白過ぎる肌は、彼の意志も記憶も、時間さえも束縛されていた少年期の象徴だ。
うなじを滑り、肩に影を落とす淡い萌黄色の髪に触れる。柔らかい髪質が指に絡み付いた。いたずらに唇へと近付けた手の甲に、彼の呼吸が触れる。睫が縁取る薄い目元は、未だ彼が深い眠りの淵にいることを示していた。

彼と出会ったのは、いつだっただろうか。

青ざめた月明かりが茫洋と部屋の中を照らし出す。冷えた光はただ冷気を纏い、肌に張り付いていた。彼の頬に指を這わせる。一瞬だけ瞼が震えた。しかしそれは開かず、静かに呼吸を繰り返すだけだった。それが彼の私を信頼している証でもある。無防備な姿を晒す剥き出しの繊細な精神に、私はえもいわれぬ優越感に浸るのだ。確固たる「存在」を勝ち取ったと、競った相手もいないのに勝者気取りになる。この腕の中は、私だけのものだ。

ベッドを抜け出せば体が空気に軋む。さらさらと透明な音を立てる髪を払い、裸足のままコテージへと出た。
ここから見える「星空が好きだ」と言ったのは、果たしてどちらだっただろう。彼だっただろうか。私だっただろうか。もう覚えてはいない。思い出す必要もない。風化、とはまた違った忘却だった。どちらかというと、融解に近い。「星空が好き」なのは私と彼だ。だからどちらが言おうとそれは自ずと真実になる。言葉の輪郭が溶けて、思いは同化する。融解して攪拌して同化する。それは至極倖せなことだ。最愛の人と「1つ」になれるのなら、それ以上の幸福などありはしない。
だから私は思索する。
彼を倖せにできるのも、彼を1番に想うのも私だけだと。

彼と出会ったのは、私がまだ幼い頃だった。
厳格そうな父と、神経質な母。間に挟まれた、人形のような彼。第一印象は、「作り物」だった。私は嘲笑っていたのだ。「可哀想」「惨め」「無様」「不憫」。私は彼のその様を憐れみ、同情した。父に隷従し、勉学に明け暮れる彼を、母に頭を下げ、「良い子」であった彼を。彼はまるで期待に応えるためだけに生まれたような子供だった。他人に首位を許してはならないと父に言われ、死に物狂いで机にしがみつく彼を見ることは少なくなかった。その姿は滑稽にも見えた。影で笑う私に、彼は侮蔑に歪んだ顔で言う。

『貴女のように、私は見下される側の人間にはなりません』

――誰が?
――誰に?
確かに、私は没個性的だ。
何をしても何をやらせても平均的で、人並みだ。一般的という抽象概念に埋もれてしまうような人間だ。別にこれといった才能もなければ特技もない。しかし両親は一般的な私を一般的に愛してくれる。彼のように、条件付きの愛ではないのだ。
だから少なくとも私は不幸ではないし、彼のように憐れでもない。
私は彼を内心で嘲笑った。そうして自分の矜持を守った。

彼は私など、まるで眼中になかったから。私ばかり気にしていた。それが悔しくてたまらなかった。だから見下すことにした。――劣等感を押し殺すことにした。
思い返すと、始まりの気持ちなど朧気で記憶にはないが、やはり彼に惹かれていたのだろう。滑稽なほど一途に、ひたすら、残酷なほど人間らしく。

日々を自分の為ではなく、「両親の期待の為」に費やす彼はどこまでも悲しい人だった。自分の意志も感情も二の次で、絡繰り仕掛けの人形のように生きる人だった。その悲しさに、無機質さに、不安定さに、危うさに、焦がれて、どうしようもなく惹かれた。一方で常に体裁を気にしては、自らその想いを形にすることを幾度となく躊躇った。私は、高慢で矜持ばかり守りたがる人間だ。体裁を気にしては、自分の位置付けを守りたがる人間だ。
もっと早く彼に想いを伝えていれば、もしかしたら彼を救えたかもしれない。彼はもっと私を見てくれたかもしれない。もっとちゃんと愛してくれたかもしれない。

私は思案した。

彼を手にするにはどうすればいいだろう。
剥き出しのその意志を指先で絡み取り、所有するにはどうすればいいだろう。
私は思案した。
そっとコテージから離れ、部屋の中に戻る。
ドアとカーテンを閉め、空間を遮断した。
そこには私と彼しかいない。
空気を満たすのは私と彼の呼吸だけで、世界は静まり返って鼓動だけを響かせる。

私はスプリングを軋ませながらベッドへと這い上がった。指先でシーツに深い皺を刻み、緩慢に彼に近付く。眠る彼の首筋に唇を寄せた。温い鼓動に口腔に含みながら、その喉に爪を立てる。

「ねえ」

――問いかければ、赤い瞳がゆっくりと私を見た。私はそれに途方のない優越感を覚える。笑みが零れる。欲しいものは明確だった。欲しくて欲しくてたまらない。熱く熱を持つ舌で唇をなぞり、私は手のひらに力を込めた。

「ねえ、いつ、起きた?」
「貴女が、コテージから戻ってきた時ですよ」
「そう」
「そんな格好で、風邪を引いても私は看病などできませんよ」
「構わない、よ」
「……」

少しずつ、少しずつ。力を込めていく。彼は困ったように笑った。

「苦しいのですが」
「そう」
「莫迦な人だ」

彼の冷たい手のひらが私の手首を掴む。そして口元に寄せては歯を突き立てた。私は笑う。ただ、どうにも先ほどから視界が滲んでうまく見えない。


Love me




20110617
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