壁を背に寄りかかり、首を深く擡げている姿を見る限り寝ているのだろう。湿った土の匂いと冷たい空気に思わず身震いした。
……大人しく言うことを聞けば良かった。
ため息をつきながら、炭になった焚き火跡を眺める。昨日の昼頃着いた街で宿を取っていれば、おそらく野宿は免れただろう。しかし彼のその提案を無視し、無理に先に進むことを言い張ったのは私だった。目的地はすぐそこなのだ。ならばできる限り進みたい。気持ちばかりが急いていた。

しかし改めて思い返すと、長いようで、実際はたかだか2ヶ月の旅だった。

考古学者、と言われるほど大した職に就いているわけではない。ただ、幼いころから神話や伝承には強い関心を抱いていたと思う。だから遺跡や伝承、神話を調べたり訪れたりするのが好きだった。もちろんそれに関連する職にいつかは就きたいと思っている。ただ、そのためには今のうちにそれなりに目で見て勉強しておきたかった。動けるうちに見て回れるものを見て回りたい。そんな小さな野望からかれこれ1年は旅をしていた。

彼と出会ったのは、その最中だった。イッシュの神話や伝承に詳しく、また、旅をしていると聞いて勝手に同行している。私よりも遥かに博識な彼から学べるものはそれこそ頭に詰め込みきらないほどだ。彼のおかげで旅が充実していると言っても過言ではないだろう。

ふと、瞼に眩しさが突き刺さり、視界が眩む。洞窟の入り口へと視線を向ければ、遠く離れた山の端から日が姿を覗かせていた。暁だ。徐々に侵食するように日差しは肥大する。同時に鼓膜に低い声が触れた。

「……朝か」
「あ、おはようございます」
「……」

少しだけ重たげな瞼から、赤い瞳が覗く。萌黄色の髪が肩を流れ、その貌に影を落としていた。どうやら完全に覚醒してるわけではないらしい。苦笑しながら、バッグに入れてあるビニールに包まれたパンを取り出した。前の街で朝食にと買ったものだ。彼はそれを緩慢な動作で受け取りながら、洞窟の外を見た。

「この森を抜ければ、サザナミですね」
「!」
「おそらく1時間も歩かないで着くでしょう」

パンを千切っては口に運び、咀嚼する。ああ、もう、そんなに進んでいたのか。彼の言葉を頭の中で反芻した。そう改めて考えると、ほんの少し寂しさが発露した。
……私が彼と旅をする理由は、目的地がサザナミ湾にある海底遺跡だったからだ。私はそこを終点に一度家に帰るつもりだ。彼が、その後どうするのかは分からない。だがそれは暗に目的が達成されれば別れを意味する。2ヶ月と言えど、そばにいれば情が移る。現に私が彼を父や兄といった肉親のように慕っているのは事実だ。
最も、彼は存外淡泊で無頓着な面があるから大した感慨も抱かないのだろう。それに出会った当初、彼は「馴れ合いは好まない」と言っていたのだ。
それはそれで、仕方がない。
思ってはみるのだが、やはり私には寂しいものだ。

「……それより」
「はい?」
「きちんと眠れましたか」
「あ、もちろんです。私、これでも環境に順応が早いんですから」
「鈍いだけでは」
「えっ」
「頭を壁にぶつけても起きませんでしたからね」
「え、こ、瘤とかできてます?」
「冗談ですよ」
「……」

可笑しそうに苦笑した彼に、つられて笑みが浮かんだ。

朝食を終えた後は、適当に準備をして止めていた足を再び進め出す。
移動は専ら徒歩だった。私は空を飛べるようなポケモンを持ってなかったからなのだが、彼は「そちらの方がらしい」からだそうだ。それに「最後くらいは歩いて土地を感じた方がいい」とも言っていた。……彼は、この後は外国にでも行ってしまうのだろうか。聞こうにも、肯定が返ってきた時を思うと何だか怖くて聞けなかった。

また、移動中はひたすら他愛のない話をしたり、無言だったりとまちまちだ。
しかし聞けば答えてくれるし、話を聞いてくれる。下らない、詰まらない話でも、聞いてもらえるというのはやはり嬉しかった。今まで1人で旅をしてきたこともあり、余計に誰かがそばにいる温かさが身に染みた。
――でも、反面迂闊に聞くことが相手の深みに触れる可能性があることも承知している。
前に家族のことを聞いた時に、彼はまるで他人事のように自分の過去を語った。親に疎まれていた、妻に先立たれた、息子と疎遠だ、しかし血の繋がりに、未練はない。

『因果応報というものですよ』

疲れきった目で、諦念を抱えた瞳で、世界を見限るように彼は語った。








20110320
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